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第八章 青春の終わりと始まり
第七節 悪への憧れ
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荒巻健吾は、高校を卒業してすぐに工場に就職した父と、職場で知り合って結婚した母との間に生まれた。
父は、自分には人に誇れるような学歴がないと、コンプレックスを抱いていた。
初めは、息子には自分と同じで勉学の才能がないと思っていたのだが、小学校に入って健吾が優秀な部類の人間であると知ると、教育に熱心になった。
家庭教師を何人も雇ったり、良い塾に通わせたりして、勉強で成功して欲しいと願うようになった。
学歴で言うと、母親も大したものではなかったらしい。夫のやり方は少々度が過ぎているのではないかと思ったものの、特に大きな反抗はしなかった。
何より、健吾自身、その生活が苦しいとは思わなかった。
勉強は嫌いではなかった。特に、家庭教師や塾の先生からは、学校で習っているよりも先の内容を学ぶ事が出来たので、クラスでは秀才扱いを受ける事が出来た。
身体能力も高く、勉強でも運動でもトップであった。
しかし、いつ頃からか、その知識を吸収する力の成長が頭打ちになり、秀才は凡才へとなり下がってしまう。
中学に上がると成績ががくんと落ちて、テストで赤点を取り、居残りをさせられる事もあった。
父親は落胆するよりも、健吾を叱った。
まだ、健吾に才能があると信じ込んでいたらしい。
健吾は母親に助けを求めたが、母も父の言う事には逆らわず、健吾が訳もなく怠けるようになったと思っていた。
もっと頑張れ、もっと努力しろ、お前には才能がある、有名な高校に入って、東京の大学へゆき、大企業で成功して金持ちになれる――
両親から押し付けられる期待に、健吾はストレスで発狂してしまいそうになっていた。
だが、両親を嫌いになる事が出来ない性格であった為、反抗する事が出来ず、ストレスを内側に抱え込んでしまっていた。
そんな頃に、クラスメイトだったユウジに誘われたのだ。
ユウジとは小学生の頃からの知り合いであった。
家に、遊びに行った事もある。何人かの同級生と、一緒にゲームをした。
だが健吾は、親が心配するからという理由で、他のクラスメイトたちよりも早く家に帰らなければいけなかった。
何処となく、他の子たちとの間に距離を感じていた。
そのユウジが、健吾に優しい言葉を掛けて、悪い道に引き込もうとしたのである。
“煙草は吸った事があるか?”
“酒を飲んでみろ。旨いぞ”
“見ろ、このピアス。格好良いだろう”
髪を金色に染め、学ランを改造し、何人もの女の子たちと関係を持ち、年上の先輩と対等に付き合っているユウジが、健吾にとっては堪らなく自由で、格好良い男に見えた。
健吾は、ユウジのファッションや言動を真似したかったが、親はそれを嫌がるであろうと考えてなかなか踏み出せなかった。
そんな頃に、彼に誘われ、早朝に家を出て、ホームレス狩りをやってみないかと言われたのだ。
霧にけぶる町を歩き、待ち合わせ場所へゆくと、そこにはケイトもいた。
ケイトは、クラスでも煙たがられていた。
美人だ。
しかし真面目ではない。
援助交際をやっている。
頼めばやらせてくれる。
学校にずっといられるのは、先生たちと寝ているからだ。
PTA会長は、彼女とSEXをしている。
そういう噂があった。
だが、真面目一辺倒で生きて来た健吾には、自由奔放なケイトに対する憧れがあった。
彼女がフクさんとキスを……しかも、舌を入れて唾を交換するような口づけをしているのを見て、健吾は寧ろ興奮した。
自分の……と、言うよりは、両親から教えられた社会通念とは、真逆にあるものだ。
ユウジと付き合うようになってから、その両親に対して抱いていた懐疑的な念が、ケイトの淫らな声を聞いて確信に変わった。
それでも、土壇場に至るまでは、ホームレス狩りという行為への躊躇いがあった。
人を、激しく傷付ける事。
下手をすれば、“先輩”たちは殺す事まで視野に入れているかもしれない。
人を殺す――
未成年の分際で酒を飲んだり煙草を吸ったり、既婚者と寝たりするのとは、異なる次元の話である。
健吾は、自分が信じるユウジを信じて、自身に暗示を掛け、漸く手渡された角材を使う事が出来た。
そして一度、人の頭を殴ろうと決意すると、これが射精する程、気持ち良い。
全身の血液が一瞬で凍て付き、次の瞬間、暴力的な衝動によって沸騰する感覚。
それを邪魔されると、怒りのようなものが激しく湧き出して、堪え切れなくなった。
その感覚に身を委ねてしまっていたらと思うと、ぞっとする。
罪を犯した事実は消えないが――それでも、自分の精神が向こう側へゆく事は、なかった、と思う。
父は、自分には人に誇れるような学歴がないと、コンプレックスを抱いていた。
初めは、息子には自分と同じで勉学の才能がないと思っていたのだが、小学校に入って健吾が優秀な部類の人間であると知ると、教育に熱心になった。
家庭教師を何人も雇ったり、良い塾に通わせたりして、勉強で成功して欲しいと願うようになった。
学歴で言うと、母親も大したものではなかったらしい。夫のやり方は少々度が過ぎているのではないかと思ったものの、特に大きな反抗はしなかった。
何より、健吾自身、その生活が苦しいとは思わなかった。
勉強は嫌いではなかった。特に、家庭教師や塾の先生からは、学校で習っているよりも先の内容を学ぶ事が出来たので、クラスでは秀才扱いを受ける事が出来た。
身体能力も高く、勉強でも運動でもトップであった。
しかし、いつ頃からか、その知識を吸収する力の成長が頭打ちになり、秀才は凡才へとなり下がってしまう。
中学に上がると成績ががくんと落ちて、テストで赤点を取り、居残りをさせられる事もあった。
父親は落胆するよりも、健吾を叱った。
まだ、健吾に才能があると信じ込んでいたらしい。
健吾は母親に助けを求めたが、母も父の言う事には逆らわず、健吾が訳もなく怠けるようになったと思っていた。
もっと頑張れ、もっと努力しろ、お前には才能がある、有名な高校に入って、東京の大学へゆき、大企業で成功して金持ちになれる――
両親から押し付けられる期待に、健吾はストレスで発狂してしまいそうになっていた。
だが、両親を嫌いになる事が出来ない性格であった為、反抗する事が出来ず、ストレスを内側に抱え込んでしまっていた。
そんな頃に、クラスメイトだったユウジに誘われたのだ。
ユウジとは小学生の頃からの知り合いであった。
家に、遊びに行った事もある。何人かの同級生と、一緒にゲームをした。
だが健吾は、親が心配するからという理由で、他のクラスメイトたちよりも早く家に帰らなければいけなかった。
何処となく、他の子たちとの間に距離を感じていた。
そのユウジが、健吾に優しい言葉を掛けて、悪い道に引き込もうとしたのである。
“煙草は吸った事があるか?”
“酒を飲んでみろ。旨いぞ”
“見ろ、このピアス。格好良いだろう”
髪を金色に染め、学ランを改造し、何人もの女の子たちと関係を持ち、年上の先輩と対等に付き合っているユウジが、健吾にとっては堪らなく自由で、格好良い男に見えた。
健吾は、ユウジのファッションや言動を真似したかったが、親はそれを嫌がるであろうと考えてなかなか踏み出せなかった。
そんな頃に、彼に誘われ、早朝に家を出て、ホームレス狩りをやってみないかと言われたのだ。
霧にけぶる町を歩き、待ち合わせ場所へゆくと、そこにはケイトもいた。
ケイトは、クラスでも煙たがられていた。
美人だ。
しかし真面目ではない。
援助交際をやっている。
頼めばやらせてくれる。
学校にずっといられるのは、先生たちと寝ているからだ。
PTA会長は、彼女とSEXをしている。
そういう噂があった。
だが、真面目一辺倒で生きて来た健吾には、自由奔放なケイトに対する憧れがあった。
彼女がフクさんとキスを……しかも、舌を入れて唾を交換するような口づけをしているのを見て、健吾は寧ろ興奮した。
自分の……と、言うよりは、両親から教えられた社会通念とは、真逆にあるものだ。
ユウジと付き合うようになってから、その両親に対して抱いていた懐疑的な念が、ケイトの淫らな声を聞いて確信に変わった。
それでも、土壇場に至るまでは、ホームレス狩りという行為への躊躇いがあった。
人を、激しく傷付ける事。
下手をすれば、“先輩”たちは殺す事まで視野に入れているかもしれない。
人を殺す――
未成年の分際で酒を飲んだり煙草を吸ったり、既婚者と寝たりするのとは、異なる次元の話である。
健吾は、自分が信じるユウジを信じて、自身に暗示を掛け、漸く手渡された角材を使う事が出来た。
そして一度、人の頭を殴ろうと決意すると、これが射精する程、気持ち良い。
全身の血液が一瞬で凍て付き、次の瞬間、暴力的な衝動によって沸騰する感覚。
それを邪魔されると、怒りのようなものが激しく湧き出して、堪え切れなくなった。
その感覚に身を委ねてしまっていたらと思うと、ぞっとする。
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