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第十四章 魔獣戦線
第三節 超越変化
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雅人は左袖の燃えて溶けた革ジャンを脱ぐと、コンクリートの上に放り投げた。
風に舞う事もなく、どさりと重々しく落下するジャケットは、雅人の手を離れた途端トレンチコート並みのサイズになったように思える。
「貧乏性ですねぇ……」
そう言う蛟の口から、声を発するたびに、
しゅー、
しゅっ、
と、風の抜ける音がする。やたらに長い舌にはころころと抜け落ちた歯が乗せられ、代わりに歯茎からは牙が突き出していた。
額の霊石が光を増している。鼻に向けて皮膚が寄ると、顔に放射状の筋が生じるようであった。顔の中心が陥没し、かと思えば鼻から下顎に掛けての部分が前に突き出してゆく。
皮膚がべりべりと破れ、髪は撫で付けられて、うなじまでを覆う鱗へと変わっていった。
胸や腕が膨らみ、中華服の紐がはじけ飛ぶ。そればかりか、ゆったりとしたサルエルパンツまでも繊維を引き裂かれてしまう。
「お前さんと違って、親父から小遣いを貰えなくてね」
雅人の声にも風が混じっている。しかしその風は、空気を歪ませる熱波だ。
その額に赤い霊石が見えていた。水晶体の発光それ自体が熱を持っているように、雅人の皮膚がどろどろに溶けてゆく。皺だらけの濃緑色のシャツにも火が点き、雅人の上半身を炎が包み込んでいた。
赤い髪の毛が、より赤い炎に焼かれて、螺旋状にねじられてゆく。普通ならそれで、じゅ……と音を立てて燃えてしまうだろう。だが雅人のざんばら髪はそうはならず、焦がされるたびに長くなって、その分大きく長い螺旋を作り出してゆくのだった。
雅人は一本の松明となった。丈夫な生地のジーンズだけが、裾を焦がすだけで済んでいる。腰から上は炎となって舞い上がり、大気中の塵を焼いて火の粉を舞わせていた。
蛟は服を脱ぎ捨て、全身を蒼黒い鱗で覆った魔獣となっている。アヴァタール現象だ。
だが、百鬼曼陀羅の生け贄となった魔物たちと違い、蛟の血を絡めた眼は理性を留めている。自身の皮膚を破り、我が骨を砕くグロテスクな変身を遂げるものの、それに伴って増してゆく霊石の発光が、彼に知性の残っている事を証明していた。
「消してあげましょう、その命の炎」
長い牙と舌の所為で、酷く聞き取り難い声だ。
蛟は両手に水弾を作り出し、雅人であった松明を掻き消してやろうとする。
水弾が発射された。けれど球体ではない。掌の水弾から帯状に噴射されているのだ。
それまでの水弾では、着弾の瞬間に破裂したが、この形式では水弾がなくなるまで水を放射する事が可能である。
しかし、雅人を包む炎は、水流に触れられた瞬間、その表面で小さな爆発を起こし、水蒸気をもくもくと発生させた。
埠頭の、高熱を孕んだ夜霧を振り払って、雅人──であったものが、姿を現す。
刺々しい鱗を、赤く爛れた皮膚の上半身に、びっしりと生え揃わせた怪物だった。
肩からは、ねじれた棘が突き出している。
ちりちりと、火を孕んだ大量の毛髪が、頭部を覆っていた。
顔も、蛟と同系統の変化をしている。焼かれて消えた唇の下に、下手をすれば自分さえ傷付けてしまいそうな牙が、ばらばらに生えていた。
縦長の瞳孔を持つ目が、黄色く光っている。
眉間に赤い霊石が煌々と輝いていた。
こめかみの辺りに、皮膚と髪の毛が混じり合って硬質化した、角のようなものがある。顎からも、短い角が鱗を剥がしながらぼつぼつと見えている。
蛟が蛇なら、こちらは蜥蜴だ。
共に額に霊石を戴く魔獣──魔人である。
「火天……!」
蛟は憎々しそうにその名を呼んだ。
「裏切り者め。奴を殺す前には丁度良いがなァ……」
蛟が水弾を繰り出した。
オーヴァー・ロード火天となった雅人は、右手から火球を発すると共に、正面に駆け出している。
水弾と火球の激突で生じる水蒸気。
その爆発の中心地点で、次の瞬間、赤黒い拳と蒼黒い拳がぶつかった。
押し出されたのは水天だ。
火天・雅人はこれを追う。
ジーンズの右脚が、蛟のボディを狙って繰り出された。
蛟は左脚を持ち上げて脛で受けると、膝から下を翻して、雅人の膝に左足を絡ませた。
右足で跳躍する。
そのままでは膝が逆関節に曲げられる。それを避けるには後ろに倒れるしかない。
雅人は左脚を腹まで引き上げながら、後方に跳んだ。
蛟が見下ろしている。
雅人の左足が、蛟の胴体に炸裂した。
蛟はまだ燃えないでいるスニーカーの底を、両掌で受け止めた。
雅人が両手を地面に付き、身体をバネのようにたわめて、肘を跳ねさせて跳び上がる。
腰を素早く切り、身体をひねった。
ジーンズの下から鱗が刃物のように突き出して、蛟の脚を傷付ける。
空中で、二人は別れた。
着地と同時に跳躍し、二体の魔人は空中で激突した。
風に舞う事もなく、どさりと重々しく落下するジャケットは、雅人の手を離れた途端トレンチコート並みのサイズになったように思える。
「貧乏性ですねぇ……」
そう言う蛟の口から、声を発するたびに、
しゅー、
しゅっ、
と、風の抜ける音がする。やたらに長い舌にはころころと抜け落ちた歯が乗せられ、代わりに歯茎からは牙が突き出していた。
額の霊石が光を増している。鼻に向けて皮膚が寄ると、顔に放射状の筋が生じるようであった。顔の中心が陥没し、かと思えば鼻から下顎に掛けての部分が前に突き出してゆく。
皮膚がべりべりと破れ、髪は撫で付けられて、うなじまでを覆う鱗へと変わっていった。
胸や腕が膨らみ、中華服の紐がはじけ飛ぶ。そればかりか、ゆったりとしたサルエルパンツまでも繊維を引き裂かれてしまう。
「お前さんと違って、親父から小遣いを貰えなくてね」
雅人の声にも風が混じっている。しかしその風は、空気を歪ませる熱波だ。
その額に赤い霊石が見えていた。水晶体の発光それ自体が熱を持っているように、雅人の皮膚がどろどろに溶けてゆく。皺だらけの濃緑色のシャツにも火が点き、雅人の上半身を炎が包み込んでいた。
赤い髪の毛が、より赤い炎に焼かれて、螺旋状にねじられてゆく。普通ならそれで、じゅ……と音を立てて燃えてしまうだろう。だが雅人のざんばら髪はそうはならず、焦がされるたびに長くなって、その分大きく長い螺旋を作り出してゆくのだった。
雅人は一本の松明となった。丈夫な生地のジーンズだけが、裾を焦がすだけで済んでいる。腰から上は炎となって舞い上がり、大気中の塵を焼いて火の粉を舞わせていた。
蛟は服を脱ぎ捨て、全身を蒼黒い鱗で覆った魔獣となっている。アヴァタール現象だ。
だが、百鬼曼陀羅の生け贄となった魔物たちと違い、蛟の血を絡めた眼は理性を留めている。自身の皮膚を破り、我が骨を砕くグロテスクな変身を遂げるものの、それに伴って増してゆく霊石の発光が、彼に知性の残っている事を証明していた。
「消してあげましょう、その命の炎」
長い牙と舌の所為で、酷く聞き取り難い声だ。
蛟は両手に水弾を作り出し、雅人であった松明を掻き消してやろうとする。
水弾が発射された。けれど球体ではない。掌の水弾から帯状に噴射されているのだ。
それまでの水弾では、着弾の瞬間に破裂したが、この形式では水弾がなくなるまで水を放射する事が可能である。
しかし、雅人を包む炎は、水流に触れられた瞬間、その表面で小さな爆発を起こし、水蒸気をもくもくと発生させた。
埠頭の、高熱を孕んだ夜霧を振り払って、雅人──であったものが、姿を現す。
刺々しい鱗を、赤く爛れた皮膚の上半身に、びっしりと生え揃わせた怪物だった。
肩からは、ねじれた棘が突き出している。
ちりちりと、火を孕んだ大量の毛髪が、頭部を覆っていた。
顔も、蛟と同系統の変化をしている。焼かれて消えた唇の下に、下手をすれば自分さえ傷付けてしまいそうな牙が、ばらばらに生えていた。
縦長の瞳孔を持つ目が、黄色く光っている。
眉間に赤い霊石が煌々と輝いていた。
こめかみの辺りに、皮膚と髪の毛が混じり合って硬質化した、角のようなものがある。顎からも、短い角が鱗を剥がしながらぼつぼつと見えている。
蛟が蛇なら、こちらは蜥蜴だ。
共に額に霊石を戴く魔獣──魔人である。
「火天……!」
蛟は憎々しそうにその名を呼んだ。
「裏切り者め。奴を殺す前には丁度良いがなァ……」
蛟が水弾を繰り出した。
オーヴァー・ロード火天となった雅人は、右手から火球を発すると共に、正面に駆け出している。
水弾と火球の激突で生じる水蒸気。
その爆発の中心地点で、次の瞬間、赤黒い拳と蒼黒い拳がぶつかった。
押し出されたのは水天だ。
火天・雅人はこれを追う。
ジーンズの右脚が、蛟のボディを狙って繰り出された。
蛟は左脚を持ち上げて脛で受けると、膝から下を翻して、雅人の膝に左足を絡ませた。
右足で跳躍する。
そのままでは膝が逆関節に曲げられる。それを避けるには後ろに倒れるしかない。
雅人は左脚を腹まで引き上げながら、後方に跳んだ。
蛟が見下ろしている。
雅人の左足が、蛟の胴体に炸裂した。
蛟はまだ燃えないでいるスニーカーの底を、両掌で受け止めた。
雅人が両手を地面に付き、身体をバネのようにたわめて、肘を跳ねさせて跳び上がる。
腰を素早く切り、身体をひねった。
ジーンズの下から鱗が刃物のように突き出して、蛟の脚を傷付ける。
空中で、二人は別れた。
着地と同時に跳躍し、二体の魔人は空中で激突した。
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