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第十四章 魔獣戦線
第九節 怪 物
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〈クベラ〉の胸は分厚い装甲に覆われている。
他の部分と比べて見ても、明らかに大きく造られているのだ。硬度で言えば、超合金”般若”を、向こう側が透けて見える程の薄さに加工したものを三〇〇枚重ねた、後頭部から立襟に繋がるネックガードに次いでいた。
又、三層構造になった胸部装甲の外側の部分には、ダイラタント流体が採用されており、新幹線に正面から激突されてもその衝撃を殆ど緩和する事が可能だ。
しかし、時速三六〇キロメートルを受け止める筈の鎧は、人間を超越した魔人とは言え、鎧も含めれば〈クベラ〉よりも軽量である筈の火天の正拳突きで呆気なく吹っ飛ばされてしまったのである。
「何だと……」
純は仮面の下で呟きながら、そのまま身体を傾かせた。
ずん……と、思いもよらぬ衝撃が、脚にある。純は片膝を突いていた。
単にバランスを崩したのではない。もう戻っているが、ほんの一瞬だけ、純は地面を見失った。
火天のパンチが、最高時速の新幹線を超える衝撃だとは思えない。だが、紛れもなく〈クベラ〉の装甲を貫通して、内部の青蓮院純を殴り付けたのだ。
──凄いな……。
それは純にとって、殆ど初めてに近しい感動だった。
対オーヴァー・ロード用に、生身の純に欠けている防御力と突破力を与えるべく造られたのが装甲聖王である。それを貫通するとなると、火天に化身した明石雅人の地力が、純に劣らないという事である。
純の感動など露知らず、雅人はこの場を潜り抜けるべく策を弄した。
辺りに飛び散った百鬼曼陀羅の、腕の形をした触手を一本拾い上げるのに、〈クベラ〉の近くから離脱した。
これを追おうと立ち上がった〈クベラ〉に行動される前に、雅人はコンテナの傍に落ちていた獣の腕を拾い、〈クベラ〉に対して突き付けた。
額の霊石が輝く。
握った怪物の腕が、燃え始めた。
赤く──いや、蒼く。
すると、炎の揺らめきよりも発光が強くなり、火天を中心に昼間のような明るさが広まった。
純は遮光ゴーグルのモニターの表示から、火天が拾った怪物の一部がプラズマ化しようとしているのに気付いた。
雅人は、光る棒状のものと化した獣の腕を横薙ぎにした。
〈クベラ〉が身を伏せる。
その頭上を、雅人の腕の動きに沿って、激しく発光する光の帯が駆け抜けてゆく。
きゅぃぃぃぃぃぃぃ──ッ!
耳をつんざく異音を発して夜の空気を滑る光の帯は、これを振り回した雅人の意図以上の働きをしてみせた。
火天を中心に円を描くプラズマの刃が、積み上げられたコンテナやガントリークレーンを突き抜けて、その孕んだ熱で切断したのだ。
コンテナが発火し、埠頭は炎に包まれる。クレーンも歪み、陸に突き出していた部分が傾いて、無人の操作室が落下した。
埠頭はまたたく間に炎上した。
コンテナを包み込む炎が、天まで届くようだった。
海は炎色を映して、ぎらぎらと輝いている。
空気そのものが、鋼鉄をゆっくりとねじ折ってゆく音を発しているようであった。
──やり過ぎたか……。
雅人は流石に後悔した。
ここまでやる心算はなかった。コンテナの中身は、誰かの生活に必要な物資だ。それを使い物にならなくしてしまうのは、雅人の本意ではない。
だが、咄嗟にやり過ぎる程に、雅人は悔しかったのだ。
蛟に情を掛けた訳ではない。彼の言うように、今の雅人はオーヴァー・ロード本来のポテンシャルを引き出す事が難しい状態だ。
しかし万全の状態であっても、火天の本来想定されている全ての能力を駆使する事を、雅人はしないだろう。
そして、それで充分に、自分が直面する全てを乗り切れる筈だった。
だのに、現状でのオーヴァー・ロードの力が通じない相手が現れた。
それは、まだ良い。
問題なのは、オーヴァー・ロードとしての能力を使わず、自分自身の力を──それまで培って来た素手の武術を用いてなお、〈クベラ〉には通用しなかったという事だ。
それが悔しくて、どうしたって人間よりも優れているオーヴァー・ロードの力に頼り、これを制御する事が出来なかった。
「──怪物め」
炎の色を鎧に映して、獣の兜の鎧騎士が言った。
──怪物か。
雅人は自嘲気味に鼻を鳴らす。蜥蜴の顔の真ん中から、炎の中でも白い蒸気が吹き出した。
怪物と名乗る程、強くはない。眼の前の鎧騎士を倒せていないのがその何よりの証拠だ。
〈武蔵〉を逆手に持ち、右手で抜いた〈雪風〉の銃口を火天に向けている。
火天と〈クベラ〉は、炎に包まれた埠頭で向かい合っていた。
それはまさに、地獄の光景であった。
他の部分と比べて見ても、明らかに大きく造られているのだ。硬度で言えば、超合金”般若”を、向こう側が透けて見える程の薄さに加工したものを三〇〇枚重ねた、後頭部から立襟に繋がるネックガードに次いでいた。
又、三層構造になった胸部装甲の外側の部分には、ダイラタント流体が採用されており、新幹線に正面から激突されてもその衝撃を殆ど緩和する事が可能だ。
しかし、時速三六〇キロメートルを受け止める筈の鎧は、人間を超越した魔人とは言え、鎧も含めれば〈クベラ〉よりも軽量である筈の火天の正拳突きで呆気なく吹っ飛ばされてしまったのである。
「何だと……」
純は仮面の下で呟きながら、そのまま身体を傾かせた。
ずん……と、思いもよらぬ衝撃が、脚にある。純は片膝を突いていた。
単にバランスを崩したのではない。もう戻っているが、ほんの一瞬だけ、純は地面を見失った。
火天のパンチが、最高時速の新幹線を超える衝撃だとは思えない。だが、紛れもなく〈クベラ〉の装甲を貫通して、内部の青蓮院純を殴り付けたのだ。
──凄いな……。
それは純にとって、殆ど初めてに近しい感動だった。
対オーヴァー・ロード用に、生身の純に欠けている防御力と突破力を与えるべく造られたのが装甲聖王である。それを貫通するとなると、火天に化身した明石雅人の地力が、純に劣らないという事である。
純の感動など露知らず、雅人はこの場を潜り抜けるべく策を弄した。
辺りに飛び散った百鬼曼陀羅の、腕の形をした触手を一本拾い上げるのに、〈クベラ〉の近くから離脱した。
これを追おうと立ち上がった〈クベラ〉に行動される前に、雅人はコンテナの傍に落ちていた獣の腕を拾い、〈クベラ〉に対して突き付けた。
額の霊石が輝く。
握った怪物の腕が、燃え始めた。
赤く──いや、蒼く。
すると、炎の揺らめきよりも発光が強くなり、火天を中心に昼間のような明るさが広まった。
純は遮光ゴーグルのモニターの表示から、火天が拾った怪物の一部がプラズマ化しようとしているのに気付いた。
雅人は、光る棒状のものと化した獣の腕を横薙ぎにした。
〈クベラ〉が身を伏せる。
その頭上を、雅人の腕の動きに沿って、激しく発光する光の帯が駆け抜けてゆく。
きゅぃぃぃぃぃぃぃ──ッ!
耳をつんざく異音を発して夜の空気を滑る光の帯は、これを振り回した雅人の意図以上の働きをしてみせた。
火天を中心に円を描くプラズマの刃が、積み上げられたコンテナやガントリークレーンを突き抜けて、その孕んだ熱で切断したのだ。
コンテナが発火し、埠頭は炎に包まれる。クレーンも歪み、陸に突き出していた部分が傾いて、無人の操作室が落下した。
埠頭はまたたく間に炎上した。
コンテナを包み込む炎が、天まで届くようだった。
海は炎色を映して、ぎらぎらと輝いている。
空気そのものが、鋼鉄をゆっくりとねじ折ってゆく音を発しているようであった。
──やり過ぎたか……。
雅人は流石に後悔した。
ここまでやる心算はなかった。コンテナの中身は、誰かの生活に必要な物資だ。それを使い物にならなくしてしまうのは、雅人の本意ではない。
だが、咄嗟にやり過ぎる程に、雅人は悔しかったのだ。
蛟に情を掛けた訳ではない。彼の言うように、今の雅人はオーヴァー・ロード本来のポテンシャルを引き出す事が難しい状態だ。
しかし万全の状態であっても、火天の本来想定されている全ての能力を駆使する事を、雅人はしないだろう。
そして、それで充分に、自分が直面する全てを乗り切れる筈だった。
だのに、現状でのオーヴァー・ロードの力が通じない相手が現れた。
それは、まだ良い。
問題なのは、オーヴァー・ロードとしての能力を使わず、自分自身の力を──それまで培って来た素手の武術を用いてなお、〈クベラ〉には通用しなかったという事だ。
それが悔しくて、どうしたって人間よりも優れているオーヴァー・ロードの力に頼り、これを制御する事が出来なかった。
「──怪物め」
炎の色を鎧に映して、獣の兜の鎧騎士が言った。
──怪物か。
雅人は自嘲気味に鼻を鳴らす。蜥蜴の顔の真ん中から、炎の中でも白い蒸気が吹き出した。
怪物と名乗る程、強くはない。眼の前の鎧騎士を倒せていないのがその何よりの証拠だ。
〈武蔵〉を逆手に持ち、右手で抜いた〈雪風〉の銃口を火天に向けている。
火天と〈クベラ〉は、炎に包まれた埠頭で向かい合っていた。
それはまさに、地獄の光景であった。
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