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傷跡
しおりを挟む俺はシャワーを浴びながら、まだ真冬と出会ったあの日に思いを巡らしていた。
幸いカッターの傷はそれほど深くなかったらしく、やがて真冬の手首の流血は落ち着いた。もともと花本先生を驚かせ、狼狽させるのを目的とした狂言のようなものだったのだろう。
保健室に行くか、と声をかけたものの首を振られた。それはそうだ。じゃあ花本先生のところに行くか、と聞いてみると、意外にもさらに首を振られた。
「それじゃあなんのために傷つけたのかわかんないじゃんかよ。話しなくていいの?」
「なんか、もうどうでもよくなっちゃった」
真冬は脱力した様子で言った。今更ながら、タメ口。後輩のくせに、とまったく思わないではなかったが、咎める気にもなれず、まあいいか。と思い直した。
「ねえ、巧先輩って呼んでいい?」
「え? いいけど」
考えるより先に頷いていた。真冬はうっすらと微笑み、予想外の言葉を口にした。
「巧先輩。話、聞いてくれるって言ったよね。今から僕の家に来てよ」
「今から!? それはちょっと……」
「できないの?」
視線をさまよわせると、止血に使った白いハンカチが血液で赤黒く汚れている。俺は胸が苦しくなった。今ひとりにしてしまったら、真冬はまた自暴自棄になってリストカットをしてしまうんじゃないのか。次はもっと深く切ったら……どうする?
「わかった。行くよ」
迷った結果、俺はまいちゃんに断りのメールを送ることにした。携帯を取り出してなにやら打ち込んでいる俺のことを見て、真冬はすべて見透かしているとでも言いたげに小首をかしげてきた。
「誰と約束があったの? 彼女?」
「いや、塾……」
彼女だと正直に言えばよかったのに、どうして嘘をついたのか自分でもわからない。ふうん、と、真冬は気のない返事をした。
「先輩のこと知ってたよ。僕」
「え?」
「陸上部でしょ? いつも走ってるの見てたから」
「へ……なんで、」
「なんでだと思う?」
理由なんかないくせに、真冬はいつだって思わせぶりな態度で周囲の人間を籠絡するのだ。
暑い湯に当たっているのに身震いをした。あいつとは関わらない方がいい。今夜再会したことは綺麗さっぱり忘れてしまおう。そう強く思う。
風呂から上がるとリビングにはまだ真冬がいて、我が物顔でソファに座り、勝手にテレビをつけて見ていた。
「おい、出て行けって言っただろうがよ」
「やだ。僕にもお風呂貸してくださいよ」
こんなときばっかり敬語を使いやがって。俺のこと、1ミリだって敬ってなんかいないくせに。
「風呂でたらそのままどっか行けよ! 俺はもう寝るからな。鍵はポストに入れておいてくれ」
「はいはい、わかりました~」
真冬はそう言ってひらりと手を振ると、バスルームに姿を消した。一瞬、手首に残った傷跡が見えた。
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