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第十三章 百鬼曼陀羅
第五節 侵 食
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男は――蛟は、桃城の右手を、左手で受け止めた。
「まぁ……スペアの一体くらい、作っておきますか」
すると蛟の掌が、桃城の拳の皮膚に癒着し始めた。
拳の先を、無数の吸盤に吸い付かれているような身の毛もよだつ感触に襲われ、桃城は後退した。
この時に、蛟の手が、手首から引き千切れて、桃城は尻餅をついた。
右手の先に張り付いた蛟の手が、スライムのように蠢いて、桃城の腕の、細胞の隙間に染み込んでしまう。
桃城は身体の内側から、身体をほじくり返される感覚に怯えた。その気のない人間が、いきなり尻の孔に異物を挿入されたら、そんな感覚なのかもしれない。
そうしていると、右腕の感覚がなくなった。
頭の中に自分の身体を思い描いた時、右腕だけがすっぽりと失われたようだったのだ。
感覚の消失は、またたく間に全身に広がった。
桃城は、頸から下が全くなくなってしまったように感じた。だが、頸だけが空中に放り出されたような感覚とは裏腹に、桃城はその場で立ち上がり、蛟に歩み寄った。
自分の意思ではなく、自分の足が動いている。
「まぁ、この町で万が一も――ないでしょうけれどねぇ」
蛟は、桃城の身体に染み入らせた左手を、既に再生してしまっている。
「でも、若しもの時はよろしくお願いしますよぉ」
蛟は桃城に顔を近付けた。その眉間に切れ込みが生じ、蒼い光が漏れる。
桃城はその眩しさに眼を瞑った。そして一瞬の後、視界が取り戻されると――
――誰だ、こいつは。
口元を、固まった血と胃液で汚した、醜い男であった。皮膚の下で肥大した血管が、おぞましさを増している。
――俺だ、こいつは。
その醜悪な顔の下に、やはり血と胃液で汚れた紫のサテンシャツがあった。昨日、その服を着ていたのを覚えているから、眼の前の不細工は俺であろうと判断出来た。
ただ、鏡で見るのとは左右が逆だ。つまりそこに立つ桃城達也は、自分以外の誰かから見た桃城達也である。
ならばやはり、これは俺ではないのだろう。そう思った瞬間、桃城達也の意識は失われた。
明石雅人が、紀田勝義の左腕を破壊し、顔面を殴打してノックアウトした。
紀田の身体がコンクリートの上に沈み、雅人は己の勝利を確信した。
本来ならば、それでも雅人は、勝利の余韻を味わうような事はしなかっただろう。
だが、蛟との戦闘による負傷も回復せぬままに臨んだ紀田との決戦でも、死に至りかねないダメージを負っている。
その戦いに幕を引く事が出来たのだ。多少の気の緩みを、誰が責められるだろうか。
雅人が戦意の糸のようなものを緩めた瞬間、その胴体に向かって飛来するものがあった。
水の弾丸だ。
大気中の水分を凝縮して放つ弾丸は、ガラス窓さえ貫通する。
雅人の如何に鍛えられた肉体とは言え、実銃に勝る威力の水弾を受ければ一溜りもなかった。
胴体を貫いた衝撃と、身体の正面に吹き出した大量の血液に蠕動する腸を見下ろして、雅人は膝から崩れ落ちた。
腰椎の付近を丸ごと吹き飛ばされたのであるから、もう立てない。
上空から聞こえたヘリの音に反応して見上げたし、キャノピーから身を乗り出した燕尾服の女の声は聞こえていたが、その内容は理解していなかった。
ヘリが飛んでゆく。
雅人はその場に倒れた。
自分の流した血溜まりの中に、どさりとその巨躯を沈めたのである。
その背後から、薄汚れた紫のサテンシャツが歩み寄った。
桃城達也の手は水で濡れており、彼が雅人の背後から水弾で狙撃したものらしかった。
全身に太く血管を浮かべた桃城に、ずりずりと、地面を這い蹲って迫るものがある。
〈クベラ〉によって切断され、宙を舞い、屋上から落下した、蛟の首であった。
髪の毛が半分だけ再生しているし、顔も半分だけ、鱗がこそげ落ちてペールオレンジになっている。右眼は瞼がないどんぐりまなこで、血を絡めた左眼は瞼が戻っている。
口の中には牙があるが、半分くらいは歯茎が剥き出し、更にその半分くらいは小さな骨片が突き出し始めている。
本当ならば胴体が繋がっている部分から、尻尾のようなものが生えていて、それを前後左右に動かして、移動しているのだ。
桃城の手が、右手で蛟の頭を持ち上げた。
左手が自分の咽喉に掛かったかと思うと、顎を押し上げて頸骨から頭蓋骨を外し、指先を肉の中に突っ込んで掻き回した。
桃城の首が、だらんと横に垂れ下がった所に、蛟の頭から生える尻尾を潜り込ませる。
桃城の首が落ち、額に蒼い水晶を埋め込んだ蛟の頭部に挿げ替えられた。
「かっ」
蛟は咳払いのような事を何度かして、血を吹きこぼし、
「ひゅっ」
「うひゅあっ」
「しゃっ」
と、息を吐いてから、言った。
「あの小僧……本当に舐めた事をしてくれた。この借りはいつか……必ず」
ホテルの屋上を見上げ、憎々しげに言う、桃城の身体を手にした、半獣半人の顔をした蛟。
「しかしその前に、この男で多少なりと鬱憤を晴らして置く事にしますか……」
腹に風穴を開けられた雅人を見下ろして、蛟は不気味な笑みを浮かべた。
「まぁ……スペアの一体くらい、作っておきますか」
すると蛟の掌が、桃城の拳の皮膚に癒着し始めた。
拳の先を、無数の吸盤に吸い付かれているような身の毛もよだつ感触に襲われ、桃城は後退した。
この時に、蛟の手が、手首から引き千切れて、桃城は尻餅をついた。
右手の先に張り付いた蛟の手が、スライムのように蠢いて、桃城の腕の、細胞の隙間に染み込んでしまう。
桃城は身体の内側から、身体をほじくり返される感覚に怯えた。その気のない人間が、いきなり尻の孔に異物を挿入されたら、そんな感覚なのかもしれない。
そうしていると、右腕の感覚がなくなった。
頭の中に自分の身体を思い描いた時、右腕だけがすっぽりと失われたようだったのだ。
感覚の消失は、またたく間に全身に広がった。
桃城は、頸から下が全くなくなってしまったように感じた。だが、頸だけが空中に放り出されたような感覚とは裏腹に、桃城はその場で立ち上がり、蛟に歩み寄った。
自分の意思ではなく、自分の足が動いている。
「まぁ、この町で万が一も――ないでしょうけれどねぇ」
蛟は、桃城の身体に染み入らせた左手を、既に再生してしまっている。
「でも、若しもの時はよろしくお願いしますよぉ」
蛟は桃城に顔を近付けた。その眉間に切れ込みが生じ、蒼い光が漏れる。
桃城はその眩しさに眼を瞑った。そして一瞬の後、視界が取り戻されると――
――誰だ、こいつは。
口元を、固まった血と胃液で汚した、醜い男であった。皮膚の下で肥大した血管が、おぞましさを増している。
――俺だ、こいつは。
その醜悪な顔の下に、やはり血と胃液で汚れた紫のサテンシャツがあった。昨日、その服を着ていたのを覚えているから、眼の前の不細工は俺であろうと判断出来た。
ただ、鏡で見るのとは左右が逆だ。つまりそこに立つ桃城達也は、自分以外の誰かから見た桃城達也である。
ならばやはり、これは俺ではないのだろう。そう思った瞬間、桃城達也の意識は失われた。
明石雅人が、紀田勝義の左腕を破壊し、顔面を殴打してノックアウトした。
紀田の身体がコンクリートの上に沈み、雅人は己の勝利を確信した。
本来ならば、それでも雅人は、勝利の余韻を味わうような事はしなかっただろう。
だが、蛟との戦闘による負傷も回復せぬままに臨んだ紀田との決戦でも、死に至りかねないダメージを負っている。
その戦いに幕を引く事が出来たのだ。多少の気の緩みを、誰が責められるだろうか。
雅人が戦意の糸のようなものを緩めた瞬間、その胴体に向かって飛来するものがあった。
水の弾丸だ。
大気中の水分を凝縮して放つ弾丸は、ガラス窓さえ貫通する。
雅人の如何に鍛えられた肉体とは言え、実銃に勝る威力の水弾を受ければ一溜りもなかった。
胴体を貫いた衝撃と、身体の正面に吹き出した大量の血液に蠕動する腸を見下ろして、雅人は膝から崩れ落ちた。
腰椎の付近を丸ごと吹き飛ばされたのであるから、もう立てない。
上空から聞こえたヘリの音に反応して見上げたし、キャノピーから身を乗り出した燕尾服の女の声は聞こえていたが、その内容は理解していなかった。
ヘリが飛んでゆく。
雅人はその場に倒れた。
自分の流した血溜まりの中に、どさりとその巨躯を沈めたのである。
その背後から、薄汚れた紫のサテンシャツが歩み寄った。
桃城達也の手は水で濡れており、彼が雅人の背後から水弾で狙撃したものらしかった。
全身に太く血管を浮かべた桃城に、ずりずりと、地面を這い蹲って迫るものがある。
〈クベラ〉によって切断され、宙を舞い、屋上から落下した、蛟の首であった。
髪の毛が半分だけ再生しているし、顔も半分だけ、鱗がこそげ落ちてペールオレンジになっている。右眼は瞼がないどんぐりまなこで、血を絡めた左眼は瞼が戻っている。
口の中には牙があるが、半分くらいは歯茎が剥き出し、更にその半分くらいは小さな骨片が突き出し始めている。
本当ならば胴体が繋がっている部分から、尻尾のようなものが生えていて、それを前後左右に動かして、移動しているのだ。
桃城の手が、右手で蛟の頭を持ち上げた。
左手が自分の咽喉に掛かったかと思うと、顎を押し上げて頸骨から頭蓋骨を外し、指先を肉の中に突っ込んで掻き回した。
桃城の首が、だらんと横に垂れ下がった所に、蛟の頭から生える尻尾を潜り込ませる。
桃城の首が落ち、額に蒼い水晶を埋め込んだ蛟の頭部に挿げ替えられた。
「かっ」
蛟は咳払いのような事を何度かして、血を吹きこぼし、
「ひゅっ」
「うひゅあっ」
「しゃっ」
と、息を吐いてから、言った。
「あの小僧……本当に舐めた事をしてくれた。この借りはいつか……必ず」
ホテルの屋上を見上げ、憎々しげに言う、桃城の身体を手にした、半獣半人の顔をした蛟。
「しかしその前に、この男で多少なりと鬱憤を晴らして置く事にしますか……」
腹に風穴を開けられた雅人を見下ろして、蛟は不気味な笑みを浮かべた。
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