インスタントライフ

式羽 紺次郎

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第五章

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とうとう危惧していたことが起きた。彼女の人生がつい最近のものまで一気に売りに出された。
これは何かがおかしい。いくらなんでも、この量の記憶を失うことを普通の人間が容認するとは思えない。
彼女に何かが起きている。そうだとすれば、彼女は今・・・
考えたくもないのに、最悪の想定ばかり浮かんでくる。
こんなに見ず知らずの人間を心配するなど、私はどうしてしまったのであろうか。
不幸な彼女の人生を隅々まで体験してしまったことで、いつの間にか情を抱いてしまったのだろうか。
今までの私なら、他人の人生がどうなろうが知ったことではないと考えていたのに。
私は居ても立っても居られなくなり、再びサイトの管理人に連絡を取ることにした。
私は、彼女の人生がすべて売りに出されていることを伝えた。このままでは顧客の人生が崩壊してしまうのではないかと
管理人にメッセージを送った。
返事はすぐに来た。その返答は、個人情報に関することなので弊社は介入することは出来ません。という冷たいものだった。
他人の人生を商品にしていて何が今さら個人情報保護なのか。腹が立ったが、管理人にこう言われてしまってはどうすることも出来ない。
下手に食って掛かったりすれば、会員から除名されてしまうかもしれない。そうしたら、いよいよどうしようもなくなる。
何とか、管理人に頼ることなく、彼女の様子を伺い知ることが出来ないものだろうか。
駄目だ。集中出来ない。私は、目の前の画面の電源を落とした。そこには、疲れた表情を浮かべる中年男性が映っていた。
なんだか、自分の顔を見るのは久しぶりな気がする。他人の人生の中の鏡で、他人の顔ばかり映っていたので自分の顔が懐かしく感じる。
・・・あるじゃないか。今まで私は何を体験してきたのか。彼女の人生そのものではなかったのか。
私は再び画面の電源をオンにする。一度見た人生は期間内なら何度でも体験できるはずだ。
彼女が売り払い、私が購入した人生にこそヒントが隠されているはず。彼女の住まい、最寄りの駅など。
もうこれしかない、ヒントをかき集めよう。そして、私が直接彼女の現在を確認しに行く。
彼女は私のことなど、知る由もないだろう。だから、遠くからでも彼女が無事に過ごしていることが確認出来ればそれでいい。
再び、ヘッドセットを手にする。何故だろう。2度目の彼女の人生へのダイブから現実に戻った時、私は幸せを感じることが出来なくなっていた。
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