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第十一章 復讐の盃
第五節 箱の中の老人
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「な……それ、なん、どういう……」
職業柄、死体を見た事がない訳ではない。
時として余りにも残酷な、猟奇的な事件にも、巡り合わせた事もある。
だからと言って、それを眼の前にして一瞬の動揺もしない程、慣れてしまった訳ではない。
桐箱には池田享憲の頭部が収められていた。
布を敷き詰めて優しく包まれながら、箱に押し込まれていたのである。
「――まさか!?」
玲子は、他の桐箱四つに眼を向けた。
池田享憲は寸での所で裏切られ、殺されて、ばらばらにされ、この箱に詰められたのか。
いや、そうではなかった。
桐箱の中で、池田享憲の首は生きていた。
鼻と口から、弱々しくではあるが空気をひり出している。
ひゅう、ひゅ……かふぅ。
玲子が手鏡を取り出して池田享憲の顔の前にやると、鏡面が曇った。
「い、生きてるんですか……?」
「どうやら、そのようだな」
雅人は冷静に言いながら、二つ目の桐箱を開けた。
やはり布が被せられている。玲子は、その布の下は、池田享憲の腕か足か細かくされた胴体かが詰められているものと警戒した。
布が、動いている。小さく緩く、上下していた。
雅人が布を取り払うと、二つ目の桐箱にも池田享憲の――頭部が詰め込まれていた。
「あ、あれ!?」
玲子は二つの首級を見比べたのだが、どちらも池田享憲のそれである。
細い骨格に、垂れた頬、刃物で付けた傷を開いたような眼に、年齢の割には量が残った白い髪……どちらも池田享憲であった。
雅人は、残る三つの箱からも、蓋を取り外した。
「う、嘘だッ!?」
玲子が高く叫んだ。
五つの桐箱全てに、池田享憲の頭部が収められていたのである。
どれも呼吸をしており、時折、大きめな呼気が漏れる。
中には、箱の中から抜け出したいと言う代わりに、頭をよじるものもあった。
しかし、これは……
「な、何ですか、これ! 嘘ですよこんなのは。だって……ねぇ!?」
玲子はすっかり動転しているようだった。
遺体をばらばらにして、何らかの容器に保存する猟奇犯罪者はいるだろう。
しかし、同じ顔をした人間が、同じ瞬間に複数の箱に切り取られた頭部を収納されてしまっている事例は、恐らくない。
池田享憲が五つ子であり、しかも同じ年齢の重ね方をして、その上、全く同時に生きたまま首を取られて、そして未だに生きているなどという事は――
「相変わらず良い趣味をしているな。え? 蛟竜」
雅人は言った。
玲子と違って、野生の空手家は冷静さを欠く事はなかった。
すると、首の一つがにやりと唇を吊り上げた。
それに合わせて、他の四つも眼尻を下げて、歯茎を剥く。
「流石ですねぇ」
「火天」
「貴方が来るとは思って」
「いませんでしたが、貴方」
「なら」
「ばこの状た」
「いの池田を見付けられると」
「おも」
「っ」
「ていましたよ。私とおな」
「じで貴方もそういう」
「能力――」
「ああ、鬱陶しい。どれか一つで喋れ」
雅人は立ち上がると、桐箱を乱暴に蹴り飛ばした。
デッキを滑ってゆく桐箱。その内の一つは跳ね上がって、中の首を飛び出させた。
だが、その飛び出した首は、デッキに断面を乗せて垂直になった。
他の首も桐箱から這い出して、デッキを跳ねたり、転がったり、這ったりして、一ヶ所に集結する。
「は……は、はは? な、何がどぉなって……」
玲子は意味が分からなかった。
自分が追っていたと思っていた男が、既に頭部を切断されており、同じものが五つも見付かって、呼吸をしていたばかりか喋り、それも複数の意思が連動している。そして事もあろうに、頭だけであるにも拘らず動き回り、整列した。
玲子の理解の範疇を超えた、現実とは思えない何かを見ているようであった。
ナンセンスな外国のアニメや、リアル志向から掛け離れた古いコミックである。
五つの喋る生首は、互いに寄り合うと、皮膚の表面をどろどろと溶解させ始めた。そうして一つの大きな肉塊へと変化すると、内側からもこもこと蠢いて別の形態へと作り変えられてゆく。
玲子は酷く気分が悪くなった。ターミナルで刑事たちの口から溢れ出た、あの肉塊を見たのと同じ、生理的な嫌悪感が湧き上がる。
やがて、生首であったものは、得体の知れない肉塊の状態を経て、成人男性の体形を作り上げた。
デッキに寝そべった状態から立ち上がったのは、池田享憲とは全く異なる――美しい若者であった。
ぬめるような白い肌に、ロングの黒髪。
細い眼は、池田享憲以上の冷酷さを秘めていた。
真っ赤な唇をV字に吊り上げている。
「蛟竜……」
「久し振りですねぇ、雅人」
蛟は、雅人と対峙して言った。
職業柄、死体を見た事がない訳ではない。
時として余りにも残酷な、猟奇的な事件にも、巡り合わせた事もある。
だからと言って、それを眼の前にして一瞬の動揺もしない程、慣れてしまった訳ではない。
桐箱には池田享憲の頭部が収められていた。
布を敷き詰めて優しく包まれながら、箱に押し込まれていたのである。
「――まさか!?」
玲子は、他の桐箱四つに眼を向けた。
池田享憲は寸での所で裏切られ、殺されて、ばらばらにされ、この箱に詰められたのか。
いや、そうではなかった。
桐箱の中で、池田享憲の首は生きていた。
鼻と口から、弱々しくではあるが空気をひり出している。
ひゅう、ひゅ……かふぅ。
玲子が手鏡を取り出して池田享憲の顔の前にやると、鏡面が曇った。
「い、生きてるんですか……?」
「どうやら、そのようだな」
雅人は冷静に言いながら、二つ目の桐箱を開けた。
やはり布が被せられている。玲子は、その布の下は、池田享憲の腕か足か細かくされた胴体かが詰められているものと警戒した。
布が、動いている。小さく緩く、上下していた。
雅人が布を取り払うと、二つ目の桐箱にも池田享憲の――頭部が詰め込まれていた。
「あ、あれ!?」
玲子は二つの首級を見比べたのだが、どちらも池田享憲のそれである。
細い骨格に、垂れた頬、刃物で付けた傷を開いたような眼に、年齢の割には量が残った白い髪……どちらも池田享憲であった。
雅人は、残る三つの箱からも、蓋を取り外した。
「う、嘘だッ!?」
玲子が高く叫んだ。
五つの桐箱全てに、池田享憲の頭部が収められていたのである。
どれも呼吸をしており、時折、大きめな呼気が漏れる。
中には、箱の中から抜け出したいと言う代わりに、頭をよじるものもあった。
しかし、これは……
「な、何ですか、これ! 嘘ですよこんなのは。だって……ねぇ!?」
玲子はすっかり動転しているようだった。
遺体をばらばらにして、何らかの容器に保存する猟奇犯罪者はいるだろう。
しかし、同じ顔をした人間が、同じ瞬間に複数の箱に切り取られた頭部を収納されてしまっている事例は、恐らくない。
池田享憲が五つ子であり、しかも同じ年齢の重ね方をして、その上、全く同時に生きたまま首を取られて、そして未だに生きているなどという事は――
「相変わらず良い趣味をしているな。え? 蛟竜」
雅人は言った。
玲子と違って、野生の空手家は冷静さを欠く事はなかった。
すると、首の一つがにやりと唇を吊り上げた。
それに合わせて、他の四つも眼尻を下げて、歯茎を剥く。
「流石ですねぇ」
「火天」
「貴方が来るとは思って」
「いませんでしたが、貴方」
「なら」
「ばこの状た」
「いの池田を見付けられると」
「おも」
「っ」
「ていましたよ。私とおな」
「じで貴方もそういう」
「能力――」
「ああ、鬱陶しい。どれか一つで喋れ」
雅人は立ち上がると、桐箱を乱暴に蹴り飛ばした。
デッキを滑ってゆく桐箱。その内の一つは跳ね上がって、中の首を飛び出させた。
だが、その飛び出した首は、デッキに断面を乗せて垂直になった。
他の首も桐箱から這い出して、デッキを跳ねたり、転がったり、這ったりして、一ヶ所に集結する。
「は……は、はは? な、何がどぉなって……」
玲子は意味が分からなかった。
自分が追っていたと思っていた男が、既に頭部を切断されており、同じものが五つも見付かって、呼吸をしていたばかりか喋り、それも複数の意思が連動している。そして事もあろうに、頭だけであるにも拘らず動き回り、整列した。
玲子の理解の範疇を超えた、現実とは思えない何かを見ているようであった。
ナンセンスな外国のアニメや、リアル志向から掛け離れた古いコミックである。
五つの喋る生首は、互いに寄り合うと、皮膚の表面をどろどろと溶解させ始めた。そうして一つの大きな肉塊へと変化すると、内側からもこもこと蠢いて別の形態へと作り変えられてゆく。
玲子は酷く気分が悪くなった。ターミナルで刑事たちの口から溢れ出た、あの肉塊を見たのと同じ、生理的な嫌悪感が湧き上がる。
やがて、生首であったものは、得体の知れない肉塊の状態を経て、成人男性の体形を作り上げた。
デッキに寝そべった状態から立ち上がったのは、池田享憲とは全く異なる――美しい若者であった。
ぬめるような白い肌に、ロングの黒髪。
細い眼は、池田享憲以上の冷酷さを秘めていた。
真っ赤な唇をV字に吊り上げている。
「蛟竜……」
「久し振りですねぇ、雅人」
蛟は、雅人と対峙して言った。
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