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16.痛みと快感
しおりを挟む「痛いのは最初だけだ。我慢できるな?」
「痛くても大丈夫だよ。子供じゃないんだから」
どうしても反抗的な態度を取ってしまう。
ノアは僕を抱きしめるようにして、首筋に顔を埋めてきた。
ノアの唇は少し乾燥していて、首筋に触れた瞬間、その体温のないひやりとした感触に鳥肌が立つ。まるで死体みたいだ。吸血鬼であるノアはもともと体温が高い方ではないが、こんなに冷たいのはさすがにおかしい。これも、長い間血を飲まなかったせいなのかもしれない。
ふいに舌が首筋を這い、「んっ……」と鼻から吐息が漏れる。緊張して、思わず身を硬くした。
「力を抜きなさい。大丈夫だから」
「ん、うん……」
「怖いか? 私のことが」
「あ、あの……ちょっとだけ……」
ノアが僕を抱きしめたまま、安心させるように優しく頭を撫でてくれた。嬉しくて涙が一筋こぼれた。恐怖や安心がごちゃまぜになって、心の中が混沌としている。促されるまま力を抜いた。僕はノアを助けなければならない。役に立ちたい。
吸血鬼の言う通り、痛みは一瞬だった。
熱い、と思った瞬間には牙を突き立てられていて、痛い、と思った次の瞬間には、身体が震えてしまうほどの快感が爪先から這い上がって来た。僕はだらんとしていた両腕をノアの背中に回し、すがりつくようにしてしまう。
「んっ……あぁ、ダメ、ノア……っ」
恥ずかしい。こんな声を上げたくない。
頭ではそう思っているのに、ビクビクと身体が反応する。痛いのに気持ちいいのが不思議だった。ずる、じゅる、とノアが血をすする音と、僕の嬌声だけが室内に響いている。
「んん、はぁ、あん……もう、だめ、僕……」
恍惚としながらやっとの思いで首を振るが、首筋に噛みついた吸血鬼はなかなか離してくれなかった。ノアは大丈夫だと言ったけれど、本当はこのまま、殺されてしまうんじゃないだろうかと、意識の遠くの方で思った。でもそれでもいいような、投げやりな気持ちになっていた。
永遠にも思われる吸血が終わり、気がついたら牙は抜かれて、ノアが止血するために傷跡を舐めていた。その舌の動きにも反応して、一度おさまったはずの鼻から抜けるような声が再び何度も出てしまう。
「んっ……ノア……」
「ウィリー、血は止まったぞ。身体が熱いな。大丈夫か?」
「うん、あの、僕……なにがなんだか……」
身体が熱っぽくておかしかった。意識が飛び、頭の中に火花が散るような感覚がまだ身体の芯の部分に残っているような気がする。
「よく我慢したな。おかげで死の淵から舞い戻ることができた」
そう言ってこちらを見たノアの瞳は、ルビーのように真っ赤に輝いていた。黒髪もツヤを取り戻し、覇気のある生気に満ちた顔はぞっとするほど美しい。
僕は熱っぽい身体を持て余している。ノアにばれないようにシーツで隠しているものの、なぜか下半身も反応してしまっていた。痛いのに感じてしまうなんて、僕は変態なのかもしれない。最悪な気持ちになったけれど、それでも、ノアを助けることができてホッとした。
「……よかった、ノアが、死ななくて」
「お前のおかげだよ」
ノアの顔が近づいて来て、気がついたらキスをされていた。
とっさのことに拒む隙すらなかった。
「……ウィリー、そんな物欲しそうな顔で私を見ないでくれ。友達同士は、これ以上はしないものだ」
「し、してないだろ、そんな顔! それに、いま、キスしたくせに……」
「キスは親愛の証だ。そうだろう?」
そう……なのだろうか?
僕がなにも言い返せずに口をぱくぱくさせているうち、吸血鬼は身を翻して、地下室から出て行ってしまった。
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