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9.来訪者
しおりを挟む吸血鬼の家で暮らすと聞いたとき、僕は恐怖と絶望で震え上がったけれど、現実はとてもほのぼのとしていた。血をくれと言わなくなったノアは僕にとって脅威ではなくなり、今ではすっかりただの優しいお兄さんという感じだ。
早速お願いして画材道具を買ってもらい、ノアが寝ている昼間は存分に絵を描くことができた。ここに来てから二週間ほどが経つが、毎日とても充実している。時折家族を懐かしんで悲しくなることを除いては。
それからもうひとつだけ、気になっていることがある。最近、ノアの目の色が薄くなってきたような気がするのだ。もともとは鮮血のような赤色をしていたのに、いまは絵の具を水に溶かしたみたいな滲んだ色になっていた。一度だけ、もしかして血を飲まないせい? と聞いてみたけれど、小さく首を振って、気にするなと言われてしまった。
◆
その日、午後いっぱいをかけて絵を仕上げるために、僕は庭に出てキャンバスに向かっていた。ノアは吸血鬼だから、昼間の景色を見ることができない。手入れがされていないので荒れてはいるものの、広い庭で自由に咲いた綺麗な花々を見せてあげるために、僕は絵を描いているのだ。喜んでくれるだろうか。もしかしたら……また頭を撫でてくれるかもしれない。
夢中で筆を動かしていたので気がつかなかったが、いつの間にか日が沈みかけている。そろそろノアが起きてくる頃だ。慌てて片付けをしていたら、とつぜん玄関の呼び鈴が鳴った。これまでこの城を誰かが訪れたことはないので、驚き、どうしたらいいかわからずに固まってしまう。玄関よりだいぶ手前に門があるはずなのに、来訪者はどうやって通り抜けたのだろう。不安だけれど、庭からまわってその姿をこっそりと見てみることにした。
足音に気をつけつつ庭を通りすぎ、玄関が見えるところまで来る。木の陰からそっと確認すると、そこにはなんと、外灯に照らされたメイド服の女の子が立っていた。
なぜ女の子がここに?
しかも……可愛い!!
栗色の髪の毛は腰のあたりまで伸び、ふわふわとカールしている。横顔ですら美しいのがわかるほどその顔は整っていた。僕はつい見とれてしまい、身を隠すのも忘れてぼうっとしていたため、あえなく見つかってしまった。
「あんた誰よ。 ノア様はまだ眠っているの?」
可愛らしい外見とは裏腹に、憮然とした声音だった。僕は我に帰って口を開く。
「僕はウィリー。ノアは、たぶん……そろそろ起きてくる頃だと」
最後まで言い終わらないうちに扉が開き、ノアが顔を出した。僕はとつぜん現れた女の子に圧倒されていたので、その姿を見てホッとせずにはいられない。ノアは女の子を見ると、うっすらと笑みを浮かべた。
「やあ、アメリア。よく来たね」
アメリアと呼ばれた彼女はその言葉に一瞬嬉しそうな表情をしたものの、すぐに顔をこわばらせた。僕にはあんなに冷たい声で話しかけて来たのに、いまはまるで別人のような愛らしい話し方だ。
「……ノア様。アメリアは、再び会える日をずっと楽しみにしていましたわ。でも……具合がよろしくないの?」
僕はギクリとした。やっぱりノアは体調が悪いのだろうか。
でも僕が尋ねたときと変わらず、吸血鬼は微笑みを浮かべたまま、小さく首を振った。
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