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第十四章 魔獣戦線
第一節 捕 食 者
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空気が、重々しく流動した。
一二人の肉体を捧げ、混ぜ合わせて誕生した百鬼曼陀羅・饕餮が、その場から移動を始めたのである。
触手のうねりは激しくなるものの、〈クベラ〉に集中されていた攻撃は若干ながら精密さを欠くようになっていた。
自分の遥か頭上を飛び越えてコンテナに突き刺さる触手を見て、純は仮面の下で怪訝そうな表情を浮かべる。
──水天のコントロールを離れたのか。
百鬼曼陀羅となる前の魔獣形態でも、彼らはオーヴァー・ロード水天──蛟の指令を受けて行動していた。
戦場を俯瞰する蛟の額で水晶体・霊石が光を発すると、“アンリミテッド”によって失われた彼らの理性は益々消え去り、蛟の思うがままに操られてしまう。
百鬼曼陀羅になってもそれは変わらない。寧ろ一二人の脳を──増減はしているだろうが──連結させた巨獣を操る事は、蛟の負担を減らしてもいただろう。
それでも、斬っても斬っても生えて来る触手に指示を出すのは、蛟にとっては難しい筈だ。その上、今の蛟は明石雅人に掛かりっきりにならなければいけない。
饕餮に指令を下しながらでは、とてもあの明石雅人には敵わない。
オーヴァー・ロードによる指令を失った饕餮は、本能のままに行動を開始する。すわ、“アンリミテッド”が呼び起こした凶暴性と、その巨大な肉体を維持する為の捕食である。
饕餮は、先端が漏斗状になっていたり、複数の口が付いていたりする触手をコンテナに突き刺した。食糧が詰められているコンテナもある筈だ。
輸送中に内部の物資を守る頑丈なコンテナである。柔らかい触手は貫き通せず弾かれてしまう。だが、硬い触手であれば何度か殴打して陥没させる事が可能だった。
〈クベラ〉は、コンテナを歪ませたサイの皮膚を持った触手に〈武蔵〉を投げ付けた。縦に回転しながら大刀が触手を両断する。
他にも、二、三の触手を、右手に持ち替えた〈島風〉で銃撃した。その直後、背後から迫っていた触手に対し、振り向きざまにジャンプしながら発砲する。
〈島風〉をホルスターに戻すと、地面に転がって、落下していた〈武蔵〉を回収し、雨のように降り注ぐ触手に斬撃を連続して浴びせ、肉塊を落としてゆく。
だが、ひと際大きく岩のようになった蟹の鋏を持つ触手を真っ向から両断しようとした時、〈武蔵〉の刀身が受け止められてしまう。
ゴーグル内部のモニターは〈村雨〉のバッテリー切れを警告していた。
「ふ──!」
しかし〈武蔵〉の強度と純の技量を以てすれば、切断は容易である。
〈クベラ〉は両手で握った〈武蔵〉を押し込んで甲殻を断ち割り、赤々とした血肉をばら撒かせる。〈村雨〉の電力供給がなくなり高周波を発生させられなくなったので、細胞の切断する目が粗くなったのだ。
白銀の装甲を返り血で染める鎧騎士から、触手が撤退する。生命保護を凌駕するオーヴァー・ロードの支配がなくなった事で、体格差を覆し得る戦力差に気付いたのだろうか。
代わりに饕餮は失った血肉の分を補充しようと、高エネルギー且つ自身よりも弱い存在を求めて触手をうねらせた。
ただ、この場に存在するのは、動かぬコンテナ内部の食糧か、そうでなければ──三人の人間しかいない。
饕餮は〈クベラ〉から距離を置きつつ、触手をコンテナの隙間に入り込ませた。
〈クベラ〉の内部モニターが生命反応をキャッチする。
手前に一つ、その向こうに二つだ。
純は先ず、手前の男性を狙った触手を迎撃すべく飛んだ。
漏斗状の先端をがっぽりと広げて、対象を呑み込もうとする触手。
〈クベラ〉の跳び蹴りがその漏斗を弾いた。
着地した純は、コンテナの隙間に挟まるようにして隠れていた人物に声を掛ける。
「早く逃げると良い──うん?」
コンテナの間、月の明かりさえ入り込まない暗闇を、〈クベラ〉のゴーグルは見通す。
〈クベラ〉のゴーグルは装着者の眼を危険物や強い光から守るだけでなく、暗視・望遠・拡大鮮明化機能を備えているのだ。
その機能で捉えた人物は、篠崎治郎だった。
昨日も、その前の日も、純は治郎と会っている。
一昨日は、神社の境内で戦った。
昨日──正確には、神社で戦った時には日付が変わっていたので、同じ日の内という事になるが──は、廃工場で、“アンリミテッド”で獣化した人間と戦っていたのを、治郎が傍で見ていた。
「しょう……」
治郎の、傷付いた唇が動こうとした。
だが、純はすぐに饕餮に視線を戻し、迫り来る触手を剣で叩き落とす。
素顔でいる時にならば、笑い掛けられようと喧嘩を売られようと褥に誘われようと、純は断らない。だが、今の純は青蓮院純である以上に、装甲聖王〈クベラ〉なのだ。
装甲聖王である限りは、偽りの甘露にて魔境に入りし怪物を討伐しなければいけない。
〈クベラ〉は〈飛龍〉を呼び寄せて、饕餮に対して次なる一手を打った。
治郎の事は、もう純の頭にない。
一二人の肉体を捧げ、混ぜ合わせて誕生した百鬼曼陀羅・饕餮が、その場から移動を始めたのである。
触手のうねりは激しくなるものの、〈クベラ〉に集中されていた攻撃は若干ながら精密さを欠くようになっていた。
自分の遥か頭上を飛び越えてコンテナに突き刺さる触手を見て、純は仮面の下で怪訝そうな表情を浮かべる。
──水天のコントロールを離れたのか。
百鬼曼陀羅となる前の魔獣形態でも、彼らはオーヴァー・ロード水天──蛟の指令を受けて行動していた。
戦場を俯瞰する蛟の額で水晶体・霊石が光を発すると、“アンリミテッド”によって失われた彼らの理性は益々消え去り、蛟の思うがままに操られてしまう。
百鬼曼陀羅になってもそれは変わらない。寧ろ一二人の脳を──増減はしているだろうが──連結させた巨獣を操る事は、蛟の負担を減らしてもいただろう。
それでも、斬っても斬っても生えて来る触手に指示を出すのは、蛟にとっては難しい筈だ。その上、今の蛟は明石雅人に掛かりっきりにならなければいけない。
饕餮に指令を下しながらでは、とてもあの明石雅人には敵わない。
オーヴァー・ロードによる指令を失った饕餮は、本能のままに行動を開始する。すわ、“アンリミテッド”が呼び起こした凶暴性と、その巨大な肉体を維持する為の捕食である。
饕餮は、先端が漏斗状になっていたり、複数の口が付いていたりする触手をコンテナに突き刺した。食糧が詰められているコンテナもある筈だ。
輸送中に内部の物資を守る頑丈なコンテナである。柔らかい触手は貫き通せず弾かれてしまう。だが、硬い触手であれば何度か殴打して陥没させる事が可能だった。
〈クベラ〉は、コンテナを歪ませたサイの皮膚を持った触手に〈武蔵〉を投げ付けた。縦に回転しながら大刀が触手を両断する。
他にも、二、三の触手を、右手に持ち替えた〈島風〉で銃撃した。その直後、背後から迫っていた触手に対し、振り向きざまにジャンプしながら発砲する。
〈島風〉をホルスターに戻すと、地面に転がって、落下していた〈武蔵〉を回収し、雨のように降り注ぐ触手に斬撃を連続して浴びせ、肉塊を落としてゆく。
だが、ひと際大きく岩のようになった蟹の鋏を持つ触手を真っ向から両断しようとした時、〈武蔵〉の刀身が受け止められてしまう。
ゴーグル内部のモニターは〈村雨〉のバッテリー切れを警告していた。
「ふ──!」
しかし〈武蔵〉の強度と純の技量を以てすれば、切断は容易である。
〈クベラ〉は両手で握った〈武蔵〉を押し込んで甲殻を断ち割り、赤々とした血肉をばら撒かせる。〈村雨〉の電力供給がなくなり高周波を発生させられなくなったので、細胞の切断する目が粗くなったのだ。
白銀の装甲を返り血で染める鎧騎士から、触手が撤退する。生命保護を凌駕するオーヴァー・ロードの支配がなくなった事で、体格差を覆し得る戦力差に気付いたのだろうか。
代わりに饕餮は失った血肉の分を補充しようと、高エネルギー且つ自身よりも弱い存在を求めて触手をうねらせた。
ただ、この場に存在するのは、動かぬコンテナ内部の食糧か、そうでなければ──三人の人間しかいない。
饕餮は〈クベラ〉から距離を置きつつ、触手をコンテナの隙間に入り込ませた。
〈クベラ〉の内部モニターが生命反応をキャッチする。
手前に一つ、その向こうに二つだ。
純は先ず、手前の男性を狙った触手を迎撃すべく飛んだ。
漏斗状の先端をがっぽりと広げて、対象を呑み込もうとする触手。
〈クベラ〉の跳び蹴りがその漏斗を弾いた。
着地した純は、コンテナの隙間に挟まるようにして隠れていた人物に声を掛ける。
「早く逃げると良い──うん?」
コンテナの間、月の明かりさえ入り込まない暗闇を、〈クベラ〉のゴーグルは見通す。
〈クベラ〉のゴーグルは装着者の眼を危険物や強い光から守るだけでなく、暗視・望遠・拡大鮮明化機能を備えているのだ。
その機能で捉えた人物は、篠崎治郎だった。
昨日も、その前の日も、純は治郎と会っている。
一昨日は、神社の境内で戦った。
昨日──正確には、神社で戦った時には日付が変わっていたので、同じ日の内という事になるが──は、廃工場で、“アンリミテッド”で獣化した人間と戦っていたのを、治郎が傍で見ていた。
「しょう……」
治郎の、傷付いた唇が動こうとした。
だが、純はすぐに饕餮に視線を戻し、迫り来る触手を剣で叩き落とす。
素顔でいる時にならば、笑い掛けられようと喧嘩を売られようと褥に誘われようと、純は断らない。だが、今の純は青蓮院純である以上に、装甲聖王〈クベラ〉なのだ。
装甲聖王である限りは、偽りの甘露にて魔境に入りし怪物を討伐しなければいけない。
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