3 / 34
3.会えない時間
しおりを挟む夜伽の女は大勢いる。正確なところはユダにはわからないが、二日続けて同じ女が来ることはまずない。どんなに早くても四日置きくらいだし、それもかなりランダムなため、次にクロエがやってくる日がいつ頃なのかは見当もつかなかった。
王族の中には、気に入った女がいると名前を聞いておいて、召使いにまたその女を呼ぶよう命じる者もいるらしい。
だがユダはこだわりや興味が皆無なため、部屋に来る女の名前はたったのひとりも覚えていなかった。……クロエが来るまでは。
決して彼女を気に入ったわけではない。あの夜があまりにも衝撃的で、ただ忘れられなかっただけだ。
その証拠にユダは召使いにクロエを呼ぶよう頼むことはしなかった。一方であの日以来、部屋に来た女を呼び込むことも一度もしていない。なぜかそんな気分になれなかったのだ。
(もうあれからひと月近く経つな……)
18歳の健全な男子が、ひと月のあいだ性的なことと無縁な生活を送っているなんてだれが信じるだろう。王族はほとんどマスターベーションをしない。する必要がないからだ。やり方は知っていたが、いまはそんな気にもなれなかった。理由は不明だ。
あの夜、クロエは抱かれたがっていた。変わった女だ。
眠りにつく前、夜伽の女が訪ねてくるまでベッドに横になって天井を眺めているとき、毎日あの黒髪を思い出した。いま、この瞬間もそうだ。
「ユダ様、こんばんは……」
いつもと同じ、ドアの向こうから震える声がする。
「帰れ」
昨日までを繰り返すように躊躇いなく突き放すと、断られた女は一瞬だけその場に立ちつくした後、踵を返した。
目の端に映ったその姿に見覚えがあり、ユダはベッドから立ち上がると慌てて呼び止める。
「……待て。クロエか?」
少女は長くて美しい、漆黒の髪をしている。名前を呼ぶと、その後ろ姿がびくりと震え、恐る恐るユダの方を振り返った。
「私のこと、覚えていて、下さったのですか」
この部屋にたどり着くまで、緊張で震えながら歩いたのだろう。かわいそうなほど張り詰めた表情で目は潤み、それでも、嬉しそうに微笑んでいる。
「さっきのは取り消しだ。部屋に来い」
「え?」
「約束しただろう」
「……はい!」
ユダはなんとなく気恥ずかしくて、目をそらすとクロエの手を引いて部屋に戻った。クロエの瞳からは涙がぽろぽろと落ちる。その表情は幸福そうだ。
「ユダ様、私、幸せです」
ベッドに座らせると、頰を赤らめて言う。なにもしていないのにずいぶん懐かれたものだな、と思い、ユダは苦笑した。
どうしてクロエを呼び止めてしまったのか自分でも分からない。この1ヶ月間まったく起きなかったその気が、起きてしまった、とでも言うべきか。
「あの、今日は、私が痛がっても、やめないでくださいね……」
「今日は痛いことはしない」
「……え?」
「お前は初めてなんだろう。初めての記憶が苦痛なものになるなんて、不憫だからな」
「でもユダ様、私はユダ様がしてくださるというだけで」
「黙れ」
そのきっぱりとした口調に、クロエは思わず口をつぐんだ。
「俺の言うことを聞け。お前は夜伽で、俺のものだ」
その目は冷たく厳かに見える。人が違えば怯える女も多くいるだろう。しかしクロエはまた嬉しそうに微笑んで、頷いた。
5
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる