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第十二章 魔蛇の旋律
第十四節 堀田姉妹
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堀田椿姫の姉――堀田百合は、三年半の間、昏睡状態にある。
原因は“アンリミテッド”の過剰摂取である。
当時、“アンリミテッド”の売買は勝義会が独占しており、出岡組に対するクーデターでのし上がった紀田勝義は、下剋上の機会を作った一因でもある池田組に対して大きなアドバンテージを得ていた。
百合が“アンリミテッド”を使うようになったのは、椿姫に原因がある。
この姉妹には両親がいない。幼い頃に死別しており、百合が高校一年生、椿姫が中学生になる頃まで、二人は親戚の家で暮らしていた。
だがこの親戚が、二人の両親に良い印象を抱いておらず、まるで使用人のように二人を扱った。
椿姫は反発したが、百合は妹の為にと従順になった。
それが椿姫には気に喰わなかった。
親戚の家には浪人生の男がいたが、この男が問題であった。
彼は受験勉強へのストレス解消に、百合を弄んだ。百合が拒もうとすれば、椿姫に手を出すと脅して、無理に関係を迫った。
親戚はそれを知っていたようだが、見て見ぬ振りをしていた。
それでも百合は、飽くまで従った。
飼い犬のようにへこへこする姉が気に喰わず、まだ幼かった椿姫は百合にさえ軽蔑の視線を投げ付けた。
百合が高校に進学出来る年になると、児童相談所への通報があり、二人はその家から離れる事になった。姉妹は養護施設に入り、暫くは平穏な生活が出来るようになった。
だが施設内でも百合は低いカーストにあり、それでいて現状に甘んじる性質を変える事が出来なかった。
年下にまで舐められた口を利かれても、にこにこ笑っている姉を椿姫は許せなかった。
椿姫は学校で荒れ、問題を起こし、そのたびに施設長と姉が謝りに来た。
この時に百合が自分を殴りでもすれば――或いは椿姫の気も晴れたのかもしれないが、姉はやはり笑って、妹の蛮行を許すだけであった。
“椿姫、お友達を作りなさい。そうすれば少しは、学校も楽しくなるわ”
百合はそんな事を言った。自分に問題があるとは思わなかったようだ。
高校で出来た、椿姫より年下にさえ見える同級生に引き合わせたりしたものの、愚鈍な姉に対する疎ましさは、日を追うごとに増していった。
百合が高校三年生、椿姫が高校受験を控えた春先、何がきっかけであったかは分からないが――恐らく魔が差したというやつだ――、椿姫は破裂した。
姉を汚い言葉でなじり、貶し、罵って、施設から出た。
悪い仲間と知り合って、夜遊びをしては補導されるのを繰り返した。
酒や煙草の味も覚えた。百合よりも椿姫は大人であった。
度重なる補導に、椿姫を担当した警察官も姉の百合を責め、その出生を貶めた。
それでも百合は笑っていた。
ごめんなさい。
私の育て方が悪かったです。
だからあの子を許してください。
そんな事を言う姉が、心底、椿姫は嫌だった。
それから暫く施設に帰らないでいる日々が続き、この間に百合は、恐らく精神的に参ってしまったのだろう。薬物に手を出した。
“アンリミテッド”だ。
それを摂取し続ける日々が続いた秋の事である。
百合は倒れた。
しかも肉体を、異形のものに変貌させて。
百合の友人であった平山という同級生からその事を聞かされた椿姫は、病院へ連れてゆかれ、すっかり変わり果てた姉の身体を見た。
切除すればするだけ、より強固なものとなる獣毛と鱗。
骨格からじわじわと変化してゆく肉体。
薬物に犯された脳を治す事も、身体を人のそれに戻す事も出来ない。その上、勝義会・池田組の両方から圧力を掛けられていた当時の警察では、“アンリミテッド”の出処が分かっているのに何の対策も取れなかった。
今の医学ではどうにもならない。
海外で手術を受けられれば或いは……という話はあったが、それも希望的観測でしかない。
そして椿姫は、トシヒロたちのグループに接触した。
彼らは学生ながら売春行為を斡旋しており――その上に別のグループはあるのだが――、かなりの金額を稼いでいるようだった。
勉強も出来ず、これと言った特技もなく、かと言って学生のアルバイトで稼げる金はたかが知れている。ならば。
確証はないが、お金さえあれば、入院を長引かせる事も、或いは海外のより進んだ治療を受ける事も出来るのではないか、と。
自分の為に人の道から外れた姉を取り戻すべく、椿姫は身体を使う事にした。
“アンリミテッド”の事を知る蛟竜や雅人は、椿姫の目的を達成するのに必要になるかもしれないのだ。
「――おたくにも、何か事情がありそうだな」
震えを抑え、潤んだ瞳で自分を見上げる椿姫から、雅人はその真摯な思いを感じ取った。
雅人がそれに応えようとした時、その視界の片隅に白い光が煌めいた。
「あの、光……?」
椿姫が怪訝そうな顔をした。
雅人がその方向を見やると、白い光のドームが埠頭に形成されていた。
「ふん、どうにも面白い事になっているみたいだな」
雅人はそう呟くと、その場から駆け出した。
「あっ――ま、待ってよ! 待ってったら!」
そう言う椿姫を置いて、雅人は急ぎ光の放たれた埠頭へと向かった。
原因は“アンリミテッド”の過剰摂取である。
当時、“アンリミテッド”の売買は勝義会が独占しており、出岡組に対するクーデターでのし上がった紀田勝義は、下剋上の機会を作った一因でもある池田組に対して大きなアドバンテージを得ていた。
百合が“アンリミテッド”を使うようになったのは、椿姫に原因がある。
この姉妹には両親がいない。幼い頃に死別しており、百合が高校一年生、椿姫が中学生になる頃まで、二人は親戚の家で暮らしていた。
だがこの親戚が、二人の両親に良い印象を抱いておらず、まるで使用人のように二人を扱った。
椿姫は反発したが、百合は妹の為にと従順になった。
それが椿姫には気に喰わなかった。
親戚の家には浪人生の男がいたが、この男が問題であった。
彼は受験勉強へのストレス解消に、百合を弄んだ。百合が拒もうとすれば、椿姫に手を出すと脅して、無理に関係を迫った。
親戚はそれを知っていたようだが、見て見ぬ振りをしていた。
それでも百合は、飽くまで従った。
飼い犬のようにへこへこする姉が気に喰わず、まだ幼かった椿姫は百合にさえ軽蔑の視線を投げ付けた。
百合が高校に進学出来る年になると、児童相談所への通報があり、二人はその家から離れる事になった。姉妹は養護施設に入り、暫くは平穏な生活が出来るようになった。
だが施設内でも百合は低いカーストにあり、それでいて現状に甘んじる性質を変える事が出来なかった。
年下にまで舐められた口を利かれても、にこにこ笑っている姉を椿姫は許せなかった。
椿姫は学校で荒れ、問題を起こし、そのたびに施設長と姉が謝りに来た。
この時に百合が自分を殴りでもすれば――或いは椿姫の気も晴れたのかもしれないが、姉はやはり笑って、妹の蛮行を許すだけであった。
“椿姫、お友達を作りなさい。そうすれば少しは、学校も楽しくなるわ”
百合はそんな事を言った。自分に問題があるとは思わなかったようだ。
高校で出来た、椿姫より年下にさえ見える同級生に引き合わせたりしたものの、愚鈍な姉に対する疎ましさは、日を追うごとに増していった。
百合が高校三年生、椿姫が高校受験を控えた春先、何がきっかけであったかは分からないが――恐らく魔が差したというやつだ――、椿姫は破裂した。
姉を汚い言葉でなじり、貶し、罵って、施設から出た。
悪い仲間と知り合って、夜遊びをしては補導されるのを繰り返した。
酒や煙草の味も覚えた。百合よりも椿姫は大人であった。
度重なる補導に、椿姫を担当した警察官も姉の百合を責め、その出生を貶めた。
それでも百合は笑っていた。
ごめんなさい。
私の育て方が悪かったです。
だからあの子を許してください。
そんな事を言う姉が、心底、椿姫は嫌だった。
それから暫く施設に帰らないでいる日々が続き、この間に百合は、恐らく精神的に参ってしまったのだろう。薬物に手を出した。
“アンリミテッド”だ。
それを摂取し続ける日々が続いた秋の事である。
百合は倒れた。
しかも肉体を、異形のものに変貌させて。
百合の友人であった平山という同級生からその事を聞かされた椿姫は、病院へ連れてゆかれ、すっかり変わり果てた姉の身体を見た。
切除すればするだけ、より強固なものとなる獣毛と鱗。
骨格からじわじわと変化してゆく肉体。
薬物に犯された脳を治す事も、身体を人のそれに戻す事も出来ない。その上、勝義会・池田組の両方から圧力を掛けられていた当時の警察では、“アンリミテッド”の出処が分かっているのに何の対策も取れなかった。
今の医学ではどうにもならない。
海外で手術を受けられれば或いは……という話はあったが、それも希望的観測でしかない。
そして椿姫は、トシヒロたちのグループに接触した。
彼らは学生ながら売春行為を斡旋しており――その上に別のグループはあるのだが――、かなりの金額を稼いでいるようだった。
勉強も出来ず、これと言った特技もなく、かと言って学生のアルバイトで稼げる金はたかが知れている。ならば。
確証はないが、お金さえあれば、入院を長引かせる事も、或いは海外のより進んだ治療を受ける事も出来るのではないか、と。
自分の為に人の道から外れた姉を取り戻すべく、椿姫は身体を使う事にした。
“アンリミテッド”の事を知る蛟竜や雅人は、椿姫の目的を達成するのに必要になるかもしれないのだ。
「――おたくにも、何か事情がありそうだな」
震えを抑え、潤んだ瞳で自分を見上げる椿姫から、雅人はその真摯な思いを感じ取った。
雅人がそれに応えようとした時、その視界の片隅に白い光が煌めいた。
「あの、光……?」
椿姫が怪訝そうな顔をした。
雅人がその方向を見やると、白い光のドームが埠頭に形成されていた。
「ふん、どうにも面白い事になっているみたいだな」
雅人はそう呟くと、その場から駆け出した。
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