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8.幸せの花
しおりを挟む午前の公務を終えて昼食を摂ったあと、ユダは自室でうたたねをしていた。しばらくあと、ノックもせずにドアが開かれる音がして目が覚める。
召使いはぜったいにこんなことをするわけがないので、寝ぼけた頭でも犯人はすぐにわかった。姉のユリアだ。
「……姉様?」
「しゃきっとしなさいよ!こんなにいいお天気なのに、眠そうな顔して。いい男が台無しじゃない」
王族とはおしとやかなものというイメージがあるが、ユリアはそのイメージからは程遠い。大衆の前に出るときだけは物静かで美しい姫を装っているものの、現実は活発で口が悪く、お行儀だって怪しいものだ。
曰く、嫁に行ってしまうと一生猫をかぶって生きていかなくてはならないので、実家であるこの城にいる間くらいは全力で好きなように生きたい、ということらしい。いつも口癖のように言っている。
「眠いんだよ。昨夜あまり眠れなくて」
「ああそう。伽の女の子たちと遊びすぎなんじゃないの?」
「実の弟にそういうこと言うな。セクハラだ」
「健全でいいと思うけどねえ、私は」
「いや、ここのところ全然なんだ。不健全だよ」
プライベートな話題にも構わず土足で入り込んでくる姉の無神経さにある種の清々しさすら覚えながら、ユダはきっぱりと否定する。
「へえ、珍しい。体調でも悪いの?」
「いや、どうだろう」
「珍しく部屋に花なんて飾ってるしさ」
窓際に飾った花に気づいたユリアが、よく見ようと近づいていく。
「と思ったらしおれかけてるじゃない。こんなの飾ってるから正気を吸い取られるのよ」
「数日前までは綺麗に咲いていたんだ。花って長くは持たないんだな」
「当たり前でしょう。縁がなさすぎて知らなかったのね」
「これ、中庭に咲いてたんだよ。綺麗だと思って」
「たしかに綺麗よ。しおれてなければね。ユダに花を愛でる心があったなんて、実の姉の私でも知らなかったわ」
「まだ咲いてるかな」
「あとで通るから、もしまだ咲いていたら摘んできてあげるわよ」
「……ありがとう」
きらきらと、午後のさわやかな日差しが窓から差し込んでいる。ユダは目を細めた。
◆
クロエに会えたのは、それから三日後のことだ。その頃になるとさすがのユダも、自分がクロエを待っているのだということはぼんやりと理解してきた。ほかの女を拒否する理由は未だ不明だったが。
「ユダ様」
ドアを細く開けて呼びかけてくる声はいつも震えている。どうせ今日も帰すことになるのだろうと呆然とベッドに横になっていたユダは、その震える声を聞いて、はじかれたように飛び起きた。
「クロエ」
「はい、私です」
返事をしたとき、クロエはドアの外で今にも泣き出しそうだった。嬉しい。たくさんいる中のひとりだとしても、名前を覚えてくれているというただそれだけで、会えなかった日々のすべてが報われるような思いだ。
クロエが部屋に入るより早く、ユダが立ち上がって入り口まで迎えに来てくれた。前回もそうだった。前回は一度帰れと言われ、踵を返したところを呼び止めに来てくれたのだったが……今回はそういうわけでもないのに出迎えてくれる。
伽の娘たちが噂をしていたのを思い出す。ユダ様は必要最低限にしか話さないし、いつも冷たいと。楽でいいといえばいいが、もう少し優しくしてほしいと。
本当にそうなのだろうか。自分にだけ対応が違うなんてことはあり得ないとわかっているが、皆が言うような非道な人間とも思えない。
「久しぶりだな」
戸口に立つすらりとした金髪の王子。夜なのになぜかその姿がまぶしくて、クロエは目を細める。ユダの瞳は、彼がいつか好きだと言った深い青色をしていて、油断すると吸い込まれそうになるのだ。こうして向かい合うと、緊張も不安も忘れ、お互いの目を見つめ合い、何度も求めあった日のことを思い出す。ドキドキしてお腹の底の方が疼いてしまう。
「また会えて嬉しいです」
次に会えたら堂々と朗らかに告げようと決めていたのに、現実には下を向きもじもじとしてしまう。紛れもない本音だからだ。自分みたいな女が、そんなことを言うなんて本来許されないことだが、止められなかった。
ユダはほんのわずかに目尻を下げた。なにも言わず、ひんやりとした右手でクロエの左手に触れ、包み込む。
「おいで」
頷いて、手を引かれるまま、部屋の中に足を踏み入れた。
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