超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第十一章 復讐の盃

第九節 可杯―天狗・ひょっとこ―

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 明石雅人。
 青蓮院純。
 紀田勝義
 蛟。

 上座から数えて時計回りに、ローテーブルを囲んでいた。
 雅人の左右に一人ずつ、純の後ろに全部で一二人の、女たちがいる。何れも“ゲリラ”で働いていた者たちだが、本来の経営者である紀田にも、その客分である蛟にも見向きもしない。

「ふざけた事をぬかしやがる……」

 紀田勝義が、醜い顔を更に醜く歪めて、雅人を睨み付けた。

「貴様ら、一体何なんだ! おい、蛟! この男は殺したんじゃなかったのか! 貴様も、そこは俺の場所だ! ここは俺のものだ! この餓鬼め、誰だか知らんがここはお前のような、男か女かも分からん小僧の来る所じゃない! お前たちもだ! どうしてこんな奴らをちやほやする! お前たちに楽な暮らしをさせてやったのは誰だ? 男に身体を触らせるだけで、毎日好きな酒を飲める生活をさせてやったのは俺だ! その恩を忘れたのか!」
 
 紀田は唾を飛ばして捲し立てた。
 額に青筋が太く浮かび上がっており、眼には血管が絡んでいる。

 流石に女たちも、醜悪なガマガエルの剣幕に怯んだ。彼が、女をもののように扱い、しかも壊してしまう事を、知らぬ者はいない。

「この男を見ていると、自分はまだマシな方だと思えるから幸せだ」

 雅人は呆れたように言った。
 蛟が苦笑する。
 純は黙って、長いグラスに差された揚げパスタの束から一本摘まみ、口に運んだ。

「てめぇ……」
「そんな奴でも、最後の酒くらいは飲ましてやるのが、仏心ってぇ奴かな」

 そう言いながら雅人は、背中からビニール袋を取り出した。
 袋の中には、タオルでくるまれた何かが入っていた。

「なぁに、それ?」

 雅人の横から、女が訊く。
 タオルを取ると、三つの陶器が姿を見せた。

「天狗? 何だかいやらしいのねぇ」
「こっちは……うふっ、見てぇこれ。チューしてるみたいで可愛いっ」
可杯べくはい――ですか」
「子供のくせに、良く知ってるじゃねぇか。さては相当な不良だな」

 天狗。
 ひょっとこ。
 おかめ。

 この三つの面を象った杯である。どれも、飲み口を逆さにして、面は上を向いている。
 これに加えて、七つの面がある独楽。三つの面の絵柄が二つずつあり、残る一面は何も描かれていない。

「何の心算だ……?」
「ゲームだよ。お前さんが殺した連中の中に、髭が灰色いのがいただろう。そいつが教えてくれたのさ」

 雅人は蛟を睨んだ。
 弥名倉橋のホームレスたちの中で、灰髭と呼ばれていた男の事である。

 雅人は空だったガラスの灰皿を取り、テーブルの中央に置いた。

「飲み比べは好きか? 嫌いだとは言わせねぇが」

 雅人は太い指で独楽の先を摘まみ、灰皿の中に回し入れた。
 ガラスの表面で甲高い音を立てて、独楽は回っている。

「独楽が止まった時、先っぽが向いていた方向にいた奴が、上になった面に描かれた杯で酒を飲むんだ」

 回転は次第に弱まり、ことりと独楽が倒れた。
 天狗の面が上を向き、先端は蛟を差している。

「私ですか……」

 雅人が天狗の鼻を掴んで、逆さにした。そこに、ワインを注いでゆく。
 鼻の部分が空洞になっており、三つの杯の中では最も多く酒が入る。

 蛟は雅人から、天狗の鼻を渡されると、葡萄酒を転がして香りを拡散し、杯を傾けた。
 白い咽喉が蛇のように動き、ワインが吸い込まれてゆく。

「――ふぅ。結構な量がありますねぇ……」

 と言うものの、蛟の顔色は変わらない。
 杯を戻そうとしたが、鼻を下にしたままでは倒れてしまう。女がペーパータオルを敷いた上に、飲み口を下にして置いた。

「酒を飲んだ奴が、今度は独楽を回すんだ」
「そして回せなかったらもう一杯、っていうルールだったかな」
「私は平気ですが、酒の種類によっては、これだけでもう回せなくなるのではありませんか」

 蛟は灰皿に手を伸ばし、独楽の先を摘まんで、回転させた。
 倒れると、先端は紀田を向いていた。面はひょっとこだ。

 雅人がひょっとこの杯を逆さにし、ワインを注いだ。
 紀田に手渡すのだが、彼が杯のふちを持った瞬間に、囁くように言った。

「気を付けろよ」

 紀田が杯を自分の方へ引き寄せる。すると、杯の底から、注がれたワインがこぼれ落ちて、紀田のズボンに赤い染みを作ってしまった。

「あッ!?」
「ひょっとこは口が開いてるんだ。だから、その部分を指で押さえて飲まなくちゃいけないんだよ。……何もたもたしてるんだ。早く飲まないとなくなっちまうぞ」

 雅人が、おちょぼ口を作って笑い、煽る。
 紀田は慌てた様子で底の孔を塞ぎ、半分くらいまで減ってしまった酒を飲み干した。

 その紀田が、今度は独楽を回した。
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