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〈番外編〉ホストなのになぜかお客さんに恋をしてしまい困ってます1

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水族館のトイレで髪型を入念に直しながら、僕はため息をついた。初デートだから、うまくやらなきゃ、うまくやらなきゃというプレッシャーに押しつぶされそうになり、待ち合わせしてから今に至るまで気の利いた対応が一切できていない。あきらかに緊張しすぎなのが原因だ。かっこ悪い……。


再びため息をつきながらトイレから出ていくと、待っていてくれた愛衣さんが僕の名前を呼んだ。今日はオフで初めて私服を見たのだけど、ゆるく巻いた髪の毛とミニの黒いワンピースが気の強そうな綺麗な顔に似合っていて、信じられないくらい可愛い。


「夕陽、大丈夫?なんか具合でも悪いの?」
「……いや、ちょっと緊張しちゃって。すいません」
「はあ?なっさけねえ男だなあ」


発破をかけるように、背中を軽く叩かれて苦笑する。まったくそのとおりだ。我ながら情けないことこの上ない。


だいたい僕が愛衣さんとのデートにこぎつけたのは、奇跡にも近かった。もともとというか、現在進行形なのだが、彼女は僕を指名してくれるお客さんのひとりだ。ホストがお客さんと付き合うのは珍しいことではないが、僕の場合、純粋に、というより泥臭く、みっともない片想いをしてしまっている。大人の駆け引きなどとは程遠い、中学生の恋心のようなものを、彼女に抱いてしまっている。そんなもの、叶わないのだから不毛でしかないのに。


彼女にはホストの彼氏がいて、そいつがどうやらひどい奴で、ホスト通いをするようになったのはそれが原因らしい。デビルジャムで酔って泣く愛衣さんのことが最初は面倒くさくて苦手だった。でもいつのまにか放っておけなくなって、気が付いたら僕の方が、彼女に対して報われない想いを抱いてしまっていたのだ。


「ねえ、喉渇いた。先にコーヒー買おうよ。あたし買ってきてあげる」
「待って!僕が買います。今日、デートに誘ったの僕なんだし」
「なんで?あたしが客であんたはホストでしょ」
「そんなこと……」


胸の奥が、ぴり、と痛んだ。ホストと客、それに間違いはないのに、こうやって明確な線引きをされると苦しくなる。愛衣さんは僕の気持ちにまったく気づいていないのだろうか。彼氏がいる人に対して、そんなことを思う方が間違っているのだけれど。


「……あれ?ねえちょっと見て、あそこ」
「え?」


愛衣さんが人混みの向こうを指さすので、釣られてそっちに視線を向ける。


「あれ、スバルくんじゃない?隣に優也もいる。てか、待って、あの二人、手、繋いでるんだけど…?!」
「え、いや、あの」


僕は慌てた。本人から直接は聞いていないものの、スバルさんが優也さんのことを好きなことにはずっと気がついていた。手を繋いで歩いているということは、知らないうちに二人の間でなにか進展があったのだろう。
僕は男同士というのは信じられないが、今時はそういう人もたくさんいる。何よりあの二人はそれが不自然じゃないので、黙って陰から応援したいような気持ちもあった。


「……最低っ」


愛衣さんが呟き、僕は「え?」と聞き返した。彼女は、そういうことに否定的な人間だったのだろうか。再び胸の奥がぴり、と痛む。僕は僕の理想を、愛衣さんに勝手に押し付けていただけだったのかもしれない。


止める間もなく、彼女はずんずんと二人に近づいていく。
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