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25.地下室での真実
しおりを挟む「昔、ひいおじいさまとノアの間に、なにがあったの?」
「……話したくない」
ノアは俯いて小さく首を振る。その瞬間、その返答にほっとしている自分がいることに気がついた。自分から訊ねたくせに滑稽だと、鼻で笑いたくなる。でも、二人の間になにがあったかノアの口から聞いてしまったら、僕はもう冷静じゃいられないような気がした。
「今じゃなくてもいい。いつか、教えてよ」
「そんなこと、知ってどうする」
「僕は、ノアのことをもっと知りたいんだ。今と未来だけじゃ足りない。……過去も全部、聞かせて欲しい」
こんなことを口にしてしまうほど、僕はノアのことが好きになっていたらしい。そもそもの始まりはいつだろう? 頭の中で遡ってみる。
地下室でノアを見つけた日、本当は、怖くなって自分の部屋に逃げ帰った。ベッドの中でがたがた震えながら、見なかったことにしようと心に決めた。
でもその決意に反して、次の日も、その次の日も、彼の姿を見に行ってしまった。冷え冷えとした地下室に横たわる棺の周辺は、永遠の眠りに囚われたノアの孤独が粒子となっていつも漂っていて、まるでその深い悲しみで濡れているようだった。その空気に触れると、僕は安心した。
閉じた瞳。そのまぶたを縁取る長いまつ毛。色のない肌。夜中の空をそのまま写しとったかのような、漆黒の髪。
胸のあたりで組んだ指の先の爪は鋭く、彼が人間ではないことを証明している。ちょうど三回目に地下室を訪れたときだった。僕は、気がついたら引き寄せられるように、眠る吸血鬼のその冷たい唇に、自分の唇をそっと重ねていた。
なにかが起こると予想していたわけではない。でも、彼が僕を求めているような気がした。そんなわけない、と頭ではわかっている。でも、本能に近い部分で、僕は彼に呼ばれたような気がした。
だから吸血鬼の閉じていたまぶたが開き、ふたつの深紅の瞳が僕の表情を捉えたとき、恐怖に駆られてはいたものの、後悔とか絶望などといった感情は僕の中に一切なかった。
吸血鬼は僕の目をじっと見つめ、かすれた声でだれかの名前を呼んだ。
「……レオ?」
ちがう、という言葉は声にならず、喉の奥に沈んでいく。体の芯が震えた。恐怖かと思ったけれどそれは感動だった。辺りに漂っていると思っていた孤独は、ノアだけのものではなく、僕のものでもあったのかもしれない。
僕が封印を解いたのだ。伝説の吸血鬼を目覚めさせた。取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれないけれど、別に彼に殺されたっていい、とそのときはなぜか思えた。圧倒的な孤独が霧散した感動で、どこかおかしくなっていたのだろう。
僕の世界は変わったのだ。
なぜかそのとき、そんな気がしていた。
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