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デビルジャムで君と
しおりを挟むおそらくそれが、アイデンティティの喪失というやつだった。
俺は暗い店内で、同じ男と思えないほど輝いているホストたちを見つめ、その神々しさに目をちかちかさせている。
まさか、25歳にして初めてホストクラブに来ることになろうとは。隣では友人である哀子が、氷が溶けてうすくなっていそうな酒をあおっている。俺は不思議な気分の高揚と共に、自分の中で積み上げてきたなにかが壊れていくのを感じていた。
「だいたいさぁ、水商売の女イコール底辺、みたいな考え方がそもそもクソなんらよねぇ。優也もそう思うれしょ!」
「わかったわかった。哀子、お前、酒はもういいから水を飲めよ」
「うるはい!」
「いや、呂律まわってないから……」
俺たちのやりとりを見ていた夕陽と名乗ったホストが、気を利かせて烏龍茶を持ってきてくれた。彼は哀子ご指名の若いイケメンだ。彼のせっかくの厚意にろくろく感謝もせず、哀子は烏龍茶のグラスを奪い取るようにして一口飲むと、そのまま卓に突っ伏してしまった。
「今夜の愛衣さんはいちだんと荒れてますねぇ。優也さんも大変ですよね」
夕陽くんが憐れみを込めた目で俺のことを見るので、なるべくやわらかい声音で優しく反論してみた。
「まぁ。でも、どうやらその原因、君にもあるらしいけどね」
「え?僕ですか?」
自分が原因と言われて、夕陽くんは驚いた顔をした。俺は神妙な面持ちで頷いた。
◆
『飲み行きたいから付き合ってよ』
金曜日の夜、仕事が終わってスマホを確認すると、幼馴染の哀子から連絡が来ていた。
愛衣という源氏名でキャバクラに勤める彼女は女のくせにかなりの酒豪で、朝まで付き合える相手は同業の子を除けば俺くらいしかいない。よって、こうしてたまに連絡がくる。
『いいよ』と返すと、時間と待ち合わせ場所を記しただけの簡単な返事がきた。こういうさっぱりとしたやつだからこそ、性別の垣根を越えて仲良くできるのだ。
飲み出したら楽しくて、いつものごとくそのままずるずると飲み続けてしまい、朝方とうとうこのホストクラブ【デビルジャム】にたどり着いたというわけだ。
◆
泥酔した哀子から聞き出したところによると、「そういうんじゃない」のに、ホストに入り浸っていることが彼氏にばれて破局に至ったらしい。ちなみに彼氏も現役のホストである。恋人がいるのに遊び歩いている哀子には当然非があるとして、彼氏も彼氏ではないだろうか。夜の世界のことは俺にはよくわからないし、もはやどこから突っ込めばいいのかすら謎だ。
「ホストにろくなやついねーってよ、お前もホストだろーがよ!ばぁか!おい、夕陽、あたしと付き合えよ!」
「愛衣さん、まず烏龍茶をもっと飲んで落ち着いて……」
酔った哀子が隣でぎゃあぎゃあ叫んでいるが、俺には何が何だかわからないので申し訳ないがすべて夕陽くんに任せることにする。ため息をついて自分の酒をちびちび飲んでいると、俺と哀子の卓にもうひとりホストが現れた。
「はじめまして、碧スバル(あおい すばる)です」
顔を上げたら目が合った。目が合ってしまった。
「あ、どうも…」
きらきらした瞳に吸い込まれそうになる。実際には数秒だっただろうが、まるで時間が止まったように感じた。眉目秀麗とはこういう男のことを言うんだろうな、としみじみしてしまった。
彼の背景には薔薇が見える。そのシルエットからは輝く光の粒子が飛んでいる。もちろんどちらも幻覚に違いないが、そう思わせるほどに美しい男だった。
その瞬間こそが、俺とスバルとの出会いだ。
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