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第3話「三日月のデ・アール」②
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机の上にしりもちをついたクルルはおそるおそる両足で立ち上がりました。絵だったときは手のひらほどの大きさだったクルルは、今や大人のひざの高さほどになりました。
「これっていったい…」
「『名は体を表す』のさ。坊や」
デ・アールは得意げに言いました。
クルルは腕を曲げたり伸ばしたり、靴の履き心地や帽子のかぶり具合を確かめてみました。それはとても不思議な感覚でした。そんなクルルのようすをしばらく眺めてから、デ・アールはふたたび口を開きました。
「どうかな?ノートから飛び出してみた今の感想は」
「うん!なんだか変な感じだけれど、とっても嬉しいよ!」
「大変よろしい」
クルルは両手を広げ、上機嫌にポンチョをパタパタさせています。
「では早速ではあるが、そうやって動けるようになったところでひとつ我輩の頼みを聞いてくれないか」
クルルはパタパタをひと休みして、デ・アールの話に耳を傾けました。
「頼みって?」
「坊や。君は我輩を見てどう思う?」
「えっと…」
クルルはなんと答えればいいのかわからなかったので、思いついたことをそのまま伝えることにしました。
「とっても黄色いね!」
「違う!そういうことではない。もっとこう…あるだろう!」
デ・アールはそういって、わざとらしく口ひげをひくひくと動かし、片眼鏡をかけている方の眉毛も、同じくぴくぴくさせました。
「あ!えっと…とってもおしゃ」
「そうである!我輩はトレビアンな紳士なのである!」
デ・アールの突然の大声に、クルルは床から三センチほど飛び上がりました。そんなクルルのことはお構いなしに、デ・アールは続けます。
「どうだ?我輩のカラダを縁取るこの美しいカーブ!凛々しい眉に、品格漂う口髭…それに上等な眼鏡!そしてそれらがかもしだすエレガントな雰囲気!」
クルルは、デ・アールが自らの容姿をほめちぎるのをだまって聞くことしかできなかったので、ひとまず机の上に腰をおろし、膝を抱え、三角座りをして、しばらく話を聞くことにしました。ひとしきり自分を褒めたあと、そんなクルルのようすに気がついて、ようやく我に返ったデ・アールは、熱っぽい演説を中断し、こほんとひとつ咳払いをしてから、今度は心底、嘆かわしそうに言いました。
「そう。我輩はとても立派な紳士なのである」
「うん。ぼくもそう思うよ」クルルは頷きました。
それを見たデ・アールは、一瞬、喜びの表情を見せましたが、またすぐに眉をひそめ、あらためて同情を誘うように言いました。
「ところがどうだ…『あれ』を見たまえ」
言われるがままクルルが後ろを振り返ると、デ・アールが見つめるその先、反対側の壁のちょうど同じくらいの位置に、月の写真がピンで止められているのが見えました。
「あのお月さまの写真がどうかしたの?」
「どうしたもこうしたもない!わからんのか!?あれは《月》の写真である!」
もしデ・アールに手がついていたなら、きっともの凄い勢いで、握りしめたこぶしを振りまわしていたことでしょう。
「わかっている、あれはただの写真。我輩のように特別なものではない。だが…だがしかしだ坊や!」
(なんだかあやしい雲行きになってきたぞ)
クルルはそう思いながらも、デ・アールの次の言葉を待ちました。
「この部屋に燦然(さんぜん)と輝く月は我輩だけでじゅうぶんなのである!そうだろう?」
「うーん」
「だから坊や、あの写真をはずして欲しいのだ」
「えー!」
「これっていったい…」
「『名は体を表す』のさ。坊や」
デ・アールは得意げに言いました。
クルルは腕を曲げたり伸ばしたり、靴の履き心地や帽子のかぶり具合を確かめてみました。それはとても不思議な感覚でした。そんなクルルのようすをしばらく眺めてから、デ・アールはふたたび口を開きました。
「どうかな?ノートから飛び出してみた今の感想は」
「うん!なんだか変な感じだけれど、とっても嬉しいよ!」
「大変よろしい」
クルルは両手を広げ、上機嫌にポンチョをパタパタさせています。
「では早速ではあるが、そうやって動けるようになったところでひとつ我輩の頼みを聞いてくれないか」
クルルはパタパタをひと休みして、デ・アールの話に耳を傾けました。
「頼みって?」
「坊や。君は我輩を見てどう思う?」
「えっと…」
クルルはなんと答えればいいのかわからなかったので、思いついたことをそのまま伝えることにしました。
「とっても黄色いね!」
「違う!そういうことではない。もっとこう…あるだろう!」
デ・アールはそういって、わざとらしく口ひげをひくひくと動かし、片眼鏡をかけている方の眉毛も、同じくぴくぴくさせました。
「あ!えっと…とってもおしゃ」
「そうである!我輩はトレビアンな紳士なのである!」
デ・アールの突然の大声に、クルルは床から三センチほど飛び上がりました。そんなクルルのことはお構いなしに、デ・アールは続けます。
「どうだ?我輩のカラダを縁取るこの美しいカーブ!凛々しい眉に、品格漂う口髭…それに上等な眼鏡!そしてそれらがかもしだすエレガントな雰囲気!」
クルルは、デ・アールが自らの容姿をほめちぎるのをだまって聞くことしかできなかったので、ひとまず机の上に腰をおろし、膝を抱え、三角座りをして、しばらく話を聞くことにしました。ひとしきり自分を褒めたあと、そんなクルルのようすに気がついて、ようやく我に返ったデ・アールは、熱っぽい演説を中断し、こほんとひとつ咳払いをしてから、今度は心底、嘆かわしそうに言いました。
「そう。我輩はとても立派な紳士なのである」
「うん。ぼくもそう思うよ」クルルは頷きました。
それを見たデ・アールは、一瞬、喜びの表情を見せましたが、またすぐに眉をひそめ、あらためて同情を誘うように言いました。
「ところがどうだ…『あれ』を見たまえ」
言われるがままクルルが後ろを振り返ると、デ・アールが見つめるその先、反対側の壁のちょうど同じくらいの位置に、月の写真がピンで止められているのが見えました。
「あのお月さまの写真がどうかしたの?」
「どうしたもこうしたもない!わからんのか!?あれは《月》の写真である!」
もしデ・アールに手がついていたなら、きっともの凄い勢いで、握りしめたこぶしを振りまわしていたことでしょう。
「わかっている、あれはただの写真。我輩のように特別なものではない。だが…だがしかしだ坊や!」
(なんだかあやしい雲行きになってきたぞ)
クルルはそう思いながらも、デ・アールの次の言葉を待ちました。
「この部屋に燦然(さんぜん)と輝く月は我輩だけでじゅうぶんなのである!そうだろう?」
「うーん」
「だから坊や、あの写真をはずして欲しいのだ」
「えー!」
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