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第七章 魔獣、集結
第一節 あの男、あの時の…
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飛岡の運転するパトカーの助手席に座った玲子は、飛岡の様子が変なのに気が付いた。
病院まで迎えに来た時点で、顔色が優れているとは言い難かった飛岡だが、川沿いの道路を進んで海へ向かう飛岡の顔が、段々と蒼くなっているように見えたのだ。
「飛岡さん、大丈夫ですか?」
と、訊くものの、飛岡は小さく頷くだけだ。その蒼白な皮膚とは裏腹に、額からふつふつと汗の珠が吹き出して来て、顎の下まで伝っている。
川の左右は堤防になっており、海へ向かって左側の二車線の道路を、玲子たちのパトカーは走っている。車線は二つだが堤防の反対側にはすぐ住宅が並んでおり、若葉マークの大型トラックではすれ違う事が難しいくらいだ。
土手をランニングしていたり自転車に乗っていたりする老人や若者が、心配そうな眼を時折パトカーに向けているような気がした。
この日の朝、昨日、パトカーを奪って警察署から逃走し、事故死した野村寅一の自宅から発見されたパケの中身――“アンリミテッド”から池田組が浮上し、水門署の総力を挙げて家宅捜索に当たった。
多くの構成員たちを拘束する事が出来たものの、池田組の組長である池田享憲を、その傍にいた謎の青年によって逃がされている。
池田組の屋敷の、奥座敷の床の間に作られていた隠し通路の扉をどうにかこじ開けると、その先は下水道に繋がっていた。しかし途中の通路が崩落しており、追跡は困難であった。
立ち上げられた捜査本部で、下水道の構造を確認した後、その出口があると思われる地点にパトカーを向かわせ、飛岡と玲子は最も可能性のある港に向かって車を走らせていたのだ。
「次の踏切の所で、運転、変わります」
「平気だ!」
と言う飛岡を恫喝するようにして、踏切が下りたタイミングで運転席と助手席を乗り換えた。ハンドルもシフトレバーもサイドブレーキも手汗でべっとりと濡れており、ハンカチで拭ってから踏切を渡った。
飛岡は別に運転が下手という事はなかった筈だが、助手席ではらはらしているよりもストレスを感じる事なく、玲子は海へ向かって車を転がした。
踏切を渡ると広い道に出る。ギアを上げた。
運転しながら飛岡の事をちらりと見やると、シートにもたれ掛かってぐったりとしている。運転している事で却って体調を保っていたようだが、そのまま続けていても目的地に到着する前にダウンして事故を起こす可能性もあった。
「どうしたんですか、飛岡さん。やっぱり具合悪いんじゃないですか?」
「大丈夫だ……少し休めば治る……」
飛岡はペットボトルの水を咽喉に流し込んだ。
飛岡は眉を寄せて眼を瞑る。すると瞼の裏側に、屋敷の奥座敷で見た光景が蘇って来た。
女の頭部が、柘榴のように弾けるシーンだ。
その肉体に至るまで、内側から爆ぜる光景である。
髪の長い眼鏡の青年――彼が女の身体に爆弾でも仕掛けていたのだろうか。女の肉体は内臓と血液を撒き散らし、酷くショッキングな死に方をした。
そして、奇妙に残存していた女に子宮に、眼が出来、肢と尻尾が生えてゆく様子まで、飛岡の脳裏にはくっきりと焼き付いていたのだ。
ワイシャツの襟が変色するまで、飛岡の身体は汗を掻いていた。
幻想に耐えられずに眼を開けた飛岡だったが、フロントガラスの向こうの光景を見て息を呑んだ。
駅から海の方へ向かう線路は二つあり、一方は川と並行して進むのだが、もう一方は途中で緩やかに登ってゆき、川の上の高架橋を通る。緑色の高欄が蒼い空を横切っている。
それは飛岡に、過去の鮮烈な記憶を思い出させた。
――そう言えばあの時も……。
その記憶が、肉体を爆ぜさせた女の映像と重なった。
「……あの男……」
「え?」
「昨日の昼頃、公園にいた、あの男……」
飛岡が不意に言った。
「あの人がどうかしたんですか?」
「君は彼と、知り合いだったのか?」
「ええ、ちょっと……」
「そうか……」
「それがどうかしましたか?」
「いや、さっきまで忘れていたんだが、俺もあの男に、会った事がある。……しかし」
飛岡は重々しく息を吐き、こめかみを指で押さえた。
「死んだものだと、思っていたよ……」
「え!?」
玲子の戸惑いをよそに、飛岡はシートに背中を預けて、眼を瞑った。
嫌な映像が脳裏に閃くのだが、今は少しでも休んで体力を回復しなければいけない。
あの時の無力感を怒りに変えて、それを正義の力に変えるべく、凄惨な河川敷の光景を思い出しながら。
病院まで迎えに来た時点で、顔色が優れているとは言い難かった飛岡だが、川沿いの道路を進んで海へ向かう飛岡の顔が、段々と蒼くなっているように見えたのだ。
「飛岡さん、大丈夫ですか?」
と、訊くものの、飛岡は小さく頷くだけだ。その蒼白な皮膚とは裏腹に、額からふつふつと汗の珠が吹き出して来て、顎の下まで伝っている。
川の左右は堤防になっており、海へ向かって左側の二車線の道路を、玲子たちのパトカーは走っている。車線は二つだが堤防の反対側にはすぐ住宅が並んでおり、若葉マークの大型トラックではすれ違う事が難しいくらいだ。
土手をランニングしていたり自転車に乗っていたりする老人や若者が、心配そうな眼を時折パトカーに向けているような気がした。
この日の朝、昨日、パトカーを奪って警察署から逃走し、事故死した野村寅一の自宅から発見されたパケの中身――“アンリミテッド”から池田組が浮上し、水門署の総力を挙げて家宅捜索に当たった。
多くの構成員たちを拘束する事が出来たものの、池田組の組長である池田享憲を、その傍にいた謎の青年によって逃がされている。
池田組の屋敷の、奥座敷の床の間に作られていた隠し通路の扉をどうにかこじ開けると、その先は下水道に繋がっていた。しかし途中の通路が崩落しており、追跡は困難であった。
立ち上げられた捜査本部で、下水道の構造を確認した後、その出口があると思われる地点にパトカーを向かわせ、飛岡と玲子は最も可能性のある港に向かって車を走らせていたのだ。
「次の踏切の所で、運転、変わります」
「平気だ!」
と言う飛岡を恫喝するようにして、踏切が下りたタイミングで運転席と助手席を乗り換えた。ハンドルもシフトレバーもサイドブレーキも手汗でべっとりと濡れており、ハンカチで拭ってから踏切を渡った。
飛岡は別に運転が下手という事はなかった筈だが、助手席ではらはらしているよりもストレスを感じる事なく、玲子は海へ向かって車を転がした。
踏切を渡ると広い道に出る。ギアを上げた。
運転しながら飛岡の事をちらりと見やると、シートにもたれ掛かってぐったりとしている。運転している事で却って体調を保っていたようだが、そのまま続けていても目的地に到着する前にダウンして事故を起こす可能性もあった。
「どうしたんですか、飛岡さん。やっぱり具合悪いんじゃないですか?」
「大丈夫だ……少し休めば治る……」
飛岡はペットボトルの水を咽喉に流し込んだ。
飛岡は眉を寄せて眼を瞑る。すると瞼の裏側に、屋敷の奥座敷で見た光景が蘇って来た。
女の頭部が、柘榴のように弾けるシーンだ。
その肉体に至るまで、内側から爆ぜる光景である。
髪の長い眼鏡の青年――彼が女の身体に爆弾でも仕掛けていたのだろうか。女の肉体は内臓と血液を撒き散らし、酷くショッキングな死に方をした。
そして、奇妙に残存していた女に子宮に、眼が出来、肢と尻尾が生えてゆく様子まで、飛岡の脳裏にはくっきりと焼き付いていたのだ。
ワイシャツの襟が変色するまで、飛岡の身体は汗を掻いていた。
幻想に耐えられずに眼を開けた飛岡だったが、フロントガラスの向こうの光景を見て息を呑んだ。
駅から海の方へ向かう線路は二つあり、一方は川と並行して進むのだが、もう一方は途中で緩やかに登ってゆき、川の上の高架橋を通る。緑色の高欄が蒼い空を横切っている。
それは飛岡に、過去の鮮烈な記憶を思い出させた。
――そう言えばあの時も……。
その記憶が、肉体を爆ぜさせた女の映像と重なった。
「……あの男……」
「え?」
「昨日の昼頃、公園にいた、あの男……」
飛岡が不意に言った。
「あの人がどうかしたんですか?」
「君は彼と、知り合いだったのか?」
「ええ、ちょっと……」
「そうか……」
「それがどうかしましたか?」
「いや、さっきまで忘れていたんだが、俺もあの男に、会った事がある。……しかし」
飛岡は重々しく息を吐き、こめかみを指で押さえた。
「死んだものだと、思っていたよ……」
「え!?」
玲子の戸惑いをよそに、飛岡はシートに背中を預けて、眼を瞑った。
嫌な映像が脳裏に閃くのだが、今は少しでも休んで体力を回復しなければいけない。
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