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第七章 魔獣、集結
第十一節 下手な希望なら持たない方が…
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息を荒げた雅人が、河川敷にやって来た。
堤防から降りると、土手には赤い花が四輪、既に咲き散らかされた後であった。
頭部を失っているのは、メガネだ。
仰向けになって全身を赤く染めているのは、革ジャンだ。
亀の姿勢で陥没した後頭部を見せているのは、グラスである。
そして二の腕と、両足と、弾け飛んだ内臓を残して、灰髭の姿は消えてしまっていた。
その血の水溜まりの中に、白髪を赤く染め抜かれたタンポポちゃんがへたり込んでいる。
川沿いの風にも掻き消せない、濃密な鉄の匂いに、雅人でさえ言葉を失っていた。
すると橋の下から、その男が現れた。
杏子の身体を、米俵にでもするかのように肩に担いだ、蛟だ。
「お前は……」
雅人と蛟は、ホテル“SHOCKER”のフロントですれ違っている。
紀田勝義の言い方からすると、蛟は初めから雅人の事を知っていたようであった。
「またお会いしましたね」
そう言って蛟は微笑んだ。
「紀田勝義の用心棒……桃城達也の後釜って所か」
「はい」
「その女を、返して貰おうか」
「それは出来ません」
「だったら力尽くだ……」
雅人は、スニーカーの底で血の池を鳴らしながら、蛟に駆け寄った。
蛟は杏子の身体を地面に落下させ、雅人と対峙する。
雅人のローキックが奔った。蛟も、体格としてはしっかりとしているように見えるのだが、雅人の蹴りに耐えられるような肉体であるとは思えなかった。
雅人の蹴りが虚空を引き裂く刹那、蛟は地面を蹴って、高く跳躍した。
下を向けた足の爪先が、雅人の頭頂部よりも更に高い地点にまで、上昇する。
そして空中で身体をくねらせて、へたり込んでいるタンポポちゃんの傍に着地した。
「彼は勇敢でしたよ」
蛟はタンポポちゃんの首を掴んで立ち上がらせる。タンポポちゃんの眼は虚ろで、首を握り締められている息苦しささえ、感じていないようであった。
その上、蛟は地面に転がっていた血まみれの腕を、あろう事かサッカーのリフティングのように手の高さまで蹴り上げた。そして鉄の香りのする冷たい指先を、タンポポちゃんの唇に差し込んでやった。
「私は先ずは彼の右脚を切り落としました。次に右腕。その次は左脚。左腕。口を耳まで裂いてやっても、泣き言一つ言いませんでしたね。お腹に手を入れて、内臓を引き摺り出してやるまではどうにか耐えていましたが、ここで死んでしまいました。それでも痙攣していたのをまだ助かると勘違いしたのでしょう、この女性が教えてくれましたよ。渋江杏子は、リヤカーの二重底の下だと」
蛟は嬉々として語った。
「私は、彼女に変な期待をさせてはいけないと思い、この方をばらばらにして差し上げました。私も感情がない訳ではありません、達磨の死体に縋り付く彼女を見ていられませんでしたからね。下手な希望なら、持たない方が幸せではあるとは思いませんか」
蛟は灰髭の右腕を川に放り投げた。月を映した暗い水面に波紋が起こり、赤黒い液体がじわじわと染み出して来る。赤く歪む月を肴に、女の涙の痕に舌を這わせる蛟に対して、雅人の怒りが爆発した。
雅人は血の飛沫を舞い上げて蛟に接近した。蛟はタンポポちゃんの身体を雅人に向かって突き飛ばす。雅人がタンポポちゃんの身体を抱き止めた瞬間、蛟が指を打ち鳴らした。するとタンポポちゃんの身体は、腹の中に爆弾でも仕掛けられていたかのように爆散してしまった。
体温以上の熱は感じなかったが、この際に発生した衝撃波で雅人の身体が血の池に吹き飛ばされた。それでも受け身を取って立ち上がった雅人に、素早く蛟が肉薄する。
桃城以上の速さの貫手が、雅人の胸に突き立った。蛟の右手の指先が、第二関節までシャツを貫通して潜り込んでいる。
雅人は顔を顰めつつも、蛟の右手首を左手で掴んだ。
「悪くない貫手だ……」
「大した大胸筋ですね……」
雅人は筋肉を絞り上げて、蛟の指が抜けないように固定した。そして、桃城達也の肋骨を圧し折った正拳突きをお見舞いしようとした。
その瞬間、雅人は自分の脳が内側から圧迫される感覚に陥った。眼球に血液が集まり、鼻孔に鉄の棒を突っ込まれたような痛みが走る。雅人は自分の脳が破裂するイメージを思い描いた。
「ぎゃっ!」
だがイメージが現実に追い付くより早く、雅人の身体が動いていた。正拳を振り抜く勢いで右半身を跳躍させ、蛟の身体に身体を浴びせてゆく。その抵抗は意外だったのか、蛟は雅人の胸から手を引き抜いて後方にジャンプした。
雅人の丸太のような脚が鞭のようにしなり、蛟の頬を爪先で切り裂いた。
雅人はその勢いのまま、河川敷に転がり落ちてしまう。
堤防から降りると、土手には赤い花が四輪、既に咲き散らかされた後であった。
頭部を失っているのは、メガネだ。
仰向けになって全身を赤く染めているのは、革ジャンだ。
亀の姿勢で陥没した後頭部を見せているのは、グラスである。
そして二の腕と、両足と、弾け飛んだ内臓を残して、灰髭の姿は消えてしまっていた。
その血の水溜まりの中に、白髪を赤く染め抜かれたタンポポちゃんがへたり込んでいる。
川沿いの風にも掻き消せない、濃密な鉄の匂いに、雅人でさえ言葉を失っていた。
すると橋の下から、その男が現れた。
杏子の身体を、米俵にでもするかのように肩に担いだ、蛟だ。
「お前は……」
雅人と蛟は、ホテル“SHOCKER”のフロントですれ違っている。
紀田勝義の言い方からすると、蛟は初めから雅人の事を知っていたようであった。
「またお会いしましたね」
そう言って蛟は微笑んだ。
「紀田勝義の用心棒……桃城達也の後釜って所か」
「はい」
「その女を、返して貰おうか」
「それは出来ません」
「だったら力尽くだ……」
雅人は、スニーカーの底で血の池を鳴らしながら、蛟に駆け寄った。
蛟は杏子の身体を地面に落下させ、雅人と対峙する。
雅人のローキックが奔った。蛟も、体格としてはしっかりとしているように見えるのだが、雅人の蹴りに耐えられるような肉体であるとは思えなかった。
雅人の蹴りが虚空を引き裂く刹那、蛟は地面を蹴って、高く跳躍した。
下を向けた足の爪先が、雅人の頭頂部よりも更に高い地点にまで、上昇する。
そして空中で身体をくねらせて、へたり込んでいるタンポポちゃんの傍に着地した。
「彼は勇敢でしたよ」
蛟はタンポポちゃんの首を掴んで立ち上がらせる。タンポポちゃんの眼は虚ろで、首を握り締められている息苦しささえ、感じていないようであった。
その上、蛟は地面に転がっていた血まみれの腕を、あろう事かサッカーのリフティングのように手の高さまで蹴り上げた。そして鉄の香りのする冷たい指先を、タンポポちゃんの唇に差し込んでやった。
「私は先ずは彼の右脚を切り落としました。次に右腕。その次は左脚。左腕。口を耳まで裂いてやっても、泣き言一つ言いませんでしたね。お腹に手を入れて、内臓を引き摺り出してやるまではどうにか耐えていましたが、ここで死んでしまいました。それでも痙攣していたのをまだ助かると勘違いしたのでしょう、この女性が教えてくれましたよ。渋江杏子は、リヤカーの二重底の下だと」
蛟は嬉々として語った。
「私は、彼女に変な期待をさせてはいけないと思い、この方をばらばらにして差し上げました。私も感情がない訳ではありません、達磨の死体に縋り付く彼女を見ていられませんでしたからね。下手な希望なら、持たない方が幸せではあるとは思いませんか」
蛟は灰髭の右腕を川に放り投げた。月を映した暗い水面に波紋が起こり、赤黒い液体がじわじわと染み出して来る。赤く歪む月を肴に、女の涙の痕に舌を這わせる蛟に対して、雅人の怒りが爆発した。
雅人は血の飛沫を舞い上げて蛟に接近した。蛟はタンポポちゃんの身体を雅人に向かって突き飛ばす。雅人がタンポポちゃんの身体を抱き止めた瞬間、蛟が指を打ち鳴らした。するとタンポポちゃんの身体は、腹の中に爆弾でも仕掛けられていたかのように爆散してしまった。
体温以上の熱は感じなかったが、この際に発生した衝撃波で雅人の身体が血の池に吹き飛ばされた。それでも受け身を取って立ち上がった雅人に、素早く蛟が肉薄する。
桃城以上の速さの貫手が、雅人の胸に突き立った。蛟の右手の指先が、第二関節までシャツを貫通して潜り込んでいる。
雅人は顔を顰めつつも、蛟の右手首を左手で掴んだ。
「悪くない貫手だ……」
「大した大胸筋ですね……」
雅人は筋肉を絞り上げて、蛟の指が抜けないように固定した。そして、桃城達也の肋骨を圧し折った正拳突きをお見舞いしようとした。
その瞬間、雅人は自分の脳が内側から圧迫される感覚に陥った。眼球に血液が集まり、鼻孔に鉄の棒を突っ込まれたような痛みが走る。雅人は自分の脳が破裂するイメージを思い描いた。
「ぎゃっ!」
だがイメージが現実に追い付くより早く、雅人の身体が動いていた。正拳を振り抜く勢いで右半身を跳躍させ、蛟の身体に身体を浴びせてゆく。その抵抗は意外だったのか、蛟は雅人の胸から手を引き抜いて後方にジャンプした。
雅人の丸太のような脚が鞭のようにしなり、蛟の頬を爪先で切り裂いた。
雅人はその勢いのまま、河川敷に転がり落ちてしまう。
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