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第十一章 復讐の盃
第七節 風船の戦場
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「やってみますか」
蛟はそう言うと、左手を前に出し、右足を引いた。
摺り足で、雅人の右側に回り込んでゆこうとする。
雅人も左手を持ち上げて右構えになり、蛟を迎撃する体勢を整えた。
玲子は、二人が前に出した手の間から、見えない電流が迸っているのを感じ取った。
それは、向かい合った二人の中間地点でぶつかり、互いを弾き飛ばそうとする。
それでいて、相手を引き付けてやまない。
衝突した二つの力が絡み合い、重力を生んで、周辺のものを吸い込もうとしているようだった。
その力の発生源である二人は、弾かれまいとしながら、引き寄せられてゆく。
相手の力を躱しつつ進むので、自然と円を描くような動きになっていた。
雅人が左へ動き、蛟がそれを追って近付いてゆく。
螺旋の軌道で、中央へ向かって緩やかに接近してゆく二人。
玲子の前で、自分に背中を向けている相手が、雅人、蛟、雅人、蛟……と、ゆっくりとではあったが入れ替わって、そして立ち替わりながら遠ざかってゆく。
雅人と蛟はいつの間にか、肘をもう少しだけ伸ばせば、指先が触れ合う距離に辿り着いていた。
開いた二人の掌が、大きく膨らんだ風船を、左右から挟んでいるように見える。
この時に玲子が驚いたのは、体格で雅人に劣る蛟が、雰囲気では決して呑まれていなかったという事だ。
雅人と蛟の実力が、拮抗している。
小振りな蛟が、体格で圧倒する雅人に並ぶ――即ち、雅人以上の実力を宿しているという事が、それだけで分かるのである。
二人の歩みが、静止した。
掌から発される、弾く力、引き寄せる力が、全く等しくなり、凍て付いたのだ。
だが、消滅した訳ではない。静止している間も、そのパワーは増大している。蓄積されたパワーが行き場を失くして暴走すれば、どうなるか。
風船の例えで言えば、両側から挟み込まれているのに、更に空気を入れてしまおうというものである。
「しゅぅぅう……」
「ふひゅぉっ――」
二人の唇が、互いに息を吸い込んだ。
刹那、風船が破裂する。
雅人の左肘が、バッタがジャンプする時のように素早く跳ねて、指先が蛟の顔に走った。
雅人は左手の人差し指から薬指までの三本で、蛟の眼を狙っている。
蛟は左の手刀を固め、斜め下に払った。
中指をパイロットに、相手の眼を抉ろうとした雅人の、中指と薬指の間が、手の甲までぶっつりと立ち割られた。
しかし同時に、雅人の右の拳が鞭の速度で空気中を駆け抜けた。スローモーションで再生してみれば、ソニックブームが生まれていたかもしれない。
蛟が、右手を顔の前にやって拳をガード。
だが、雅人の正拳突きは、パンチを受けた右掌をそのまま蛟の顔に押し付けて、彼自身の手首の骨を口の中に突っ込み、前歯を何本も圧し折ってしまった。
雅人が右拳を振り抜くと、蛟はその場に膝から崩れた。
粘着質な音を立てて、口腔から離れる蛟の手。
瞬間、雅人の左足が、蛟の顎を下から跳ね上げながら、夜空に伸び上がった。
頭を後方に反らす蛟と、左脚を胴体と平行にする雅人。
雅人はそこから、振り上げた踵をギロチンのように蛟の肩口に叩き付けた。
鎖骨が真ん中から割られ、肋骨を数本もぎ取ってゆく。雅人のスニーカーが、蛟の右の乳首の位置まで喰い込んでいた。
左足を後ろまで引き、後屈立ちになって下がる雅人。
その眼の前で、肩を胸まで抉られた蛟は、顎を逸らして端座したまま、動かなくなった。
「あかっ……明石さん!」
玲子は我に返って叫んだ。
これでは、雅人が殺人犯だ!
「猿芝居はよせ、蛟竜」
雅人は冷たく言った。
「今更、前科の一つや二つ、増えたってどォって事ァねぇが、冤罪だけはごめんだぜ」
すると蛟は、頭を胸の方に持って来ると、歯のない口から血をこぼし、笑い声を上げた。
辛うじて歯茎に残った白いものが、血を攪拌して泡立てる。
そして、顎を大きく開き、口腔からあの白い肉塊をひり出させた。
肉塊は蛟の口から勢い良く飛び出して、空中で身体をくねくね動かしながら、雅人――ではなく、玲子を目掛けて飛来した。
雅人は舌打ちしながら、右に回転し、玲子の鼻先まで迫った肉塊を右の後ろ回し蹴りで弾き飛ばした。
デッキから飛び出した肉塊は、空中で爆ぜて、海上で血をばら撒きながらあっと言う間に乾燥、海の藻屑となった。
同様に、残された身体の方も黒ずんだ干物のようになってしまう。
「そんな事だろうとは思ったが」
雅人は頭を掻いてフケを落とし、玲子を振り向いた。
「明石さん、貴方は、一体……それに、あの人……」
「おたくらは、そう知らなくたって良い事さ。それじゃあ、俺はこれで」
言うなり、雅人はデッキの端まで駆けてゆき、手摺を飛び越えて落下した。
玲子が急いで手摺まで駆け寄ると、雅人は既に海に飛び込んでおり、その姿は夜の闇に紛れて、見えなくなった。
「あぁ……本当、意味分かンない……」
玲子はすっかり脱力して、潮風の吹く濡れたデッキにへたり込んでしまった。
「誰か何か説明してよぉ」
蛟はそう言うと、左手を前に出し、右足を引いた。
摺り足で、雅人の右側に回り込んでゆこうとする。
雅人も左手を持ち上げて右構えになり、蛟を迎撃する体勢を整えた。
玲子は、二人が前に出した手の間から、見えない電流が迸っているのを感じ取った。
それは、向かい合った二人の中間地点でぶつかり、互いを弾き飛ばそうとする。
それでいて、相手を引き付けてやまない。
衝突した二つの力が絡み合い、重力を生んで、周辺のものを吸い込もうとしているようだった。
その力の発生源である二人は、弾かれまいとしながら、引き寄せられてゆく。
相手の力を躱しつつ進むので、自然と円を描くような動きになっていた。
雅人が左へ動き、蛟がそれを追って近付いてゆく。
螺旋の軌道で、中央へ向かって緩やかに接近してゆく二人。
玲子の前で、自分に背中を向けている相手が、雅人、蛟、雅人、蛟……と、ゆっくりとではあったが入れ替わって、そして立ち替わりながら遠ざかってゆく。
雅人と蛟はいつの間にか、肘をもう少しだけ伸ばせば、指先が触れ合う距離に辿り着いていた。
開いた二人の掌が、大きく膨らんだ風船を、左右から挟んでいるように見える。
この時に玲子が驚いたのは、体格で雅人に劣る蛟が、雰囲気では決して呑まれていなかったという事だ。
雅人と蛟の実力が、拮抗している。
小振りな蛟が、体格で圧倒する雅人に並ぶ――即ち、雅人以上の実力を宿しているという事が、それだけで分かるのである。
二人の歩みが、静止した。
掌から発される、弾く力、引き寄せる力が、全く等しくなり、凍て付いたのだ。
だが、消滅した訳ではない。静止している間も、そのパワーは増大している。蓄積されたパワーが行き場を失くして暴走すれば、どうなるか。
風船の例えで言えば、両側から挟み込まれているのに、更に空気を入れてしまおうというものである。
「しゅぅぅう……」
「ふひゅぉっ――」
二人の唇が、互いに息を吸い込んだ。
刹那、風船が破裂する。
雅人の左肘が、バッタがジャンプする時のように素早く跳ねて、指先が蛟の顔に走った。
雅人は左手の人差し指から薬指までの三本で、蛟の眼を狙っている。
蛟は左の手刀を固め、斜め下に払った。
中指をパイロットに、相手の眼を抉ろうとした雅人の、中指と薬指の間が、手の甲までぶっつりと立ち割られた。
しかし同時に、雅人の右の拳が鞭の速度で空気中を駆け抜けた。スローモーションで再生してみれば、ソニックブームが生まれていたかもしれない。
蛟が、右手を顔の前にやって拳をガード。
だが、雅人の正拳突きは、パンチを受けた右掌をそのまま蛟の顔に押し付けて、彼自身の手首の骨を口の中に突っ込み、前歯を何本も圧し折ってしまった。
雅人が右拳を振り抜くと、蛟はその場に膝から崩れた。
粘着質な音を立てて、口腔から離れる蛟の手。
瞬間、雅人の左足が、蛟の顎を下から跳ね上げながら、夜空に伸び上がった。
頭を後方に反らす蛟と、左脚を胴体と平行にする雅人。
雅人はそこから、振り上げた踵をギロチンのように蛟の肩口に叩き付けた。
鎖骨が真ん中から割られ、肋骨を数本もぎ取ってゆく。雅人のスニーカーが、蛟の右の乳首の位置まで喰い込んでいた。
左足を後ろまで引き、後屈立ちになって下がる雅人。
その眼の前で、肩を胸まで抉られた蛟は、顎を逸らして端座したまま、動かなくなった。
「あかっ……明石さん!」
玲子は我に返って叫んだ。
これでは、雅人が殺人犯だ!
「猿芝居はよせ、蛟竜」
雅人は冷たく言った。
「今更、前科の一つや二つ、増えたってどォって事ァねぇが、冤罪だけはごめんだぜ」
すると蛟は、頭を胸の方に持って来ると、歯のない口から血をこぼし、笑い声を上げた。
辛うじて歯茎に残った白いものが、血を攪拌して泡立てる。
そして、顎を大きく開き、口腔からあの白い肉塊をひり出させた。
肉塊は蛟の口から勢い良く飛び出して、空中で身体をくねくね動かしながら、雅人――ではなく、玲子を目掛けて飛来した。
雅人は舌打ちしながら、右に回転し、玲子の鼻先まで迫った肉塊を右の後ろ回し蹴りで弾き飛ばした。
デッキから飛び出した肉塊は、空中で爆ぜて、海上で血をばら撒きながらあっと言う間に乾燥、海の藻屑となった。
同様に、残された身体の方も黒ずんだ干物のようになってしまう。
「そんな事だろうとは思ったが」
雅人は頭を掻いてフケを落とし、玲子を振り向いた。
「明石さん、貴方は、一体……それに、あの人……」
「おたくらは、そう知らなくたって良い事さ。それじゃあ、俺はこれで」
言うなり、雅人はデッキの端まで駆けてゆき、手摺を飛び越えて落下した。
玲子が急いで手摺まで駆け寄ると、雅人は既に海に飛び込んでおり、その姿は夜の闇に紛れて、見えなくなった。
「あぁ……本当、意味分かンない……」
玲子はすっかり脱力して、潮風の吹く濡れたデッキにへたり込んでしまった。
「誰か何か説明してよぉ」
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