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第九章 野獣の饗宴
第六節 佛眼少年
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純を乗せた軽自動車は、祥の運転で繁華街に向かった。
妙に静まり返っている。
車の中で、祥は後部座席の純に言う。
「先程、弥名倉橋の河川敷で殺人事件が発生しました。被害者は、付近に住む浮浪者数名」
「ホームレスか。それだと、警察は動いてくれないかもしれないね」
純は流れゆく景色を、あの仏の眼で眺めながら、無感動に返答した。
「精々、死体の処理くらいの事でしょう。しかしその死体の処理が問題なのです」
「問題?」
「はい。警察は一般の携帯電話からの通報で駆け付けたようなのですが、現場には大量の血液と、複数の人間の身体の一部が残っていたようです」
祥は事件のあらましを説明した。
それぞれ別の人間の腕や脚、頭のない胴体、内臓のない死体が、血の海に沈んでいたのだという。
「酷い事をする」
純はそう言うのだが、その言葉からはいまいち感情を読み取れない。
人が聞けば、何と冷酷な少年だと思う事だろう。けれどその一方で、青蓮院純であれば、そんな残酷な事件に対しても、冷静に対処する事が正解であるような気になってしまう。
仏という字は、元々は“佛”と書いた。“人ではない無いもの”であるという意味だ。
超越者は、人々とは異なる倫理観の持ち主なのである。
さておき、祥は話を続けた。
「それが、どうもその遺体というのが、普通の手段でばらばらにされたものではなさそうなのです」
「普通の手段って言うと、鉈で手足を切り落としたとか、斧で頸を断ち切ったとか、包丁でお腹を掻っ捌いたとか――ではないという事ですか」
「ええ。近いのは……爆薬との事です」
「爆薬?」
「切断された部分に、爆発物を埋め込んで起爆させた。そういう切断面だったそうです。しかし鑑識の調べによると、火薬の類は発見されなかった。不可思議な力によって、そうした現象が引き起こされたのではないか? そうした話になっているようです」
“不可思議な力”――と、祥は強調した。
純は、それまで床に垂らしていた右脚を持ち上げて、左の太腿に乗せた。右の足首に左腕をやり、右肘を右膝の上に置いて、頬杖を突く形になる。
この時、傾けられた顔に添えられていた右手は、中指と薬指を折り曲げていた。人差し指と小指が、緩く立てられている。
純の蒼い瞳が、暗い室内でぼんやりと燐光を纏ったのを、祥はルームミラーの中で見たような気がした。
「オーヴァー・ロード……」
ぽつりと、純が言った。
「彼らの仕業だって言うんですか?」
「確信がある訳ではありませんが、可能性はあるかと思われます。人を獣に変える麻薬“アンリミテッド”に、アムリタが使われているのは既に確認されています。ならば当然、その背後には彼らが――」
「アヴァイヴァルティカ……」
「そして、その後ろには……」
「――祥さん、家に向かって下さい」
純は言った。
「若し、それがオーヴァー・ロードの仕業なのだとすると、僕はそれなりの準備をしなければならないでしょう」
「……お使いになるのですか? “曼陀羅”を」
「でなきゃ、造った意味も、普段の鍛錬も意味がないよ」
「しかし“曼陀羅”はまだ実戦訓練を済ませていません。純さまの身体に掛かる負担を軽減する事も」
「気にする事はないよ、祥さん。多少の制限があった方が、全力を出せるものさ」
「はぁ……」
祥はハンドルを切った。
繁華街の途中で裏道に入り、人通りの少ない狭い道を進んで、道路が再び開けたかと思うと、そこは何の変哲もない住宅街であった。
“こんぴら”がある辺りと比べると、ちょっとだけ高級そうな家が並んでいる。
祥の車が停まったのは、その中でも小ぢんまりとした二階建ての家の前だ。
ガレージにバックで車を入れて、正面のシャッターを下ろす。すると、下が転車台になっており、車の向きを変えながら、地面に沈み始めるのだった。
妙に静まり返っている。
車の中で、祥は後部座席の純に言う。
「先程、弥名倉橋の河川敷で殺人事件が発生しました。被害者は、付近に住む浮浪者数名」
「ホームレスか。それだと、警察は動いてくれないかもしれないね」
純は流れゆく景色を、あの仏の眼で眺めながら、無感動に返答した。
「精々、死体の処理くらいの事でしょう。しかしその死体の処理が問題なのです」
「問題?」
「はい。警察は一般の携帯電話からの通報で駆け付けたようなのですが、現場には大量の血液と、複数の人間の身体の一部が残っていたようです」
祥は事件のあらましを説明した。
それぞれ別の人間の腕や脚、頭のない胴体、内臓のない死体が、血の海に沈んでいたのだという。
「酷い事をする」
純はそう言うのだが、その言葉からはいまいち感情を読み取れない。
人が聞けば、何と冷酷な少年だと思う事だろう。けれどその一方で、青蓮院純であれば、そんな残酷な事件に対しても、冷静に対処する事が正解であるような気になってしまう。
仏という字は、元々は“佛”と書いた。“人ではない無いもの”であるという意味だ。
超越者は、人々とは異なる倫理観の持ち主なのである。
さておき、祥は話を続けた。
「それが、どうもその遺体というのが、普通の手段でばらばらにされたものではなさそうなのです」
「普通の手段って言うと、鉈で手足を切り落としたとか、斧で頸を断ち切ったとか、包丁でお腹を掻っ捌いたとか――ではないという事ですか」
「ええ。近いのは……爆薬との事です」
「爆薬?」
「切断された部分に、爆発物を埋め込んで起爆させた。そういう切断面だったそうです。しかし鑑識の調べによると、火薬の類は発見されなかった。不可思議な力によって、そうした現象が引き起こされたのではないか? そうした話になっているようです」
“不可思議な力”――と、祥は強調した。
純は、それまで床に垂らしていた右脚を持ち上げて、左の太腿に乗せた。右の足首に左腕をやり、右肘を右膝の上に置いて、頬杖を突く形になる。
この時、傾けられた顔に添えられていた右手は、中指と薬指を折り曲げていた。人差し指と小指が、緩く立てられている。
純の蒼い瞳が、暗い室内でぼんやりと燐光を纏ったのを、祥はルームミラーの中で見たような気がした。
「オーヴァー・ロード……」
ぽつりと、純が言った。
「彼らの仕業だって言うんですか?」
「確信がある訳ではありませんが、可能性はあるかと思われます。人を獣に変える麻薬“アンリミテッド”に、アムリタが使われているのは既に確認されています。ならば当然、その背後には彼らが――」
「アヴァイヴァルティカ……」
「そして、その後ろには……」
「――祥さん、家に向かって下さい」
純は言った。
「若し、それがオーヴァー・ロードの仕業なのだとすると、僕はそれなりの準備をしなければならないでしょう」
「……お使いになるのですか? “曼陀羅”を」
「でなきゃ、造った意味も、普段の鍛錬も意味がないよ」
「しかし“曼陀羅”はまだ実戦訓練を済ませていません。純さまの身体に掛かる負担を軽減する事も」
「気にする事はないよ、祥さん。多少の制限があった方が、全力を出せるものさ」
「はぁ……」
祥はハンドルを切った。
繁華街の途中で裏道に入り、人通りの少ない狭い道を進んで、道路が再び開けたかと思うと、そこは何の変哲もない住宅街であった。
“こんぴら”がある辺りと比べると、ちょっとだけ高級そうな家が並んでいる。
祥の車が停まったのは、その中でも小ぢんまりとした二階建ての家の前だ。
ガレージにバックで車を入れて、正面のシャッターを下ろす。すると、下が転車台になっており、車の向きを変えながら、地面に沈み始めるのだった。
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