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第九章 野獣の饗宴
第四節 正義の萌芽
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純は、祥に呼ばれて店から出た。
店の前には祥が運転するらしい青い軽自動車が停められており、純はその後ろに乗り込んだ。
それを見送り、店内に戻りざま、玲子が言った。
「綺麗な人でしたねぇ。里美さん、ライバル出現ですよ! ……なんちゃって」
「ライバル? やぁね、違うわよ、あの人は。祥さんは、純くんの、お家の……見ての通り執事さんよ」
とは言うが、何となく里美の歯切れは悪かった。しかしそれは、玲子の発言を意識してのものではない。
「執事! へぇ、青蓮院くんって、やっぱりお坊ちゃまなんですか? そう言えば、何処に住んでるのかとか、聞いた事ないけど……若しかして、何処ぞの御曹司だったりします? 里美さん、勝ち組だなぁ」
「うぅん……」
里美は巧く説明する言葉を見付けられず、結局は玲子の勝手な思い込みにさせるままにした。そうして、話題をすり替える。
「それより、篠崎くんの事だけど」
途端に、玲子の顔が曇り始めた。
篠崎治郎の事だ。
玲子の幼馴染みであり、純の同級生である、空手部に所属する少年だ。
里美はその場にいた訳ではないが、聞いた話では、治郎は稽古中に学部の長田という男子学生に暴行を働き、これを止めようとした他の部員にまで危害を加えて、学校から失踪したという。
それが、空手部が活動停止になっている理由である。
その場を収めたのが純であり、純を呼んだのが玲子であるという事だ。
「お家にも帰っていないの? 彼……」
「いえ、一度、帰った痕跡はあるんです。でも、昨日今日と丸二日……」
「心配ね……」
里美も、治郎がそのような凶行に走った経緯は、玲子から聞いていた。とは言え、それは里美にも玲子にも、納得し得るものではなかった。
池田組のチンピラ三人に囲まれ、ノックアウトされた。
その直前に、空手の大会の祝勝会で長田に飲まされた酒が、原因だった。
だから長田に暴力を振るった。
そして姿を消した理由は、
「治郎くんならきっと、あいつらにやり返そうとすると思います」
「だから、いなくなったって事? まさか」
「いえ、昔……小学生の頃ですけど、治郎くん、自分を虐めた相手を待ち伏せして、一人でボッコボコにしちゃった事があるんです。多分、それと同じ事を……」
理論立てられていると言えばそうだが、それを実行しようとするとなると、多くの人は何処かで理性のストップを掛ける。
「昨日は警察にも行ったんですよ。でも、相手にもされなくて……」
水門市の警察は、池田組と勝義会の冷戦状態を崩すのを恐れて、彼らの関わる事件に対して及び腰になっている。
だから、仮に治郎が、玲子の想像通り池田組に乗り込んで、あの三人に復讐をしようとして、その結果返り討ちに遭ってしまったとしても、それは表沙汰にならないであろう。
「やっぱり、今のままじゃ駄目ですよね」
「え?」
「警察ですよ! 池田組でも勝義会でも、のさばらせてるのは結局、警察が動いてくれないからじゃないですか。だから、私、決めたんです。私、あいつらをぶっ潰す為に警察に入ります。それで、絶対、今の状況を変えてやるんです」
鼻息荒く、玲子は語った。
その脳裏に浮かんでいるのは、あの男の事である。
地に伏した治郎と、怯えるばかりだった玲子の前に立ちはだかり、相手のバックボーンを理解しつつも欠片の恐怖も見せる事なく、寧ろ不敵な笑みと共に挑発した赤毛の巨漢。
彼が見せた正義感こそ、本来ならば警察官に備わっているべきものであると、玲子は思った。
特に、昨日の放課後、自分をあしらった警官の態度を思い出すと、益々あの明石という男の方が、法を守り、人を守るに値する人間に相応しいよう見えるのだ。
「そう……立派ね、玲子ちゃん」
里美も亦、水門市の現状を憂う一人である。
勝義会が売りさばいている麻薬“アンリミテッド”の為に、親友の堀田百合が昏睡状態にあるからだ。お陰で、百合の妹の椿姫も不良グループと付き合うようになってしまった。
「応援するわ。私には、それしか出来ないから……」
里美は、自分より遥かに精神的な逞しさを持つ玲子を、年下ながら憧憬を込めた眼で見つめた。
店の前には祥が運転するらしい青い軽自動車が停められており、純はその後ろに乗り込んだ。
それを見送り、店内に戻りざま、玲子が言った。
「綺麗な人でしたねぇ。里美さん、ライバル出現ですよ! ……なんちゃって」
「ライバル? やぁね、違うわよ、あの人は。祥さんは、純くんの、お家の……見ての通り執事さんよ」
とは言うが、何となく里美の歯切れは悪かった。しかしそれは、玲子の発言を意識してのものではない。
「執事! へぇ、青蓮院くんって、やっぱりお坊ちゃまなんですか? そう言えば、何処に住んでるのかとか、聞いた事ないけど……若しかして、何処ぞの御曹司だったりします? 里美さん、勝ち組だなぁ」
「うぅん……」
里美は巧く説明する言葉を見付けられず、結局は玲子の勝手な思い込みにさせるままにした。そうして、話題をすり替える。
「それより、篠崎くんの事だけど」
途端に、玲子の顔が曇り始めた。
篠崎治郎の事だ。
玲子の幼馴染みであり、純の同級生である、空手部に所属する少年だ。
里美はその場にいた訳ではないが、聞いた話では、治郎は稽古中に学部の長田という男子学生に暴行を働き、これを止めようとした他の部員にまで危害を加えて、学校から失踪したという。
それが、空手部が活動停止になっている理由である。
その場を収めたのが純であり、純を呼んだのが玲子であるという事だ。
「お家にも帰っていないの? 彼……」
「いえ、一度、帰った痕跡はあるんです。でも、昨日今日と丸二日……」
「心配ね……」
里美も、治郎がそのような凶行に走った経緯は、玲子から聞いていた。とは言え、それは里美にも玲子にも、納得し得るものではなかった。
池田組のチンピラ三人に囲まれ、ノックアウトされた。
その直前に、空手の大会の祝勝会で長田に飲まされた酒が、原因だった。
だから長田に暴力を振るった。
そして姿を消した理由は、
「治郎くんならきっと、あいつらにやり返そうとすると思います」
「だから、いなくなったって事? まさか」
「いえ、昔……小学生の頃ですけど、治郎くん、自分を虐めた相手を待ち伏せして、一人でボッコボコにしちゃった事があるんです。多分、それと同じ事を……」
理論立てられていると言えばそうだが、それを実行しようとするとなると、多くの人は何処かで理性のストップを掛ける。
「昨日は警察にも行ったんですよ。でも、相手にもされなくて……」
水門市の警察は、池田組と勝義会の冷戦状態を崩すのを恐れて、彼らの関わる事件に対して及び腰になっている。
だから、仮に治郎が、玲子の想像通り池田組に乗り込んで、あの三人に復讐をしようとして、その結果返り討ちに遭ってしまったとしても、それは表沙汰にならないであろう。
「やっぱり、今のままじゃ駄目ですよね」
「え?」
「警察ですよ! 池田組でも勝義会でも、のさばらせてるのは結局、警察が動いてくれないからじゃないですか。だから、私、決めたんです。私、あいつらをぶっ潰す為に警察に入ります。それで、絶対、今の状況を変えてやるんです」
鼻息荒く、玲子は語った。
その脳裏に浮かんでいるのは、あの男の事である。
地に伏した治郎と、怯えるばかりだった玲子の前に立ちはだかり、相手のバックボーンを理解しつつも欠片の恐怖も見せる事なく、寧ろ不敵な笑みと共に挑発した赤毛の巨漢。
彼が見せた正義感こそ、本来ならば警察官に備わっているべきものであると、玲子は思った。
特に、昨日の放課後、自分をあしらった警官の態度を思い出すと、益々あの明石という男の方が、法を守り、人を守るに値する人間に相応しいよう見えるのだ。
「そう……立派ね、玲子ちゃん」
里美も亦、水門市の現状を憂う一人である。
勝義会が売りさばいている麻薬“アンリミテッド”の為に、親友の堀田百合が昏睡状態にあるからだ。お陰で、百合の妹の椿姫も不良グループと付き合うようになってしまった。
「応援するわ。私には、それしか出来ないから……」
里美は、自分より遥かに精神的な逞しさを持つ玲子を、年下ながら憧憬を込めた眼で見つめた。
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