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第一章 炎の記憶
第八節 Lose a battle to win a war
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「あ?」
逆さヒョウタンの男に英語で言われて、切れ味を持ったヒレを生やす黒人の男を倒した雅人は、顔を顰めた。
「ルーズ・ア・バトル……?」
「ああ、英語は駄目なんだったな。えぇと、確か日本語だと……肉を切って……」
「肉を切らせて骨を断つ、か?」
「そう、それだ!」
雅人の戦法の事を言ったのだろう。
雅人は鋭いヒレ攻撃を自らの胸で受け止めて相手に動揺を作り、この隙に諸手突きを繰り出して戦いに勝利した。
蹴り足の指を切り落とす程の鋭利さを持ったヒレである。それを、ガードを解いた肉体で防御しようという発想は、常人にはそうそう生まれ得ない。
ましてや雅人は胸から腰まで血を流れ落ちさせているのだが、表情はけろりとしたものだ。
逆さヒョウタンの男が言った、肉を切らせて骨を断つ──大局的な勝利の為に小規模の犠牲を厭わないとの表現は、雅人にしてみると些か的外れかもしれない。
雅人は初めから、自分の大胸筋がヒレの切れ味に勝る事を分かっていたのだ。試合にも勝負にも敗けていない。
「サムライだな」
「ンな立派なものじゃねぇよ」
ただのチンピラだ──雅人は自嘲気味に言った。
武道家としての矜持はある。卑怯な手段を使ったり、女子供をいたぶったりするような事は嫌いであるし、しないように心に決めているが、だからと言って正々堂々を旨としているという事もない。
必要とあれば、相手の腹に手を突っ込んで肋骨を圧し折ってやるし、どうしても許せない相手には命乞いをされても追撃をやめない。
欧米人の持つ古式ゆかしき日本のサムライというイメージに、明石雅人は合致しなかった。
「それで、テストってのは何の事だったんだ。この二人を倒す事か。それとも、お前さんもぶちのめしてやらなくちゃいけないのかい」
胸の血を手で拭いながら、雅人は言った。
「ロビーと呼んでくれ。ロビンソン=ブル。だからロビーだ」
逆さヒョウタンの男は名乗りながら、シャツの裾に手を掛けた。
引き千切るような勢いでシャツを脱ぎ捨てると、それまで薄い布地によって抑え込まれていた筋肉が、元の大きさ以上の圧力を発したように思える。
服の上からでも充分に分かったが、シャツの裾を余らせていた蜂のように括れた腰の所為もあって、いびつなくらいに膨張した大胸筋がより強く主張をしていた。
上半身裸になってみると、ヒョウタンというよりは鉄アレイのようだ。
雅人の、鍛え上げた筋肉の上に薄っすらと脂肪の層を被せている、攻撃の際のパワーとスピードと、打ち合いに際した防御力を両立させた身体ではない。
筋肉の隙間から指を突っ込んで、骨や内臓を叩けそうだ。しかしそうなるより速いスピードで、あの異形の筋肉で猛パワーの打撃を繰り出す事が可能である。
雅人に言わせれば、防御力をかなぐり捨てた超パワータイプ。だがそんな腕力を発揮する肉体であるから、生半な攻撃ではびくともしないのであろう。
「これが最終テストだ」
ロビンソン=ブルは、広背筋の発達の所為で腋の閉じない腕を自然に垂らしながら、身体を左横に向けた。採掘場の岩山のような背中を、両腕を左右に持ち上げて肘を曲げ、上腕二頭筋をこんもりと膨らませると共にうねらせる。
雅人を振り向きながら両手を下ろして背中の広さを見せ付けた。その場で上半身から振り向きながら右腕を下に伸ばして三頭筋の隆起を強調し、一回転を終えると共に左手首を掴んで腰の前に腕を引き付けた。
そのまま両腕を頭の上にやって、体側からはみ出した背筋を見せる。本来は腹筋と脚を見せ付けるポーズであるが、どうしてもヴォリュームのある上半身に眼が行った。そこから両手で身体の外側に弧を描きながら前に持ってゆき、背中を緩く曲げて肩を盛り上げる。
ポージングを一通り終える頃には、ロビーの身体の表面には太い血管が浮き出しており、その顔には笑みが張り付いていた。
雅人は、その笑顔が笑顔でない事を知っている。
下げた眼尻は獲物を前にした悦びを。
捲れさせた唇から覗く牙は、獲物を逃がさないという決意を。
つまりは威嚇である。
その場で一回転する内に、自身の肉体に力みを充満させたのだ。
「さぁ、始めようぜサムライボーイ」
モストマスキュラーポーズからファイトスタイルに移行して、ロビーは言った。
逆さヒョウタンの男に英語で言われて、切れ味を持ったヒレを生やす黒人の男を倒した雅人は、顔を顰めた。
「ルーズ・ア・バトル……?」
「ああ、英語は駄目なんだったな。えぇと、確か日本語だと……肉を切って……」
「肉を切らせて骨を断つ、か?」
「そう、それだ!」
雅人の戦法の事を言ったのだろう。
雅人は鋭いヒレ攻撃を自らの胸で受け止めて相手に動揺を作り、この隙に諸手突きを繰り出して戦いに勝利した。
蹴り足の指を切り落とす程の鋭利さを持ったヒレである。それを、ガードを解いた肉体で防御しようという発想は、常人にはそうそう生まれ得ない。
ましてや雅人は胸から腰まで血を流れ落ちさせているのだが、表情はけろりとしたものだ。
逆さヒョウタンの男が言った、肉を切らせて骨を断つ──大局的な勝利の為に小規模の犠牲を厭わないとの表現は、雅人にしてみると些か的外れかもしれない。
雅人は初めから、自分の大胸筋がヒレの切れ味に勝る事を分かっていたのだ。試合にも勝負にも敗けていない。
「サムライだな」
「ンな立派なものじゃねぇよ」
ただのチンピラだ──雅人は自嘲気味に言った。
武道家としての矜持はある。卑怯な手段を使ったり、女子供をいたぶったりするような事は嫌いであるし、しないように心に決めているが、だからと言って正々堂々を旨としているという事もない。
必要とあれば、相手の腹に手を突っ込んで肋骨を圧し折ってやるし、どうしても許せない相手には命乞いをされても追撃をやめない。
欧米人の持つ古式ゆかしき日本のサムライというイメージに、明石雅人は合致しなかった。
「それで、テストってのは何の事だったんだ。この二人を倒す事か。それとも、お前さんもぶちのめしてやらなくちゃいけないのかい」
胸の血を手で拭いながら、雅人は言った。
「ロビーと呼んでくれ。ロビンソン=ブル。だからロビーだ」
逆さヒョウタンの男は名乗りながら、シャツの裾に手を掛けた。
引き千切るような勢いでシャツを脱ぎ捨てると、それまで薄い布地によって抑え込まれていた筋肉が、元の大きさ以上の圧力を発したように思える。
服の上からでも充分に分かったが、シャツの裾を余らせていた蜂のように括れた腰の所為もあって、いびつなくらいに膨張した大胸筋がより強く主張をしていた。
上半身裸になってみると、ヒョウタンというよりは鉄アレイのようだ。
雅人の、鍛え上げた筋肉の上に薄っすらと脂肪の層を被せている、攻撃の際のパワーとスピードと、打ち合いに際した防御力を両立させた身体ではない。
筋肉の隙間から指を突っ込んで、骨や内臓を叩けそうだ。しかしそうなるより速いスピードで、あの異形の筋肉で猛パワーの打撃を繰り出す事が可能である。
雅人に言わせれば、防御力をかなぐり捨てた超パワータイプ。だがそんな腕力を発揮する肉体であるから、生半な攻撃ではびくともしないのであろう。
「これが最終テストだ」
ロビンソン=ブルは、広背筋の発達の所為で腋の閉じない腕を自然に垂らしながら、身体を左横に向けた。採掘場の岩山のような背中を、両腕を左右に持ち上げて肘を曲げ、上腕二頭筋をこんもりと膨らませると共にうねらせる。
雅人を振り向きながら両手を下ろして背中の広さを見せ付けた。その場で上半身から振り向きながら右腕を下に伸ばして三頭筋の隆起を強調し、一回転を終えると共に左手首を掴んで腰の前に腕を引き付けた。
そのまま両腕を頭の上にやって、体側からはみ出した背筋を見せる。本来は腹筋と脚を見せ付けるポーズであるが、どうしてもヴォリュームのある上半身に眼が行った。そこから両手で身体の外側に弧を描きながら前に持ってゆき、背中を緩く曲げて肩を盛り上げる。
ポージングを一通り終える頃には、ロビーの身体の表面には太い血管が浮き出しており、その顔には笑みが張り付いていた。
雅人は、その笑顔が笑顔でない事を知っている。
下げた眼尻は獲物を前にした悦びを。
捲れさせた唇から覗く牙は、獲物を逃がさないという決意を。
つまりは威嚇である。
その場で一回転する内に、自身の肉体に力みを充満させたのだ。
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