超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第一章 炎の記憶

第十一節 牛 殺 し

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 ロビーが、両手を角のように突き出して、雅人目掛けて突進を仕掛けた。
 一歩踏み出したその瞬間、部屋中の空気がその勢いに吸い込まれて、雅人に叩き付けられるようであった。

 雅人は、眼前に迫る人間の姿をした猛牛に対し、動かなかった。
 まばたきをやめ、呼吸を止め、ただその一瞬が来るのを待つ。

 オリンピックの会場では決して見る事の出来ない──と言うよりも、繰り出してはいけない威力のタックルである。

 或いはオリンピックの起源となった、古代ローマのコロッセウムに於いては、そうした技法も許可されていたのかもしれない。そうだとしたら、この技が現代禁止されているのは、それが余りにも危険で、紳士的であるべき近代スポーツには相応しくない結果しか齎さないからだ。

 弾丸と言うより砲弾で、砲弾と言うより大陸間弾道弾。

 地面と平行に進んでいる筈が、空から墜ちて来たような速度と重量を秘めて、ロビーの身体は雅人へと進撃する。

「うしゃっ!」

 雅人はぎりぎりまでロビーのタックルを引き寄せ、絶好のタイミングで拳を解き放った。
 矢のように引かれた拳が、螺旋軌道を描いて直進する。狙うはロビーの眉間ただ一つ。

 猛烈な風圧を引き裂くようにして、雅人の腕が突き進み、拳は巨漢の額に突き立った。

 だが、タックルの勢いは止まらず、ロビーは両手を雅人の太腿の裏に回して、そのまま相手を押し切ろうとした。

 雅人の足が床を離れるも、その拳はロビーの額を幾らか陥没させていた。

 単に顔を殴られたり蹴られたりしても、太い頸が衝撃を吸収してしまう。だが、直接的に頭蓋骨を破壊してしまえば、幾ら衝撃が吸収されても問題ない。

 雅人の拳はロビーの額を窪ませて、横に逸れた。皮膚を削ぎ飛ばし、肉を千切り、骨を覗かせるロビーだが、雅人をテイクダウンするという意思だけは手放さないでいた。

 雅人は拳を放った反動で後ろ側に回った左手で、受け身を取った。先に腕を床に叩き付ける事で、身体の中心への衝撃を減らしたのである。

 雅人の手の形に床が陥没し、続いて二人の肉体を中心にクレーターが作られた。

「か──ふっ」

 雅人は唇を窄ませ、赤い霧を吹いた。
 相手の頭蓋骨を損壊させたものの、その勢いまでは殺せない。床と超重量の男に圧迫されて、内臓が大ダメージを負ったのだ。

 一方、ロビーは雅人というクッションを挟んで床に落下した訳であるから、これに関するダメージは少なかった。とは言え、頭を抉られた状態での落下の衝撃である。

 だが、ロビーは膝でにじり、立ち上がろうとしていた。

 雅人は痺れる右腕を、ロビーの頸に上から巻き付けた。フロントネックロックである。

 幸い、正拳の威力が効いていたのか、顎と咽喉の間に隙間があり、雅人は簡単にギロチンチョークに移行する事が出来た。雅人の腕が回り切らないような太さの頸であるが、だからと言って頸動脈絞めに効果がない訳ではない。

 するとロビーは、タックル時に雅人の足に回した腕に力を込め、膝を立てて起き上がった。

 呆気なく正拳突きのダメージから回復したロビーは、雅人を頸に巻き付けたまま立ち上がった。姿勢としては、腕力のある男が、女を抱え上げる体位に似ていた。

 雅人は、自分よりも高い目線を、久々体感した。

 ロビーの頭部からの出血が、ぬるぬると雅人の胸を濡らしている。血で滑りそうになる腕の位置を何度か調節し直すのだが、最初に決まったポジションが最も効果的に頸動脈を絞め付けられるのだ。

 それでもロビーは意識をブラックアウトさせず、雅人を掲げていた。

 そして決して逃がさないよう、捕まえた雅人の脚に回した腕に力を込め、その場で後方に身体を反らしてゆく。
 ブリッジをしようとしたのだ。

 けれども、頭部が床に激突する事を防ぐ腕は、雅人を捉えている。その手の代わりになるのは雅人の頭部である。

 雅人は咄嗟にネックロックを解除し、ロビーの顎に掌を押し当てて頭頂部を床に衝突させた。

 この際、脚を抱えられて全力を出せないにしても、腰のパワーで掌底を打ち込んでいる。顎から脳幹に掛けて衝撃が一直線に走り、その上で逆さになった頭が床を強打するのである。

 ロビーの反り返った頭部は、鼻の辺りまで床を突き破って埋まった。

 雅人は、流石に緩んだロビーの腕から両足を抜き、見事な筋肉橋を架けた巨漢の身体から飛び降りた。
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