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3.吸血鬼の名前

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城の中は定期的に誰かが掃除しているとしか思えないほど綺麗に整っていた。少しばかりカビ臭くはあるし、天井に蜘蛛の巣も張っているものの、それでも何百年も不在にしていたというほど荒れ果ててはいない。せいぜい数年といった雰囲気だ。


「ここが今日からお前の家だ。気に入ったか?」
「まあ……思ったよりは広いし綺麗だけど……」


気に入ったと胸を張って言えるほど、僕は移住に乗り気ではないことをわかってほしい。


「とりあえず持たされた食料でも食べたらどうだ? お腹が空いているだろう」
「でも……あんまり食欲がない」
「そう言うな。夜は遅いが、私が眠るのは朝なんだから、もう少し付き合ってくれ」


そういえばそうだった……本当に人間じゃないんだ。
僕はゾッとしたけれど、そのことについては深く考えないようにし、食堂に案内するという吸血鬼の後に従った。





お母様が持たせてくれたパンとワインは、城でよく食べていた僕の好物で、また泣きそうになるのを必死でこらえた。


「うまいか」


僕がゆっくりと食事するのを、吸血鬼が見守っている。不思議な光景である。


「おいしいよ。まだたくさんあるけど、吸血鬼さんは食べなくていいの」


咀嚼しながら尋ねてみたら、吹き出されてしまった。


「……私にはパンもワインも必要ない」


口角が上がり、唇の隙間から二本の牙が見えている。
赤い目はキラキラと輝き、黒い髪の毛がランプの灯りを受けて怪しくつやめいた。
僕は言わんとすることに気がついてしまい、口に入れたばかりのパンの塊を噛まずにごくんと飲み込んでしまった。


「い……嫌だよ」
「嫌とはどういうことか」


とぼけた表情が憎らしい。


「僕の血を飲もうって言うんだろう!」
「他に何がある? 私は吸血鬼なんだぞ」
「だって吸血鬼さんは……」
「ノアだ」
「えっ」
「私の名前はノアだ。人間だったときからずっと。お前もそう呼んでくれ、ウィリー」
「ノ……ノア」


恐る恐る呼んでみると、嬉しそうに微笑んでいる。
血の件をはぐらかされた気しかしないけれど、掘り下げる勇気もなかった。
でも、この血管に流れている血をすすられるなんておぞましい。
僕のことを殺さないと言った理由がよくわかった。大切な食料なんだから、そりゃあ、殺すわけがないよな……。


「……ノアは、封印されていた地下室から出ることができて、嬉しい?」


僕の気まぐれな質問に、吸血鬼は目を細めて答える。


「ああ。久々に吸う外の空気は格別だった。そして……お前にも会えた」
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