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15.血

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翌日、僕はノアと一言も口をきかなかった。
夜、寝るために地下室に向かうとき一度だけすれ違ったものの、僕は無視をして通り過ぎた。ノアがこちらを見て、なにか言いたそうな顔をしていることに気づいていながら。


僕だって本当は謝りたい。
でも、なぜか勇気が出ないのだ。


そしてまた日が明けて、なんでもない一日が終わろうとしている。ノアと気まずくなってから、絵を描くのもいつものように楽しめない。庭に画材道具を広げていたけれど、ぼーっとしていたら日が沈んで辺りが暗くなっていたので、仕方なく立ち上がってだらだらと片付け始めた。


「ウィリー!」


そのとき、日頃僕の名前なんてほとんど呼ばないアメリアの叫び声が聞こえたので驚いて振り向いた。玄関から庭を突っ切って僕の方に走ってくる彼女からは、ただならぬ雰囲気が漂っている。僕はなにかを察知して、その次の言葉を聞きたくないと思った。


「ウィリー、どうしよう。ノア様が、地下室への階段の途中で倒れていたの」


言いながら、メイド服が汚れるのも意に介さずに、アメリアは芝生の上へへたり込んでしまった。


「目が真っ白なの。私の血を飲んでって言ったんだけど、首を振るの。ダメだって。魔女の血は吸血鬼に合わないからって。わかってたけど、私、そう言わずにはいられなくて……」
「ねえ、アメリア、落ち着いて」
「このまま、ノア様は死んでしまうの?」


その言葉に、僕は首筋を冷たい手で撫でられたような気がした。全身に鳥肌が立つ。
ノアは死んでしまうのだろうか。僕が、血をあげることを拒否したから。


「ノア様に血を飲ませてあげてよ……殺されたりなんかしないから。私が一番してあげたいことを、してあげられるのがあんたしかいないから、頼んでるのよ。ねえ、どうしてあんなになるまで血を飲ませてあげなかったの?」
「……怖かったんだ」
「怖かった……?」


僕は頷いた。なにがどう怖かったのか、いま説明している余裕はない。


「そう、怖かった。でも……大丈夫。僕がノアを助けるよ」





階段にノアの姿はなかった。自分の力でなんとかベッドに戻ったのだろう。
僕は地下室のドアを勢いよく開け、瀕死の吸血鬼に怒声を浴びせた。


「なんで死にそうなのに、僕の血を飲まなかったんだ!」


言っていることが滅茶苦茶なのは自分が一番よくわかっている。でも、死ぬくらいなら、僕を押さえつけて血を吸うことだってできたはずだ。
もしかしてもう死んでいたりしないよな? と一瞬不安になったとき、ノアがのろのろと上体を起こして弱々しい声で返事をした。


「……お前を傷つけるくらいなら、死んだほうがいい」


そう言って、悲しそうな目で僕のことを見る。完全に色を失った真っ白な瞳。僕は息を飲んだ。


どうして血を吸われたくなかったのか。……怖かったからだ。
じゃあ、いったいなにがそんなに怖かったのか。


僕は不出来な息子で、頼りにならない王子で、落ちこぼれの弟だった。
そんな僕の中に流れる出来損ないの血を、身体の中に取り入れられるなんて寒気がした。
ノアが優しくしてくれるたび、心から嬉しいと思ったのは本当なのに、一方で、あたたかく包み込まれることに怯えてもいた。僕にそんな価値はないのだ。


……でも、僕にしか救うことができないなら。


「……ねえ、ノア。僕の血を飲んでよ」
「ウィリー…なにを言って…?」
「僕には自信がない。わかってもらえないかもしれないけど、受け入れられることが怖かったんだ。でも、ノアを助けたいって今は思うから」


息を吸い込み、一気に言った。そうしないと決心が揺らいでしまう気がした。


「ごめんね、酷いこと言って。血もずっと、我慢させて。僕が封印を解いたのに、死なせそうになって。ほら……飲んでいいよ」


僕は無造作にシャツのボタンを胸のあたりまで外すと、首筋を差し出すようにあらわにして、ノアの色のない目を見た。そこにはどんな感情も見えない。
沈黙の後、ノアが口を開いた。


「……ウィリー、こっちに来てくれ」


掠れたその声に導かれ、僕はベッドに歩いていく。
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