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転章 風荒び、鬼来たる
第二節 無双鬼姫
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一人、二人、三人──と。
七種会の息が掛かっていると思われるヒットマンたちが、次から次へと打ち倒されてゆく。
頭、顎、胸、腹、腰、腕、手、脚……五体の何れかを強く攻撃されて、とても立ってはいられないようなダメージを負うのである。
使用されたのは、拳銃でも刃物でもない。
座敷の真ん中に、二人の人間が向かい合っていた。
壁際には銃口が並んでいる。自分たちの組長を庇った部下たちが、残った最後の一人に対して牽制しているのだ。
畳の上には、引っ繰り返された座卓と一緒に、一九人分の身体が転がっていた。
襲撃者は最後の一人も合わせて一五人で、篠木組側の犠牲者が五人出た。
手足が、あらぬ方向を向いている身体がある。
腰から背中に反り返って、踵と後頭部が触れてしまいそうな者もあった。
胸を畳に着けているのに、鼻が天井を向かされている遺体も混じっている。
ズボンから、赤いソースを絡めた白っぽい尖った棒を突き出している骸もいる。
「あんたは何処が良いんだい?」
ラクシャーサが言った。
最後に残ったヒットマンは彼女に銃を突き付けているが、すっかり震えてしまっている。
距離は丁度、二間──約三メートルと六〇センチ。
撃って当たらない距離ではない。銃を両手でしっかり支え、冷静に狙いを付ければ、相手の動きが余程のものであるか、射手が余程下手でなければ、当たる。
しかもラクシャーサは、拳銃の前ですべきではない動きをしている。
止まっている訳ではないので、当たらない可能性もあるが、しかし目線を敵に合わせずに踊っている相手を撃つのは、そこまで難しい事ではないだろう。
ラクシャーサは、踊っているのだ。
両腕を胸の前で回したり、頭上に持ち上げて背中に下したり、腰を深く沈めて前に脚を伸ばしたり、逆に後屈したりして畳を踏み締めている。
それまで男たちの談笑する声でいっぱいであった宴会場は、血と硝煙の匂いで台無しにされてしまった。だが、その宴にも足りなかった舞踏の華が、ラクシャーサによって咲かされていた。
服装はセーターにストレッチパンツであるし、場所は遺体の転がる血生臭い座敷だ。
しかしラクシャーサが踊れば、そこには自然と流麗かつ逞しい鼓笛の音色が響く──ような気がした。
暴力団だってテレビの一つや二つは見るだろう。特に格闘技などでは、その会場が自分たちの縄張りにあったりする事も多い訳で、生で観戦する機会も少なくない。
そんな時に見られる動きと、同じ動作をラクシャーサはして、その動きがリングに響く笛と太鼓の音を脳内に再現するのだ。
ワイクルー。
ムエタイの、試合前に行なわれる儀式である。
ラクシャーサは、男に向かって跪き、頭を下げた。
踊りが一旦やんだのであるから、彼女を仕留める絶好の機会である。しかしヒットマンはあろう事かそのチャンスを見送ってしまった。
ラクシャーサが立ち上がる。
「折角だし、選んだらどうだい。そこに当ててやるよ」
そう言うとラクシャーサは、男の前で横を向き、蹴りを繰り出した。
ローキックの、素振りだ。
しかし、その脚は鞭のようにしなって、その場にいた男たちの身体を風が叩いた。
床に転がった者らの服が、それではためく。
ひっくり返った食器が、かたかたと音を立てた。
続いてラクシャーサは、反対の脚で蹴りを放った。
次は、左ジャブ。
右の肘を打ち上げる。
膝蹴りは、彼女自身の顔の真ん中の高さまで持ち上がった。
「さぁ、どれがお好みだい?」
ラクシャーサは男に向き直って問い掛けた。
男は嫌々をするように首を横に振って、じりじりと後退し始めた。
ラクシャーサの繰り出すそれらの技こそが、七種会のヒットマンたちを次々と打ちのめした手段なのである。
とても、素手での格闘とは思えない威力を、ラクシャーサの手足は発揮した。
パンチは文字通り眼にも止まらぬ速度で、顔の中心に叩き込まれれば頭蓋骨は陥没し、肘打ちは頬を掠めただけでも歯が露出するくらい肉まで裂ける。
太腿に蹴りを受けた者は、倒れた時に自分の頭を踏めるようになっていた。
膝蹴りを胴体に喰らえば、六〇キロを超える男の肉体がタンポポの綿毛のように舞い上がったものだ。
それを見ているのだ。
手にした拳銃が、鉄屑よりも役に立たないのも承知である。
彼女の蹴りにやられるくらいなら、今、自分に向いている無数の銃の前に身を躍らせて、全身を蜂の巣にされた方が楽に死ねるような気がした。
男はゆっくりと後退し、ラクシャーサとの距離は三間半まで広がっていた。
「男だろう? さっさと決めなッ」
ラクシャーサが牙を剥いて吼えた。
びくりと肩を震わせた男の、踵が敷居に掛かっている。靴底の感触が変わった事を契機として、男は行動を開始した。
「うひゃああああっ!」
男はラクシャーサに発砲した。
七種会の息が掛かっていると思われるヒットマンたちが、次から次へと打ち倒されてゆく。
頭、顎、胸、腹、腰、腕、手、脚……五体の何れかを強く攻撃されて、とても立ってはいられないようなダメージを負うのである。
使用されたのは、拳銃でも刃物でもない。
座敷の真ん中に、二人の人間が向かい合っていた。
壁際には銃口が並んでいる。自分たちの組長を庇った部下たちが、残った最後の一人に対して牽制しているのだ。
畳の上には、引っ繰り返された座卓と一緒に、一九人分の身体が転がっていた。
襲撃者は最後の一人も合わせて一五人で、篠木組側の犠牲者が五人出た。
手足が、あらぬ方向を向いている身体がある。
腰から背中に反り返って、踵と後頭部が触れてしまいそうな者もあった。
胸を畳に着けているのに、鼻が天井を向かされている遺体も混じっている。
ズボンから、赤いソースを絡めた白っぽい尖った棒を突き出している骸もいる。
「あんたは何処が良いんだい?」
ラクシャーサが言った。
最後に残ったヒットマンは彼女に銃を突き付けているが、すっかり震えてしまっている。
距離は丁度、二間──約三メートルと六〇センチ。
撃って当たらない距離ではない。銃を両手でしっかり支え、冷静に狙いを付ければ、相手の動きが余程のものであるか、射手が余程下手でなければ、当たる。
しかもラクシャーサは、拳銃の前ですべきではない動きをしている。
止まっている訳ではないので、当たらない可能性もあるが、しかし目線を敵に合わせずに踊っている相手を撃つのは、そこまで難しい事ではないだろう。
ラクシャーサは、踊っているのだ。
両腕を胸の前で回したり、頭上に持ち上げて背中に下したり、腰を深く沈めて前に脚を伸ばしたり、逆に後屈したりして畳を踏み締めている。
それまで男たちの談笑する声でいっぱいであった宴会場は、血と硝煙の匂いで台無しにされてしまった。だが、その宴にも足りなかった舞踏の華が、ラクシャーサによって咲かされていた。
服装はセーターにストレッチパンツであるし、場所は遺体の転がる血生臭い座敷だ。
しかしラクシャーサが踊れば、そこには自然と流麗かつ逞しい鼓笛の音色が響く──ような気がした。
暴力団だってテレビの一つや二つは見るだろう。特に格闘技などでは、その会場が自分たちの縄張りにあったりする事も多い訳で、生で観戦する機会も少なくない。
そんな時に見られる動きと、同じ動作をラクシャーサはして、その動きがリングに響く笛と太鼓の音を脳内に再現するのだ。
ワイクルー。
ムエタイの、試合前に行なわれる儀式である。
ラクシャーサは、男に向かって跪き、頭を下げた。
踊りが一旦やんだのであるから、彼女を仕留める絶好の機会である。しかしヒットマンはあろう事かそのチャンスを見送ってしまった。
ラクシャーサが立ち上がる。
「折角だし、選んだらどうだい。そこに当ててやるよ」
そう言うとラクシャーサは、男の前で横を向き、蹴りを繰り出した。
ローキックの、素振りだ。
しかし、その脚は鞭のようにしなって、その場にいた男たちの身体を風が叩いた。
床に転がった者らの服が、それではためく。
ひっくり返った食器が、かたかたと音を立てた。
続いてラクシャーサは、反対の脚で蹴りを放った。
次は、左ジャブ。
右の肘を打ち上げる。
膝蹴りは、彼女自身の顔の真ん中の高さまで持ち上がった。
「さぁ、どれがお好みだい?」
ラクシャーサは男に向き直って問い掛けた。
男は嫌々をするように首を横に振って、じりじりと後退し始めた。
ラクシャーサの繰り出すそれらの技こそが、七種会のヒットマンたちを次々と打ちのめした手段なのである。
とても、素手での格闘とは思えない威力を、ラクシャーサの手足は発揮した。
パンチは文字通り眼にも止まらぬ速度で、顔の中心に叩き込まれれば頭蓋骨は陥没し、肘打ちは頬を掠めただけでも歯が露出するくらい肉まで裂ける。
太腿に蹴りを受けた者は、倒れた時に自分の頭を踏めるようになっていた。
膝蹴りを胴体に喰らえば、六〇キロを超える男の肉体がタンポポの綿毛のように舞い上がったものだ。
それを見ているのだ。
手にした拳銃が、鉄屑よりも役に立たないのも承知である。
彼女の蹴りにやられるくらいなら、今、自分に向いている無数の銃の前に身を躍らせて、全身を蜂の巣にされた方が楽に死ねるような気がした。
男はゆっくりと後退し、ラクシャーサとの距離は三間半まで広がっていた。
「男だろう? さっさと決めなッ」
ラクシャーサが牙を剥いて吼えた。
びくりと肩を震わせた男の、踵が敷居に掛かっている。靴底の感触が変わった事を契機として、男は行動を開始した。
「うひゃああああっ!」
男はラクシャーサに発砲した。
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