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第九章 野獣の饗宴
第十三節 燃え立つ巨人
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ペンチを持った男の頭に、大きくて分厚い掌が押し当てられた。
一本一本がソーセージのような太さの指は、男の髪の毛を引っ掴んで、そのまま持ち上げてしまう。
頭皮ごと引き剥がされる痛みから逃れる為に、男は自ら立ち上がって、力に従った。
「な、何だ、てめぇ!?」
「誰だ!?」
「何処から入った!」
「その手を放せ!」
残り四人の男たちが、眼に見えて狼狽する。
ペンチを持った男は、顔を後ろに向ける事が出来なかったが、背中から圧倒的な熱量を感じ取っている。それは、彼らの親分である紀田勝義の持つ肉の圧力と似ていた。
「や、野郎!」
ペンチを持った男は、自分の後ろに立った人間に、少しでも力を緩めさせようと蹴りを見舞った。足を踏み付け、脛に踵を叩き付ける。
相手は、揺るがない。
巨木に蹴りを入れているような不安感があった。
「楽しかったか?」
背後の肉塊が、炎のような吐息で、男の耳元に囁いた。
「女を囲んで虐めるのは、楽しかったか?」
「何を言って……」
「答えろよ」
その声は掠れていて、血の匂いがした。怪我をしているのだ。だが、それでもペンチを持った男よりも、遥かに高い戦闘力を持っている事が分かる。
「さっさと答えないなら……こうしてやるぜ」
ペンチを持った男の頸を、背後からもう一つの手が掴んだ。
大の男の頸を一周するくらいの、大きな掌である。ペンチを持った男は、そのまま頸をねじり折られるのではないかと思った。
そうはならなかった。頸を掴んだのは、飽くまで彼の頭部を固定する為だ。
「ぃ――ぎゃあああっ!」
ペンチを持った男は悲鳴を上げた。
その頭部から、みりみりみりっ……という、繊維を引き裂く音がして、髪の毛の束と共に頭皮が剥ぎ取られてしまった。
反らす事になった身体を、すぐに丸めて、その場に膝を突く男。その手から錆び付いたペンチがこぼれ落ちる。
「答えろよ」
そのペンチを、男の頭皮を剥き取った手が掴んだ。
剥き出しになった頭の肉に、錆びたペンチをあてがってやると、男は鋭利な痛みに悲鳴を上げて蹲ってしまう。
「情けない奴だな。女一人に白状させられない上、こんな事で痛がるなんて」
「何なんだ、てめぇ!」
男の一人が、床に転がった鉄パイプを拾って、打ち掛かった。
横から叩き付ける一撃が、相手の腕を強打する。
普通の喧嘩ならば、それで終わりだ。腕の骨が折れて、そうでなくとも痛みに怯えた相手は、降伏する。
だが、この時、勝義会のチンピラが相手にしていた人物は、そうはならなかった。
鉄パイプで殴り掛かった男が浮かべていた、勝ち誇った表情に、黒ずんだ汚れをこびり付かせたスニーカーが跳ね上がり、吸い込まれてゆく。
男は鼻骨を陥没させられ、前歯を根こそぎ圧し折られて、その場に仰向けになった。
からんからん、と、鉄パイプが耳障りな音を立てて、床に落ちる。
他の三人は、事ここに至って漸く、その人物との戦力差に気付けたようであった。
それぞれ、金属バットと、青竹と、壁に掛かっていた木刀を引っ掴んで、入り口の反対の壁まで後退してゆく。
「お前たちでも良いか。こいつの代わりに答えろよ」
頭皮を剥がれた男の尻を蹴り飛ばし、彼は訊いた。
裾が、何十年も前に流行したズボンのように広がっているジーンズだ。それなのに、太腿だけはワンサイズ小さなものであるかのように、張り詰めている。ウェストのよれ具合からすると、腰囲はサイズが大きいのだが、太腿の径があり過ぎるので、丁度良いズボンがオーダーメイド以外ではあつらえられないのだ。
素肌に、直に黒い革ジャンを着ていた。ゴムタイヤのように、大胸筋が膨らんでいる。腹はほんのり突き出しているが、これも腹筋のお陰だ。その表面を、薄い膜のように脂肪が包み込んでいた。胴体が括れているように見えるのは、前述の太腿の所為である。
胸に、抉られたような痕があり、その周辺を赤黒い滓のようなものが覆っていた。それが、男の全身から溢れ出す熱気によって溶融して、生命の香りをくゆらせているのだ。
「楽しかったか? 寄ってたかって、女を虐めるのは?」
牙を剥いて、威嚇する。
赤い髪が逆立って、燃えているように見えた。
その熱い声に、自ら狂う事さえ一度は望んだ杏子が、我に返った。
杏子は上目遣いに、自分の横に立つ巨人を見た。
「――明石……さん」
一本一本がソーセージのような太さの指は、男の髪の毛を引っ掴んで、そのまま持ち上げてしまう。
頭皮ごと引き剥がされる痛みから逃れる為に、男は自ら立ち上がって、力に従った。
「な、何だ、てめぇ!?」
「誰だ!?」
「何処から入った!」
「その手を放せ!」
残り四人の男たちが、眼に見えて狼狽する。
ペンチを持った男は、顔を後ろに向ける事が出来なかったが、背中から圧倒的な熱量を感じ取っている。それは、彼らの親分である紀田勝義の持つ肉の圧力と似ていた。
「や、野郎!」
ペンチを持った男は、自分の後ろに立った人間に、少しでも力を緩めさせようと蹴りを見舞った。足を踏み付け、脛に踵を叩き付ける。
相手は、揺るがない。
巨木に蹴りを入れているような不安感があった。
「楽しかったか?」
背後の肉塊が、炎のような吐息で、男の耳元に囁いた。
「女を囲んで虐めるのは、楽しかったか?」
「何を言って……」
「答えろよ」
その声は掠れていて、血の匂いがした。怪我をしているのだ。だが、それでもペンチを持った男よりも、遥かに高い戦闘力を持っている事が分かる。
「さっさと答えないなら……こうしてやるぜ」
ペンチを持った男の頸を、背後からもう一つの手が掴んだ。
大の男の頸を一周するくらいの、大きな掌である。ペンチを持った男は、そのまま頸をねじり折られるのではないかと思った。
そうはならなかった。頸を掴んだのは、飽くまで彼の頭部を固定する為だ。
「ぃ――ぎゃあああっ!」
ペンチを持った男は悲鳴を上げた。
その頭部から、みりみりみりっ……という、繊維を引き裂く音がして、髪の毛の束と共に頭皮が剥ぎ取られてしまった。
反らす事になった身体を、すぐに丸めて、その場に膝を突く男。その手から錆び付いたペンチがこぼれ落ちる。
「答えろよ」
そのペンチを、男の頭皮を剥き取った手が掴んだ。
剥き出しになった頭の肉に、錆びたペンチをあてがってやると、男は鋭利な痛みに悲鳴を上げて蹲ってしまう。
「情けない奴だな。女一人に白状させられない上、こんな事で痛がるなんて」
「何なんだ、てめぇ!」
男の一人が、床に転がった鉄パイプを拾って、打ち掛かった。
横から叩き付ける一撃が、相手の腕を強打する。
普通の喧嘩ならば、それで終わりだ。腕の骨が折れて、そうでなくとも痛みに怯えた相手は、降伏する。
だが、この時、勝義会のチンピラが相手にしていた人物は、そうはならなかった。
鉄パイプで殴り掛かった男が浮かべていた、勝ち誇った表情に、黒ずんだ汚れをこびり付かせたスニーカーが跳ね上がり、吸い込まれてゆく。
男は鼻骨を陥没させられ、前歯を根こそぎ圧し折られて、その場に仰向けになった。
からんからん、と、鉄パイプが耳障りな音を立てて、床に落ちる。
他の三人は、事ここに至って漸く、その人物との戦力差に気付けたようであった。
それぞれ、金属バットと、青竹と、壁に掛かっていた木刀を引っ掴んで、入り口の反対の壁まで後退してゆく。
「お前たちでも良いか。こいつの代わりに答えろよ」
頭皮を剥がれた男の尻を蹴り飛ばし、彼は訊いた。
裾が、何十年も前に流行したズボンのように広がっているジーンズだ。それなのに、太腿だけはワンサイズ小さなものであるかのように、張り詰めている。ウェストのよれ具合からすると、腰囲はサイズが大きいのだが、太腿の径があり過ぎるので、丁度良いズボンがオーダーメイド以外ではあつらえられないのだ。
素肌に、直に黒い革ジャンを着ていた。ゴムタイヤのように、大胸筋が膨らんでいる。腹はほんのり突き出しているが、これも腹筋のお陰だ。その表面を、薄い膜のように脂肪が包み込んでいた。胴体が括れているように見えるのは、前述の太腿の所為である。
胸に、抉られたような痕があり、その周辺を赤黒い滓のようなものが覆っていた。それが、男の全身から溢れ出す熱気によって溶融して、生命の香りをくゆらせているのだ。
「楽しかったか? 寄ってたかって、女を虐めるのは?」
牙を剥いて、威嚇する。
赤い髪が逆立って、燃えているように見えた。
その熱い声に、自ら狂う事さえ一度は望んだ杏子が、我に返った。
杏子は上目遣いに、自分の横に立つ巨人を見た。
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