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レイニー2
しおりを挟むオートロック式のドアを開けて家の中に入る。黒瀬さんは押し黙って、俺の後を静かについてきた。
もうすっかり肌に馴染んだ、打ちっぱなしのコンクリートの壁。
生活感がなく、シックだが殺風景でがらんとした部屋。
どうやら黒瀬さんは俺が出かけてからずっと、電気もストーブもつけずにぼーっとしていたらしい。
こんな暗くて寒い部屋にいたら、すでに患っているメンヘラが加速してしまうのも分かるような気がした。
「とりあえず、タオル出すから着替えてきてくださいよ。あ、コートはびしょ濡れだし干さないとダメ。こっちによこしてください」
この人の性格は、暮らしの中でもうとっくに心得ている。その上で、泣いてはいたものの、特に心配してやる必要もないだろうと判断した。
黒瀬アキラともあろう男が、俺以外の誰かから愛されようと少しでも思うことがそもそもの間違いなのだ。
……そう、この人には、ずっと想っている相手がいる。当然ながら俺ではなく、その存在はいくら打ち消そうとしても澱となって心に沈み、こうして発作のように時々舞い上がっては、黒瀬さんの胸をかき乱す。
俺の胸もちくりと痛んだけれど無視をして、てきぱきとするべきことをこなしていく。
黒瀬さんはそんな俺を見ながら、いつになくうらめしそうに呟いた。
「……優しいんだね。」
傷ついている自分を労ってくれないことへの嫌味も、少しくらいは込められているのだろう。その言葉に感謝の念はあまり感じられなかった。
俺たちは一応恋人ということになっている。
仮にも恋人に、本当の想い人が振り向いてくれないことについて、こんなに悲観的になって嘆く人間がどこにいる?
俺は嫌がらせの言葉を軽くかわすと、わざとらしい笑顔で返してやった。
「まあ養ってもらってるわけだし、俺だってこれくらいはしますよ」
差し出されたコートを受け取ったらとても重かった。
かなり水を吸い込んでしまっているらしい。
引き換えに乾いたバスタオルを数枚押し付けると、黒瀬さんは自嘲気味に言った。
「あくまで養われてることへの対価、ってわけか。……君も、恋人とは言え、俺を本当に愛してはくれないもんね」
いい年をした大人が、非常に面倒くさいすね方をしている。
瞬時にそう悟った俺は、あえて突き放すように言った。
「俺からの愛が欲しいですか?」
「……」
黒瀬さんはじとっとした視線で俺のことを睨んだあと、すぐに目をそらして自室に逃げこんでしまった。
そして当てつけのつもりなのか、ご丁寧にカチリと鍵までかけたようだ。
テーブルの上にあったリモコンを手にとり、暖房を入れる。
黒瀬さんが消えていった部屋のドアを見つめ、ため息が出てしまった。
……俺、なんであんな人間の側にいるんだろう。
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