【BL】僕(18歳)、イケメン吸血鬼に飼い慣らされる。

31.想起

ノアと過ごす穏やかな毎日がいくら幸せだからといって、家族のことを思い出さない日はない。
僕の居場所はもうこの城で、もはや帰りたいとは思わない。それは揺るがない本心だが、ふとしたときにお父様とお母様、お姉様の笑顔が頭に浮かぶ。



たとえば今みたいに、夕飯を食べた後に湯船に浸かっているような時。いいかおりがする白濁色のお湯に口まで浸かって水中でぶくぶくしながら、久しく会っていない家族のことに想いを巡らせる。


僕が出来の悪い子供で、そのことにコンプレックスを持っていたのは事実だ。でも両親はそんな自分のことも、出来のいいお姉様と同じように可愛がってくれた。


お姉様が当たり前にできることをことごとく僕ができなくても、「最低限できればいいのよ。ウィリーは自分の得意なことを伸ばしなさいね」と微笑んでくれたお母様。
その最低限にすら届かなくても、「人より時間がかかってもいいさ」と励ましてくれたお父様。


ふたりが心からそう言ってくれていたのはわかる。確かに僕を愛してくれた。でも、瞳の奥の失望や困惑の色は隠せない。その優しさがかえって僕を傷つけていたと知ったら、ふたりはどう感じるだろう。きっと僕以上に傷ついてしまう。


だからバレるわけにはいかなかった。ずっと能天気で明るい子供を演じていた。それが元々の僕の性分でもあるので、まるきり嘘というわけではないが、傷ついたことを悟られないような振る舞いは心がけていた。



「元気かな……」



切ない気持ちを振り払うようにぱしゃぱしゃと顔を洗い、自らを元気づけた。ノアによって引き離されてしまったが、そうしなければノアと心が通じ合うこともなかったわけで、そんなどうしようもないことをいくら考えても仕方がない。



家族も、仲の良かった召使たちだってそうだ。きっと僕がいなくなって寂しがっている。仕方なくとはいえ、吸血鬼に僕を引き渡したことを後悔しているに違いない。



そうだ、ノアに話して家に手紙を届けてもらおう！　ふと思いつき、僕は笑顔になった。



まさか恋人になったなんて書けるわけないが、怪物だと思っていた吸血鬼が実はいい人で僕が元気に楽しくやっていることを知ったら、家族の罪悪感も薄れるはずだ。



考えれば考えるほど名案に思えた。さっそくあとでノアに話してみよう。



特にお姉さまには僕が幸せに暮らしていることを知ってほしい。一番の理解者だったからだ。
城にいたころ作文は苦手だったが、今度ばかりは頑張って書こう、と思えた。



のぼせそうだ。そろそろ湯船から上がることにして、ノアのおかげでこんな自分でも家族を安心させる報告ができることを嬉しく思った。