【BL】メンヘラ男と不良少年の歪んだ恋愛について

あの日の罠2

「……え？」


荒んだ日常に光が差し込んだと、このとき俺は確かに感じた。
今になって思えば、この人は光とは最もかけ離れた存在だったのだが……
それでも甘い言葉に耳を傾けたが最後、俺は、もはや彼の怪しい魔法にかけられていたのだ。
薄くほほ笑んだ口元は囁く。
俺の求めていたやさしい言葉を……。


「天田リュウくん。俺が、居場所を与えてあげるよ。そんな刺青なんかなくたって、俺が君を心から愛してあげよう」


そして軽やかに差し出された右手。
目の前で起きていることが理解できず、彼の言葉だけがぐるぐると頭の中を巡る。



『俺が君を心から愛してあげよう。』



左手の十字架は【S】への、つまり仲間への忠誠の証だ。グループに入る時に刻まれる。
厨二病甚だしい。【S】は、こんなくだらない絆がないと繋がっていられないような者にとっての掃き溜めなのだ。


ただ同じ刺青を掲げた仲間とともに喧嘩にあけくれていたあの頃の俺は、悪意ある闇を光と見間違えてしまうほど、心身ともにまともじゃなかったのかもしれない。
次の瞬間に自らの口をついて出た言葉が、心の痛みのすべてを物語っていた。


「俺を、愛して、くれるんですか」


俺は確かに、他人からの愛を渇望していた。
リーダーとして多くの仲間たちとつるんでも、孤独感だけは満たされることがなかった。
愛が欲しい。愛されたい。
俺をこんな日常から助け出してくれる人がいるなら。


十字架を捨てて、目の前に差し出された右手をとれば。
この人に愛してもらうことができるのだろうか……。


とにかく俺の言葉を聞いて、黒瀬アキラはさも満足そうに笑った。
その笑顔が今でも忘れられない。
彼はわずかに顎を引き、俺を見つめて深くうなずいた。


「俺が、孤独な君を拾ってあげる。愛してあげる。もう何も寂しいことはないよ」


薄茶色の瞳は俺の目を貫いて、さらにその向こうにある何かを見ているような気がする。
その得体の知れない何かを想像するとぞっとした。
しかし、もう迷いもしなかった。
俺は左手首の十字架を無造作になぞったあと、逡巡ののち、彼の右手をとる。


握ったその手は、とても冷たかった。