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第十一章 復讐の盃
第十三節 天地の境で
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太陽を失くした空の色を、海が映している。
仄かな月の光が、波立って盛り上がった水面を浮き彫りに、海上の闇を切り裂いた。
波打ち際に、一人の男が立っている。
体形に合っていない、ちょっとだぶついたスーツを身に着けたロングヘアの男だ。
薄暗がりに、眼鏡のレンズが光っている。
蛟――である。
片手にアタッシュケースを下げており、白い砂と、濡れて土になった場所との境目を歩いていた。
陸へ向かって歩くと、土手になっており、土手の上には柵が立てられていた。柵の向こうは駐車場になっていて、東屋が一つある。
春と夏の境界にある時期、夜の海に近付く者はそうそういなかった。
しかも、今、蛟が歩いているのは、ひと気が少ない場所である。ホテルの明かりまで、空の星とそう変わらない距離があるように思えた。
その駐車場に、一台のワゴン車が滑り込んで来た。
降りたのは五人の少年少女だった。
車を運転していたのは、トシヒロである。
その車は、ショーヘイのものだ。
助手席には堀田椿姫が乗っていた。
後部座席では、ショーヘイの家から海岸に到着するまでの暇潰しとして、キョウイチとルリカが抱き合っていた。
「ねぇ、待ってよぅ」
濡れた声を出して、さっさと車から降りてしまうキョウイチと、二人に混ざっていたショーヘイを、ルリカが追う。
「まだパンツ穿いてないのにぃ」
「要らねぇだろパンツなんか」
「薬貰ったら、早速キメてみようぜ」
「おい、もたもたしてんなよ! ただでさえ遅れちまってるんだからな」
「――いた」
ルリカの捲れ上がったミニスカートの下に手を入れて遊んでいるショーヘイとキョウイチを、トシヒロが急かす。すると柵から身を乗り出した椿姫が、海岸沿いを歩く男を発見した。
「おい、急げ! 行っちまうぞ」
トシヒロが言って、少年たちは土手を駆け下り、蛟の傍まで近付いた。
蛟がそれに気付き、振り向く。
天地の境で首を傾けた青年の姿は絵画のようで、五人の少年たちはその美しさに見惚れてしまいそうになった。
「すんません、遅くなっちゃって……もう、残ってないすか?」
トシヒロが訊いた。
この日、水門市内に幾つかある不良グループに、その筋から連絡があり、池田組が壊滅した事と、それに伴って“アンリミテッド”の在庫処分としてこれを格安で提供するという情報が駆け巡った。
トシヒロたちも、そのグループの一つである。
「ありますよ。二人分だけしか残っていませんが」
蛟はアタッシュケースを広げ、アンプルの入った箱を二つ、取り出した。
蛟は“アンリミテッド”の摂取方法を、マリンタワーで若者たちに教えた時と同じように語った。
その話を、トシヒロたちはわくわくと眼を輝かせながら聞いていた。
ただ――椿姫だけは、何となく浮かない表情をしている。
「――では、何か質問はありますか?」
「……あの」
椿姫が言った。
「この薬……“アンリミテッド”。昔は勝義会って所が売ってたと思うんですけど、どうして池田組が売るようになったんですか?」
「何だよリリカ。そんな事訊いて、どうするんだ?」
椿姫は、仲間内ではリリカという名前で通っている。
「勝義会が潰れたからですよ。貴方たちは……見た所、まだ若いから、三年前の事は余り詳しくないでしょう。それでも、元々勝義会と池田組が対抗していた事は知っていますね。勝義会が潰れ、彼らが持っていた様々な利権が池田組の手に渡った。その中に“アンリミテッド”の売買に関するルートもあった、という事です」
勝義会崩壊の原因が、美野秋葉への監禁・暴行を始めとする様々な悪行が、芋づる式に表沙汰になった事であるというのは、彼らも知っている。
リリカがそれを分からない筈はない。
しかし、椿姫は仲間たちに訝られる事も承知で、質問せねばならなかった。
「さっき言っていた“アンリミテッド”の効果……えっと、アバ……」
「アヴァタール現象」
「それって人間を、変身、させるものなんですよね」
「そうです」
「人間じゃない姿に……」
「ええ」
その変身能力を得て、他の不良グループを一掃するというのが、各グループの目的であった。トシヒロたちは、それとは少し違う目的で“アンリミテッド”を欲していたが。
「でも、この三年間、そういう話は聞かなかったと思うんです。それまでも“アンリミテッド”は売られていた筈なのに。どうしてでしょうか?」
「ああ、そう言えば」
椿姫の問いを傍で聞いていて、トシヒロたちはその疑問にぶち当たった。
蛟はレンズの下で、眼を細めた。椿姫が、トシヒロたちとは違う事に気付いている。
その時だった。
「あッ!?」
キョウイチが声を上げ、海の方を指差した。
一同が眼を向けると、海から陸を目指してやって来る、人のシルエットがあった。
仄かな月の光が、波立って盛り上がった水面を浮き彫りに、海上の闇を切り裂いた。
波打ち際に、一人の男が立っている。
体形に合っていない、ちょっとだぶついたスーツを身に着けたロングヘアの男だ。
薄暗がりに、眼鏡のレンズが光っている。
蛟――である。
片手にアタッシュケースを下げており、白い砂と、濡れて土になった場所との境目を歩いていた。
陸へ向かって歩くと、土手になっており、土手の上には柵が立てられていた。柵の向こうは駐車場になっていて、東屋が一つある。
春と夏の境界にある時期、夜の海に近付く者はそうそういなかった。
しかも、今、蛟が歩いているのは、ひと気が少ない場所である。ホテルの明かりまで、空の星とそう変わらない距離があるように思えた。
その駐車場に、一台のワゴン車が滑り込んで来た。
降りたのは五人の少年少女だった。
車を運転していたのは、トシヒロである。
その車は、ショーヘイのものだ。
助手席には堀田椿姫が乗っていた。
後部座席では、ショーヘイの家から海岸に到着するまでの暇潰しとして、キョウイチとルリカが抱き合っていた。
「ねぇ、待ってよぅ」
濡れた声を出して、さっさと車から降りてしまうキョウイチと、二人に混ざっていたショーヘイを、ルリカが追う。
「まだパンツ穿いてないのにぃ」
「要らねぇだろパンツなんか」
「薬貰ったら、早速キメてみようぜ」
「おい、もたもたしてんなよ! ただでさえ遅れちまってるんだからな」
「――いた」
ルリカの捲れ上がったミニスカートの下に手を入れて遊んでいるショーヘイとキョウイチを、トシヒロが急かす。すると柵から身を乗り出した椿姫が、海岸沿いを歩く男を発見した。
「おい、急げ! 行っちまうぞ」
トシヒロが言って、少年たちは土手を駆け下り、蛟の傍まで近付いた。
蛟がそれに気付き、振り向く。
天地の境で首を傾けた青年の姿は絵画のようで、五人の少年たちはその美しさに見惚れてしまいそうになった。
「すんません、遅くなっちゃって……もう、残ってないすか?」
トシヒロが訊いた。
この日、水門市内に幾つかある不良グループに、その筋から連絡があり、池田組が壊滅した事と、それに伴って“アンリミテッド”の在庫処分としてこれを格安で提供するという情報が駆け巡った。
トシヒロたちも、そのグループの一つである。
「ありますよ。二人分だけしか残っていませんが」
蛟はアタッシュケースを広げ、アンプルの入った箱を二つ、取り出した。
蛟は“アンリミテッド”の摂取方法を、マリンタワーで若者たちに教えた時と同じように語った。
その話を、トシヒロたちはわくわくと眼を輝かせながら聞いていた。
ただ――椿姫だけは、何となく浮かない表情をしている。
「――では、何か質問はありますか?」
「……あの」
椿姫が言った。
「この薬……“アンリミテッド”。昔は勝義会って所が売ってたと思うんですけど、どうして池田組が売るようになったんですか?」
「何だよリリカ。そんな事訊いて、どうするんだ?」
椿姫は、仲間内ではリリカという名前で通っている。
「勝義会が潰れたからですよ。貴方たちは……見た所、まだ若いから、三年前の事は余り詳しくないでしょう。それでも、元々勝義会と池田組が対抗していた事は知っていますね。勝義会が潰れ、彼らが持っていた様々な利権が池田組の手に渡った。その中に“アンリミテッド”の売買に関するルートもあった、という事です」
勝義会崩壊の原因が、美野秋葉への監禁・暴行を始めとする様々な悪行が、芋づる式に表沙汰になった事であるというのは、彼らも知っている。
リリカがそれを分からない筈はない。
しかし、椿姫は仲間たちに訝られる事も承知で、質問せねばならなかった。
「さっき言っていた“アンリミテッド”の効果……えっと、アバ……」
「アヴァタール現象」
「それって人間を、変身、させるものなんですよね」
「そうです」
「人間じゃない姿に……」
「ええ」
その変身能力を得て、他の不良グループを一掃するというのが、各グループの目的であった。トシヒロたちは、それとは少し違う目的で“アンリミテッド”を欲していたが。
「でも、この三年間、そういう話は聞かなかったと思うんです。それまでも“アンリミテッド”は売られていた筈なのに。どうしてでしょうか?」
「ああ、そう言えば」
椿姫の問いを傍で聞いていて、トシヒロたちはその疑問にぶち当たった。
蛟はレンズの下で、眼を細めた。椿姫が、トシヒロたちとは違う事に気付いている。
その時だった。
「あッ!?」
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