超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第六章 その名は蛟

第四節 夢か現か幻か

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 玲子の服の内側で、スマートフォンがヴァイブした。

「すみません」

 と言って病室から出て、携帯電話を使用可能なフロアへ移動した玲子は、飛岡からの着信に出た。

「はい、こちら花巻……」
『飛岡だ。池田組の事だが――』

 飛岡は簡潔に説明した。池田組の屋敷に乗り込み、構成員の殆どを逮捕した事。
 だが肝心の池田享憲は、用心棒らしき青年と逃走した事。
 逃走ルートは、屋敷の地下から下水道に出て、そこから海の方へ向かったらしいという事。
 既に捜査本部が立ち上げられ、玲子も捜査官として選出されるのが決まっている事。
 午後には海沿いの町へ捜査範囲を広げる為、これから自分と合流する事。

「分かりました」
『これから五分後に迎えに行く。病院だったな』

 玲子は通話を終えて、一旦、杏子の病室に戻った。

「これから出る事になって……」
「貴女も大変ね。……まるで婦警さんが、貴女しかいないみたいじゃない」

 杏子と面識があったとは言え、そのケアに刑事である玲子がわざわざやって来るのを、杏子は不思議に思っていた。普通は、生活安全課などに配属された婦人警官がこうした仕事をするのではないだろうか、と。

「うち、婦人警官ってあんまりいないんですよ。女性はやっぱり、嫌なんじゃないですかね……」

 水門市の性犯罪の件数は、三年前と比べると大幅に増加した。だがそれは、勝義会亡き後、池田組の関係者による犯行が明るみに出るようになった証拠である。

 逆に言うと、勝義会が池田組と鎬を削り、常に緊張の蔓延していた水門市では、例え女性や子供が犯罪に巻き込まれたとしても、勝義会や池田組絡みであれば、玲子が小川たちに絡まれた時と同じで被害届を受理される事すら少なかった事を明かしてもいる。

 彼ら暴力団の犯罪が隠蔽されていた頃には多少なりと希望者もなくはなかったのだが、件数が増加した事で新人婦警本人や、その身を案じた家族、池田組を刺激する事を恐れた上層部が、水門署への配属への配属を渋るようになってしまったのだろう。

「そうね……」

 杏子もしみじみと頷いた。自分が美野秋葉の友人でなければ――いや、あの時、あの場を訪れ、あの男に救われていなければ、秋葉の死は単なる自殺として、その母は娘の死を病んでのショック死程度にしか、扱われなかったであろう。

「それじゃあ、私はこれで失礼します。会えると良いですね、その人と!」

 玲子は敬礼をして、病室から出て行った。
 杏子も真似事の敬礼で玲子を送り出すと、再び窓の外に視線をやった。

――また会える、のかな……。

 昨日、怪物に変化し、暴走した野村寅一から自分を助け出してくれたのは、三年前と同じで明石雅人なのだろうか。

 杏子は事件のショックで記憶が曖昧になり、夢か現実か、分からない。

 あの一件から三年が経ち、大学を出て小さな出版社に就職し、取材をして記事を書き、雑誌が少しずつ軌道に乗り始めて時間に余裕が持てるようになった。

 ほんの少しだけ気持ちの整理を付けられるようになって、再びこの町を訪れたのは、美野家の墓参りもある。それ以上に明石雅人に巡り合うには、この町しかないと思ったからだ。

 だが雅人は、初めて会った時から、自分は一つの町に居付く事はないと言っていた。
 自分よりも強い相手が許せない、だから強くなる為に鍛え、強さを証明する為に旅をする。

 この町を再び訪れる機会がないとは言えないが、杏子と同じタイミングでやって来る可能性は低いであろうと思われたし、自分とて頻繁にやって来られる訳ではない。

 あれは、自分の強い執着が見せた幻であるという考えが、杏子の中にはあった。

 けれども、若しかしたら――奇跡的に自分と雅人が、同じ時間に同じ町の中にいるかもしれないという淡い希望を、捨てたくないという気持ちもあった。

 いや、そもそも、雅人がまだ生きている事さえ、からすると、頭の中から排除しなければならない選択肢であるような不安が、杏子の心の隅には根付いていた。

 杏子は雅人の姿を、彼とは真逆の蒼い空に思い浮かべた。
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