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第七章 魔獣、集結
第九節 疾駆する巨漢
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赤毛の巨漢が、繁華街を疾走している。
出歩いている人の数が心なしか少なく見えたが、ゴーストタウンと化しているような事はないので、行き交う人々は皆、その異様な姿に興味を惹かれた事だろう。
雅人はそんな視線も、横断歩道の信号機も、車のクラクションも無視して橋の下――弥奈倉橋へと疾駆した。
ホテル“SHOCKER”から弥奈倉橋まで、車を使えば三〇分くらいは掛かるだろう。雅人がどれだけ頑張っても、そのタイムを切る事は不可能だ。
しかしそれでも、雅人は走った。手当てをした額から滝のような汗をこぼし、その雫を撒き散らしながら、杏子を匿って欲しいと頼んだ人たちの許へ全力を振り絞って足を動かした。
その先に、桃城達也に勝るとも劣らない実力の持ち主がいれば、戦う体力は残っていないだろう。だからと言って、タクシーを拾ったりヒッチハイクをしたりしている時間も勿体なかった。
雅人は兎に角、走った。
勝義会の用心棒が弥奈倉橋のホームレスたちを訪れたのは、杏子と彼女が持つディスクを奪う為だ。だが、杏子がすぐにどうこうされるという事はないだろう。彼女はディスクの映像をUSBメモリとマイクロカードにそれぞれコピーして、別の場所へ隠している。その居場所を吐かせる為に、口を利けるようにして置かなければならない。
心配なのは、グラスたちであった。ホームレス狩りをしていた不良学生たちが、良心の呵責など欠片とて覚えずに暴行を働いていた事を鑑みて、彼らを守る警察力は存在しないのだろう。
勝義会にとって、ホームレスたちの命など道端の虫けら程の価値もないのだ。
彼らは雅人に恩がある。杏子に何かあれば、それを理由に守ろうとするだろう。
しかし他人への恩よりも、自分の生命を優先する自由が人にはある。だがその場合、杏子を売り渡さなければならない。
事態を打開するには、何よりも雅人がその場に間に合う事が大前提なのであった。
弥奈倉橋下の河川敷で、グラスたちは食事を終え、眠る準備に入ろうとしていた。
川に面した段ボール小屋で、灰髭と眼鏡が既に毛布にくるまっている。
その外に、一斗缶に火を入れて暖を取る革ジャンがいた。
グラスには、杏子とタンポポちゃんとを橋の下の別の段ボール小屋に連れてゆき、二人がいる場所に危険が迫るのを未然に防ぐ役割があった。
橋の下の段ボール小屋は、拾った空き缶などを詰めた袋を運搬するリヤカーの、ガレージとしての意味合いも込められており、この荷台に乗って布団を被せてしまえば、一見して誰もいないように錯覚させた。
グラスが、タンポポちゃんが杏子と共に段ボールのガレージに消えたのを確認すると、その場に腰を下ろして、黒く揺らめく川を肴に酒を飲もうとした。
すると不意に、橋の上に車が停まる音を聞いた。
息を潜めていると、恐らくその車から降りて来たであろう人物が、土手にやって来た。
河川敷を見下ろしているのが橋の下から見え、その視線に気付いた男がにこりと笑った。
眼鏡のレンズが、夜の闇の中できらりと光る。
「すみません、少々お聞きしたい事があるのですか、構いませんか」
蛟であった。
蛟は河川敷の段ボール小屋の前で暖を取っている革ジャンに声を掛けた。
革ジャンが無視してワンカップを傾けているのを見ると、蛟は河川敷に降りた。
「すみません、人を探しているのですが」
「人?」
「ええ、女の人です。この方なのですが」
蛟は杏子の写真を見せた。革ジャンは、この男――或いは彼の仲間から、雅人が杏子を守ろうとしていたのだという事を察した。
「さぁ……知らないね」
「おたくの中を、改めさせて貰っても構いませんか」
「良いよ。おい、出て来い二人とも!」
革ジャンに言われて、眠い眼を擦りながら這い出して来る灰髭と眼鏡。
蛟が、二人と入れ違うようにして段ボール小屋の中に入った。
三人は顔を見合わせて、状況を把握する。声を出しはしなかったが、杏子の存在を隠し通そうという意志の疎通を図る事は出来た。
「おぅい、何やってるんだ?」
と、言いながら、グラスがやって来た。
出歩いている人の数が心なしか少なく見えたが、ゴーストタウンと化しているような事はないので、行き交う人々は皆、その異様な姿に興味を惹かれた事だろう。
雅人はそんな視線も、横断歩道の信号機も、車のクラクションも無視して橋の下――弥奈倉橋へと疾駆した。
ホテル“SHOCKER”から弥奈倉橋まで、車を使えば三〇分くらいは掛かるだろう。雅人がどれだけ頑張っても、そのタイムを切る事は不可能だ。
しかしそれでも、雅人は走った。手当てをした額から滝のような汗をこぼし、その雫を撒き散らしながら、杏子を匿って欲しいと頼んだ人たちの許へ全力を振り絞って足を動かした。
その先に、桃城達也に勝るとも劣らない実力の持ち主がいれば、戦う体力は残っていないだろう。だからと言って、タクシーを拾ったりヒッチハイクをしたりしている時間も勿体なかった。
雅人は兎に角、走った。
勝義会の用心棒が弥奈倉橋のホームレスたちを訪れたのは、杏子と彼女が持つディスクを奪う為だ。だが、杏子がすぐにどうこうされるという事はないだろう。彼女はディスクの映像をUSBメモリとマイクロカードにそれぞれコピーして、別の場所へ隠している。その居場所を吐かせる為に、口を利けるようにして置かなければならない。
心配なのは、グラスたちであった。ホームレス狩りをしていた不良学生たちが、良心の呵責など欠片とて覚えずに暴行を働いていた事を鑑みて、彼らを守る警察力は存在しないのだろう。
勝義会にとって、ホームレスたちの命など道端の虫けら程の価値もないのだ。
彼らは雅人に恩がある。杏子に何かあれば、それを理由に守ろうとするだろう。
しかし他人への恩よりも、自分の生命を優先する自由が人にはある。だがその場合、杏子を売り渡さなければならない。
事態を打開するには、何よりも雅人がその場に間に合う事が大前提なのであった。
弥奈倉橋下の河川敷で、グラスたちは食事を終え、眠る準備に入ろうとしていた。
川に面した段ボール小屋で、灰髭と眼鏡が既に毛布にくるまっている。
その外に、一斗缶に火を入れて暖を取る革ジャンがいた。
グラスには、杏子とタンポポちゃんとを橋の下の別の段ボール小屋に連れてゆき、二人がいる場所に危険が迫るのを未然に防ぐ役割があった。
橋の下の段ボール小屋は、拾った空き缶などを詰めた袋を運搬するリヤカーの、ガレージとしての意味合いも込められており、この荷台に乗って布団を被せてしまえば、一見して誰もいないように錯覚させた。
グラスが、タンポポちゃんが杏子と共に段ボールのガレージに消えたのを確認すると、その場に腰を下ろして、黒く揺らめく川を肴に酒を飲もうとした。
すると不意に、橋の上に車が停まる音を聞いた。
息を潜めていると、恐らくその車から降りて来たであろう人物が、土手にやって来た。
河川敷を見下ろしているのが橋の下から見え、その視線に気付いた男がにこりと笑った。
眼鏡のレンズが、夜の闇の中できらりと光る。
「すみません、少々お聞きしたい事があるのですか、構いませんか」
蛟であった。
蛟は河川敷の段ボール小屋の前で暖を取っている革ジャンに声を掛けた。
革ジャンが無視してワンカップを傾けているのを見ると、蛟は河川敷に降りた。
「すみません、人を探しているのですが」
「人?」
「ええ、女の人です。この方なのですが」
蛟は杏子の写真を見せた。革ジャンは、この男――或いは彼の仲間から、雅人が杏子を守ろうとしていたのだという事を察した。
「さぁ……知らないね」
「おたくの中を、改めさせて貰っても構いませんか」
「良いよ。おい、出て来い二人とも!」
革ジャンに言われて、眠い眼を擦りながら這い出して来る灰髭と眼鏡。
蛟が、二人と入れ違うようにして段ボール小屋の中に入った。
三人は顔を見合わせて、状況を把握する。声を出しはしなかったが、杏子の存在を隠し通そうという意志の疎通を図る事は出来た。
「おぅい、何やってるんだ?」
と、言いながら、グラスがやって来た。
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