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〈番外編〉ホストなのになぜかお客さんに恋をしてしまい困ってます4
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「ねえ、夕陽は覚えてる?あたしたちが初めて会った日のこと」
突然そんなことを言い出すから、一年近く前の記憶が鮮やかに蘇った。いくら時間が経とうとも忘れるわけがない。そのくらい、彼女との出会いは強烈だった。
「忘れるわけないじゃないですか」
「えー、ほんと?なんか嬉しいんだけどぉ」
僕と愛衣さんはいま、二回目のデートをしている。デートと言っても、買い物したいから荷物持ちとしてついて来て!と言って日時を指定され、忠犬のように尻尾を振りながら馳せ参じた結果、任務を果たしたご褒美としてコーヒーをご馳走になっているところなのだ。正確には。
「愛衣さんはキャラクターが強烈だったから、忘れたくても忘れられなかったんですよ」
「結果オーライじゃない?それもあたしの魅力のひとつなんだし」
しれっと自分で言うので思わず笑ってしまった。
「……まあまあ。そういう愛衣さんはどうなんですか?」
「それがさあ、実を言うと、会った日のことはほとんど覚えてないんだよねえ」
愛衣さんはホットコーヒーのカップに口をつけながらうそぶく。
僕はがっくりとうなだれたいのを必死に堪えた。薄々、そうじゃないかとは思っていたので、これでもダメージは少ない方だ。
「やっぱ、僕の印象って薄かったんですね……」
「それもあるけど、あの日、結構酔ってたからさ。寝て起きたら、デビルジャムに行ったってことしか覚えてなかったの。でも、顔も声も思い出せないのに、席についたホストのだれかが、文句も言わずに背中をさすってくれたことだけは覚えてて」
「え、」
愛衣さんともそれなりに長い付き合いになるが、あの日のことを聞くのは初めてだった。どうせ覚えていないだろうと思いながら彼女に寄り添っていた時間のことを思い出す。おぼろげだとしても、まさか覚えてくれていたなんて。嬉しくて、それもあるけどと言われたことなんかどうでもいいとすら思える。
「私が泣き喚いても、なにも言わないでそばにいてくれた人がいたなって、それだけはなんか覚えてたのよねえ。実を言うと、あれですごく救われて。だからどんな人だったか探すために、次の週、デビルジャムにまた行ったの」
「てっきり、記憶はまったくなかったけど、持ち帰った名刺を頼りになんとなくまた来て、パネル見て指名してくれたのかと思ってたんですけど……」
「まさか。名刺なんかすぐ落としちゃったし。慰めてくれたこと覚えてなかったら、また行ったりしなかったよ」
どうしてだろう。別段大した内容じゃないのに、嬉しくて、口元が緩んでしまう。
「……でも、名刺がなかったならなんで、二回目きたときに僕がそのホストだってわかったんですか」
二度目にやって来たとき、愛衣さんは僕を見つけるや否や、笑顔で手を振ってきたのだ。僕は内心げんなりしながら彼女に近づいて行ったので、その時のこともよく覚えている。
「顔見たらすぐわかったんだもん。あ、絶対この人だって」
「顔見たら……って、なんで?」
「さあ、なんでだろう。勘?」
そう言って小首を傾げている様子は腹がたつほど可愛いが、僕に聞かれても。
愛衣さんのそのよくわからない話に、なぜか心臓がぎゅーっとなるのを感じた。
彼女は自分の意思で僕に会いに来て、そして、見つけてくれたのだ。
それだけでもうなにもいらない、なんて、馬鹿みたいなことを考えてしまう。
「愛衣さん、あの。僕」
「んー?」
「折り入って話したいことが」
「なによ、改まって」
察しているのかいないのか、うっすらと微笑んだ彼女は美しく、相変わらず飄々としている。緊張のためか、吐く息が震えた。
突然そんなことを言い出すから、一年近く前の記憶が鮮やかに蘇った。いくら時間が経とうとも忘れるわけがない。そのくらい、彼女との出会いは強烈だった。
「忘れるわけないじゃないですか」
「えー、ほんと?なんか嬉しいんだけどぉ」
僕と愛衣さんはいま、二回目のデートをしている。デートと言っても、買い物したいから荷物持ちとしてついて来て!と言って日時を指定され、忠犬のように尻尾を振りながら馳せ参じた結果、任務を果たしたご褒美としてコーヒーをご馳走になっているところなのだ。正確には。
「愛衣さんはキャラクターが強烈だったから、忘れたくても忘れられなかったんですよ」
「結果オーライじゃない?それもあたしの魅力のひとつなんだし」
しれっと自分で言うので思わず笑ってしまった。
「……まあまあ。そういう愛衣さんはどうなんですか?」
「それがさあ、実を言うと、会った日のことはほとんど覚えてないんだよねえ」
愛衣さんはホットコーヒーのカップに口をつけながらうそぶく。
僕はがっくりとうなだれたいのを必死に堪えた。薄々、そうじゃないかとは思っていたので、これでもダメージは少ない方だ。
「やっぱ、僕の印象って薄かったんですね……」
「それもあるけど、あの日、結構酔ってたからさ。寝て起きたら、デビルジャムに行ったってことしか覚えてなかったの。でも、顔も声も思い出せないのに、席についたホストのだれかが、文句も言わずに背中をさすってくれたことだけは覚えてて」
「え、」
愛衣さんともそれなりに長い付き合いになるが、あの日のことを聞くのは初めてだった。どうせ覚えていないだろうと思いながら彼女に寄り添っていた時間のことを思い出す。おぼろげだとしても、まさか覚えてくれていたなんて。嬉しくて、それもあるけどと言われたことなんかどうでもいいとすら思える。
「私が泣き喚いても、なにも言わないでそばにいてくれた人がいたなって、それだけはなんか覚えてたのよねえ。実を言うと、あれですごく救われて。だからどんな人だったか探すために、次の週、デビルジャムにまた行ったの」
「てっきり、記憶はまったくなかったけど、持ち帰った名刺を頼りになんとなくまた来て、パネル見て指名してくれたのかと思ってたんですけど……」
「まさか。名刺なんかすぐ落としちゃったし。慰めてくれたこと覚えてなかったら、また行ったりしなかったよ」
どうしてだろう。別段大した内容じゃないのに、嬉しくて、口元が緩んでしまう。
「……でも、名刺がなかったならなんで、二回目きたときに僕がそのホストだってわかったんですか」
二度目にやって来たとき、愛衣さんは僕を見つけるや否や、笑顔で手を振ってきたのだ。僕は内心げんなりしながら彼女に近づいて行ったので、その時のこともよく覚えている。
「顔見たらすぐわかったんだもん。あ、絶対この人だって」
「顔見たら……って、なんで?」
「さあ、なんでだろう。勘?」
そう言って小首を傾げている様子は腹がたつほど可愛いが、僕に聞かれても。
愛衣さんのそのよくわからない話に、なぜか心臓がぎゅーっとなるのを感じた。
彼女は自分の意思で僕に会いに来て、そして、見つけてくれたのだ。
それだけでもうなにもいらない、なんて、馬鹿みたいなことを考えてしまう。
「愛衣さん、あの。僕」
「んー?」
「折り入って話したいことが」
「なによ、改まって」
察しているのかいないのか、うっすらと微笑んだ彼女は美しく、相変わらず飄々としている。緊張のためか、吐く息が震えた。
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