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第一章 炎の記憶
第三節 異 常 力
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ちりちりと、ライターで皮膚を炙られるような感覚であった。
雅人は心臓と下半身の位置に、小さな炎を当てられたような気がした。
水槽に挟まれた通路──意外と長く、二〇メートルくらいはあった。部屋そのものは三〇メートル四方はある──の先に、人影が一つある。
反対側の通路の入り口からも、同じく影があった。
雅人に声を掛けたのは、左手から顔を出した男であった。彼の視線が、雅人の心臓部を狙っている。
横目でその姿を確認した。
黒っぽいボディスーツを身に着けている。その上に、プロテクターを装着していた。
顔にはゴーグルとガスマスク、頭をすっぽりと覆うヘルメットまで着用している。
ライフル銃を構えていて、銃口の下から細い赤の光が雅人の胸を刺していた。
右側の男も同じような格好をしており、レーザーサイトは雅人の腰から下に向いていた。
初めに声を発した男は続けざまに英語で話し掛けた。マスク越しの声は怒っているような風であるが、雅人は英語が分からない。
二人目の男はそれを察して、
「シリンダー、戻レ。さもなけレば、撃ツ。Warning……警告、ダ」
と、片言の日本語で命令した。
雅人は裸である。尻の孔まで丸出しだ。そんな状況で、プロテクターを身に着けた者たちからライフルを向けられて命令されては、それに従う他にはない。
ただ、雅人は彼らの横柄な態度が気に喰わなかった。
又、自分の状況も分かっていないのに戻れなどと言われるのは、更に神経を逆撫でられる。
──嫌だ。
そう思った時には、すぐに動き出していた。
左手の男へ駆け出してゆく。
左足で床を蹴り、高い天井のすぐ傍まで届く跳躍力を見せ付けた。
左手の男は銃身を持ち上げるのだが、雅人はその巨体からは想像も出来ない速度で宙を舞い、男の身体を押し倒していた。
「Fuck!」
口汚く罵った右手の男が、通路に歩み出て引き金を引いた。
雅人は押し倒した男の上から素早く立ち退き、自分が入った水槽の裏側の通路に飛び出した。
床を蹴り出すと、再び雅人の身体は空中を滑った。立ち並んだ緑色の水槽の間を鳥のような速度で飛翔し、反対側の壁に激突する。
雅人は壁を突き破った。
水槽の並んだ薄暗い部屋ではなく、白い天井と壁と床に囲まれた明るい廊下である。
雅人が飛び出した少し先の壁が開き、ライフルを持ったプロテクターの男が姿を見せた。
顔を出しながら、三度引き金を引いた。
雅人には、胸と、顔と、肩口に迫る銃弾の軌道が、やけにスローに思えた。
左肩を引いて、一発目を躱した。
続いて眼の前に迫った二発目に、何を思ったか左手を持ち上げた。回転する弾頭を、雅人の太い親指と人差し指が挟み込んでいる。
キャッチした銃弾を、紙飛行機でも飛ばすように押し出した。三発目の銃弾と衝突し合って、ひしゃげてゆく。
雅人は空中でぶつかって制止した二発の銃弾の下を潜り、床に両手を突いてこれを軸に身体を回転させた。
低空の右後ろ蹴りが、プロテクターの男の胴体に潜り込み、吹き飛ばした。
プロテクターの男は、自分で自分を口淫するように身体を折り曲げて、廊下の先に六、七メートルばかり転がった。
──今の力は、何だ!?
左手を見ると、親指と人差し指の腹が抉れている。飛来する弾丸を掴んだのは間違いないらしい。
拳銃と戦った事は、一度や二度ではない。相手の銃撃を躱した事もある。
だがそれは、銃口の向きや銃身の傾き、相手の腕、指、目線などの動きを観察した上での回避である。
今は、避けなかった。
風のない部屋で、電気の紐の先を掴むのより簡単に、高速で飛翔する筈の弾頭を抓んだ。
偶然ではなく、意図的に、だ。恐るべき動体視力が発揮されていた。
立ち上がった雅人は、サッカーボールのように吹っ飛んだ男の身体を訝しんだ。
自分は強い。
強いが、だからと言ってあれくらいの体格の人間を、あんなに蹴り飛ばす事は出来ない。
それに、プロテクターの上から蹴りをぶち込んで、人をあんな風にした記憶はない。
雅人はよろめきながら、男に駆け寄った。
足先と触れていたヘルメットを掴んで、身体を伸ばしてやる。
べきべきという音が、身体の奥から聞こえた。又、特に頑丈であるべき胴体のプロテクターは雅人の足の形に陥没して粉砕されている。
ガスマスクが内側からもこもこと動いた。
取り外そうと手をやると、指先が触れただけで砕け散った。雅人自身のレギュレータと同じだ。
そして次の瞬間、男の口から赤い液体と肉片が飛び出し、天井に張り付いた。
眼球も飛び出している。
雅人の蹴りが彼をそんな風にしたのは、疑いようがなかった。
疑うべきは、そこまでの状態を齎した雅人自身の力である。
──これはどういう事だ? 俺がやったのか、これは!?
雅人ははたと気付いて、先程の部屋に戻った。
自分が突き破った壁の、反対側の通路に倒れているもう一人の男……
彼も亦、雅人に飛び付かれて押し倒された瞬間、重傷を負っていた。
雅人が掴み掛かった両肩が、ごっそりと抉られている。腹に押し当てた膝の所為で防具が砕け、ガスマスクとゴーグルの隙間から覗く赤い色は、覆面の下の惨状を容易に想像させた。
雅人は心臓と下半身の位置に、小さな炎を当てられたような気がした。
水槽に挟まれた通路──意外と長く、二〇メートルくらいはあった。部屋そのものは三〇メートル四方はある──の先に、人影が一つある。
反対側の通路の入り口からも、同じく影があった。
雅人に声を掛けたのは、左手から顔を出した男であった。彼の視線が、雅人の心臓部を狙っている。
横目でその姿を確認した。
黒っぽいボディスーツを身に着けている。その上に、プロテクターを装着していた。
顔にはゴーグルとガスマスク、頭をすっぽりと覆うヘルメットまで着用している。
ライフル銃を構えていて、銃口の下から細い赤の光が雅人の胸を刺していた。
右側の男も同じような格好をしており、レーザーサイトは雅人の腰から下に向いていた。
初めに声を発した男は続けざまに英語で話し掛けた。マスク越しの声は怒っているような風であるが、雅人は英語が分からない。
二人目の男はそれを察して、
「シリンダー、戻レ。さもなけレば、撃ツ。Warning……警告、ダ」
と、片言の日本語で命令した。
雅人は裸である。尻の孔まで丸出しだ。そんな状況で、プロテクターを身に着けた者たちからライフルを向けられて命令されては、それに従う他にはない。
ただ、雅人は彼らの横柄な態度が気に喰わなかった。
又、自分の状況も分かっていないのに戻れなどと言われるのは、更に神経を逆撫でられる。
──嫌だ。
そう思った時には、すぐに動き出していた。
左手の男へ駆け出してゆく。
左足で床を蹴り、高い天井のすぐ傍まで届く跳躍力を見せ付けた。
左手の男は銃身を持ち上げるのだが、雅人はその巨体からは想像も出来ない速度で宙を舞い、男の身体を押し倒していた。
「Fuck!」
口汚く罵った右手の男が、通路に歩み出て引き金を引いた。
雅人は押し倒した男の上から素早く立ち退き、自分が入った水槽の裏側の通路に飛び出した。
床を蹴り出すと、再び雅人の身体は空中を滑った。立ち並んだ緑色の水槽の間を鳥のような速度で飛翔し、反対側の壁に激突する。
雅人は壁を突き破った。
水槽の並んだ薄暗い部屋ではなく、白い天井と壁と床に囲まれた明るい廊下である。
雅人が飛び出した少し先の壁が開き、ライフルを持ったプロテクターの男が姿を見せた。
顔を出しながら、三度引き金を引いた。
雅人には、胸と、顔と、肩口に迫る銃弾の軌道が、やけにスローに思えた。
左肩を引いて、一発目を躱した。
続いて眼の前に迫った二発目に、何を思ったか左手を持ち上げた。回転する弾頭を、雅人の太い親指と人差し指が挟み込んでいる。
キャッチした銃弾を、紙飛行機でも飛ばすように押し出した。三発目の銃弾と衝突し合って、ひしゃげてゆく。
雅人は空中でぶつかって制止した二発の銃弾の下を潜り、床に両手を突いてこれを軸に身体を回転させた。
低空の右後ろ蹴りが、プロテクターの男の胴体に潜り込み、吹き飛ばした。
プロテクターの男は、自分で自分を口淫するように身体を折り曲げて、廊下の先に六、七メートルばかり転がった。
──今の力は、何だ!?
左手を見ると、親指と人差し指の腹が抉れている。飛来する弾丸を掴んだのは間違いないらしい。
拳銃と戦った事は、一度や二度ではない。相手の銃撃を躱した事もある。
だがそれは、銃口の向きや銃身の傾き、相手の腕、指、目線などの動きを観察した上での回避である。
今は、避けなかった。
風のない部屋で、電気の紐の先を掴むのより簡単に、高速で飛翔する筈の弾頭を抓んだ。
偶然ではなく、意図的に、だ。恐るべき動体視力が発揮されていた。
立ち上がった雅人は、サッカーボールのように吹っ飛んだ男の身体を訝しんだ。
自分は強い。
強いが、だからと言ってあれくらいの体格の人間を、あんなに蹴り飛ばす事は出来ない。
それに、プロテクターの上から蹴りをぶち込んで、人をあんな風にした記憶はない。
雅人はよろめきながら、男に駆け寄った。
足先と触れていたヘルメットを掴んで、身体を伸ばしてやる。
べきべきという音が、身体の奥から聞こえた。又、特に頑丈であるべき胴体のプロテクターは雅人の足の形に陥没して粉砕されている。
ガスマスクが内側からもこもこと動いた。
取り外そうと手をやると、指先が触れただけで砕け散った。雅人自身のレギュレータと同じだ。
そして次の瞬間、男の口から赤い液体と肉片が飛び出し、天井に張り付いた。
眼球も飛び出している。
雅人の蹴りが彼をそんな風にしたのは、疑いようがなかった。
疑うべきは、そこまでの状態を齎した雅人自身の力である。
──これはどういう事だ? 俺がやったのか、これは!?
雅人ははたと気付いて、先程の部屋に戻った。
自分が突き破った壁の、反対側の通路に倒れているもう一人の男……
彼も亦、雅人に飛び付かれて押し倒された瞬間、重傷を負っていた。
雅人が掴み掛かった両肩が、ごっそりと抉られている。腹に押し当てた膝の所為で防具が砕け、ガスマスクとゴーグルの隙間から覗く赤い色は、覆面の下の惨状を容易に想像させた。
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