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第八章 青春の終わりと始まり
第三節 ブロッケン
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初めは、ブロッケン現象かと思った。
霧に反射した自分の姿が、その大きなシルエットを作り出しているのかと。
しかし、そうではなかった。地面に蹲った灰髭を挟んで、角材を振り上げたケンと向き合っていたのは、実体を持った一人の男である。
男は、恐らくケンに制止を呼び掛けたのであろう。
ケンには、やはりまだ、ホームレス狩りへの躊躇があったのだ。そうでなければ、男の警告など構わず、角材で灰髭を打ち据えていた筈だ。
男は、分厚い掌でケンを押し飛ばした。
ケンは、ゴムボールのようなもので強く押された気になって、地面に尻餅を付く。
「何だァ、てめぇ」
「お前もこいつらのお仲間か?」
先輩とフクさんが、その背の高い男の前に立った。
男は、身長で言うと一八〇を優に超えていた。
革のジャンパーを着ているが、少し力を込めれば、その生地が破裂してしまいそうだ。だが、先輩や、大柄なフクさんでも、その男の服を着るとなると、コートのような大きさになってしまう。
前を開いたジャンパーから、重機のタイヤのように張り詰めた大胸筋が、シャツを押し上げていた。
「似たようなもんだ」
「それじゃあやっぱり、社会のゴミって訳だ。……ユウジ!」
先輩は顎をしゃくって、メガネをいたぶっていたユウジを呼び戻した。
金属バットを構えてやって来たユウジは、男の背の高さに微かに怯みつつも、武器を持っているアドバンテージからにやりと笑った。
「やっちまえ」
「わっかりましたァ」
ユウジはバットを横から振るった。
男は、ジーンズを穿いた脚を持ち上げて、くたくたになったスニーカーで、バットの腹の辺りを押さえ付けた。
それだけで、ユウジはバットを振り抜く事が出来なくなる。
男が足をどかすと、バットは当初の軌道通りに振り抜かれるのだが、ユウジはその場でたたらを踏んでこけてしまった。
「何やってんだか。おい、見とけよー、人の殴り方って奴をよ」
フクさんが木刀を男に突き付け、振り回した。
素早く繰り出される木刀の乱撃が、男の全身を打ち据えた。
腕や脚に矢継ぎ早に繰り出される打撃を、しかし男は避けようとしなかった。
頭を狙ったものだけは回避しているものの、その場から殆ど動いていないようである。
十数秒間、フクさんは木刀でラッシュを繰り出したが、男が身じろぎしないでいるのを見るとぱっと引き下がった。
「何やってんだよ、フク」
鉄パイプを引き摺って、ケイトがやって来た。
「き、利かねぇんだ。まるで、でっけぇ岩をぶっ叩いているみたいな……」
フクさんは息を上げて、男を打ち据えた感想を述べた。
初めに、地面を金属バットで叩いて手を痺れさせたユウジと、同じ感覚を味わっている。
「ったく、しょうがないなぁ」
ケイトは頭を掻きながら男に近付き、顔に向けて唾を吐いた。
男の頬に唾が付着する。そして彼が唾に気を取られている間に、鉄パイプを男の脚の間に潜り込ませた。
先輩やフクさん、立ち上がって来たユウジが、ケイトがやってみせた男子に対する最大の一撃に、肝を冷やす。
「悪いな、嬢ちゃん」
男は平然と言った。
「俺ァ別にマゾヒストじゃねぇんだ。そういう趣味は持ち合わせていなくてな」
男は、ジーンズを内側からはち切れさせてしまいそうな太腿の間で、鉄パイプを止めていた。鉄パイプを握ると、ケイトの腕から取り上げて、両端を握る。
そして、むぅぅ……と、唸るようにしながら、平行にした両手を下ろしてゆく。
ケイトの頭の高さで、男の両手に捕まれた鉄パイプが、見る見る角度を変えてゆく。
最終的に、巨大な蹄鉄のようなものが出来上がった。
男は、花嫁のケープを外してやる新郎のように、U字に折り曲げられた鉄パイプをケイトの頸に引っ掛けてやった。
うなじを冷やす鉄の感触に、ケイトが腰を抜かし、そのまま失禁する。
「もう帰れ、坊主共。子供はそろそろ学校へゆく時間だぜ」
男が言った。
すっかり威圧されてしまったユウジたちであったから、男の言うように、大人しくその場を立ち去ってしまおうという空気になった。
だが、その空気を壊したのは、ケンであった。
ケンは、男の背後から忍び寄り、男の赤い髪の毛に向かって角材を叩き付けたのだ。
霧に反射した自分の姿が、その大きなシルエットを作り出しているのかと。
しかし、そうではなかった。地面に蹲った灰髭を挟んで、角材を振り上げたケンと向き合っていたのは、実体を持った一人の男である。
男は、恐らくケンに制止を呼び掛けたのであろう。
ケンには、やはりまだ、ホームレス狩りへの躊躇があったのだ。そうでなければ、男の警告など構わず、角材で灰髭を打ち据えていた筈だ。
男は、分厚い掌でケンを押し飛ばした。
ケンは、ゴムボールのようなもので強く押された気になって、地面に尻餅を付く。
「何だァ、てめぇ」
「お前もこいつらのお仲間か?」
先輩とフクさんが、その背の高い男の前に立った。
男は、身長で言うと一八〇を優に超えていた。
革のジャンパーを着ているが、少し力を込めれば、その生地が破裂してしまいそうだ。だが、先輩や、大柄なフクさんでも、その男の服を着るとなると、コートのような大きさになってしまう。
前を開いたジャンパーから、重機のタイヤのように張り詰めた大胸筋が、シャツを押し上げていた。
「似たようなもんだ」
「それじゃあやっぱり、社会のゴミって訳だ。……ユウジ!」
先輩は顎をしゃくって、メガネをいたぶっていたユウジを呼び戻した。
金属バットを構えてやって来たユウジは、男の背の高さに微かに怯みつつも、武器を持っているアドバンテージからにやりと笑った。
「やっちまえ」
「わっかりましたァ」
ユウジはバットを横から振るった。
男は、ジーンズを穿いた脚を持ち上げて、くたくたになったスニーカーで、バットの腹の辺りを押さえ付けた。
それだけで、ユウジはバットを振り抜く事が出来なくなる。
男が足をどかすと、バットは当初の軌道通りに振り抜かれるのだが、ユウジはその場でたたらを踏んでこけてしまった。
「何やってんだか。おい、見とけよー、人の殴り方って奴をよ」
フクさんが木刀を男に突き付け、振り回した。
素早く繰り出される木刀の乱撃が、男の全身を打ち据えた。
腕や脚に矢継ぎ早に繰り出される打撃を、しかし男は避けようとしなかった。
頭を狙ったものだけは回避しているものの、その場から殆ど動いていないようである。
十数秒間、フクさんは木刀でラッシュを繰り出したが、男が身じろぎしないでいるのを見るとぱっと引き下がった。
「何やってんだよ、フク」
鉄パイプを引き摺って、ケイトがやって来た。
「き、利かねぇんだ。まるで、でっけぇ岩をぶっ叩いているみたいな……」
フクさんは息を上げて、男を打ち据えた感想を述べた。
初めに、地面を金属バットで叩いて手を痺れさせたユウジと、同じ感覚を味わっている。
「ったく、しょうがないなぁ」
ケイトは頭を掻きながら男に近付き、顔に向けて唾を吐いた。
男の頬に唾が付着する。そして彼が唾に気を取られている間に、鉄パイプを男の脚の間に潜り込ませた。
先輩やフクさん、立ち上がって来たユウジが、ケイトがやってみせた男子に対する最大の一撃に、肝を冷やす。
「悪いな、嬢ちゃん」
男は平然と言った。
「俺ァ別にマゾヒストじゃねぇんだ。そういう趣味は持ち合わせていなくてな」
男は、ジーンズを内側からはち切れさせてしまいそうな太腿の間で、鉄パイプを止めていた。鉄パイプを握ると、ケイトの腕から取り上げて、両端を握る。
そして、むぅぅ……と、唸るようにしながら、平行にした両手を下ろしてゆく。
ケイトの頭の高さで、男の両手に捕まれた鉄パイプが、見る見る角度を変えてゆく。
最終的に、巨大な蹄鉄のようなものが出来上がった。
男は、花嫁のケープを外してやる新郎のように、U字に折り曲げられた鉄パイプをケイトの頸に引っ掛けてやった。
うなじを冷やす鉄の感触に、ケイトが腰を抜かし、そのまま失禁する。
「もう帰れ、坊主共。子供はそろそろ学校へゆく時間だぜ」
男が言った。
すっかり威圧されてしまったユウジたちであったから、男の言うように、大人しくその場を立ち去ってしまおうという空気になった。
だが、その空気を壊したのは、ケンであった。
ケンは、男の背後から忍び寄り、男の赤い髪の毛に向かって角材を叩き付けたのだ。
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