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第四章 戦いの狼煙
第九節 暴 走
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「ま、その事はもう決まった事だ。萌生さん本人から被害届も出ている。……お前に今聞きたいのは、これの事だ」
飛岡がテーブルの上に置いたのは、白い粉の入ったパケを、更にビニール袋に包んだものだ。
野村寅一は、呻くような声を上げて、それまでの威勢の良さを失った。
「こいつがお前の家から見付かった。それに、さっきの検査でも陽性と出た。お前がこいつを常習していた事は、紛れもない事実だ。で、こいつは何処の誰から買ったものなんだ? そいつを教えて貰おうか」
「――」
「言えないなら言ってやろうか。池田組だ。お前は池田組の連中からこの薬物を買った。そうだろう? その為に借金までして、萌生さんを風俗店に売り払い、自分はパチンコ三昧……良い身分だよ、全く!」
野村寅一の視線が、あちこち泳ぎ始めた。膝の上にやっていた手も震え始めている。
飛岡は鋭く眼を光らせて、追い込みに掛かった。
「どうなんだ、えぇ?」
「――そ、そうです……」
野村寅一は、呆気なく喋った。
そもそも野村寅一が金を借りていたのは、池田組の息が掛かった闇金であった。法外な借金を吹っ掛けられた野村寅一は、その返済の為に配偶者である萌生を“ハードコア”に差し出したらしい。初めから安上がりの従業員を集めるべく池田組の企みであったようだ。
その萌生が“ハードコア”で強制的に投与されていた麻薬が、野村寅一にも渡り、萌生が稼いだ金で池田組から麻薬を買っていたらしい。しかし萌生の少ない稼ぎではとても追い付かず、野村寅一は益々借金を重ねる事となった。これによって萌生はより厳しく拘束される事となる。
「そんなつまらないやり口に引っ掛かってんじゃねぇよ!」
玲子は今度は、罵声を加えて両手でテーブルを叩いた。
悪事を自覚した事によって生まれた多少なりとの罪悪感が、野村寅一を僅かに憶病にしていた。野村は玲子の気迫に怯えて、身を竦ませる。
「し、しょうがねぇだろう! 会社もクビになって、金もない……どうやって行けば良いのか、分からないじゃねぇか? 酒や薬に溺れたってしょうがないだろう? 金……金さえあれば、俺だって……」
「言い訳なんて、させないからね。お金があろうが、なかろうが、人の自由を奪う権利なんてあんたにはないんだから。ましてや他人の愛情を利用するなんて、絶対に許せない」
「そこまでにして置け、花巻……」
飛岡が、今にも野村に殴り掛かってゆきそうな玲子を諫めた。
玲子が身を引くと、野村寅一は鼻息荒く、泣き出してしまいそうな表情さえ浮かべていた。薬が切れていた事もあって、精神が安定しないのだろう。
この取調によって、野村寅一の罪が明らかとなり、麻薬の出所もはっきりとした。野村は拘留の後に検事に引き渡される事になる。ここから先は、玲子たちの領分ではない。
差し当たり、野村寅一は拘置所へ移送される事となった。玲子と飛岡の立ち合いで別の警官が彼に手錠を掛け、縄を括り、その縄尻を持って護送車まで連行する。
玲子と飛岡は、野村寅一がやって来ていた護送車に乗り込む様子を見る為に、警察署の外へ出た。彼を荷台に押し込む警官が、帽子の下からちらりと玲子たちに眼をやった。
すると、野村が不意にその場で、呻き声を上げて背中を丸め始めた。
「どうした?」
警官が彼の背中をさするようにしながら、訊いた。
不審に思った玲子と飛岡が歩み寄る。
野村は顔を汗まみれにして、苦しそうに肩を上下させていた。
「おい、大丈夫か? 一旦病院へ……」
飛岡がそう言い掛けた時、ばきん、という音がした。
野村寅一の両手を繋いでいた手錠の鎖が、外れていた。
それを飛岡が知った時、野村寅一の右腕が唸って、飛岡の頬に裏拳を打ち込んでいた。
飛岡が膝から倒れ込んだ。
「飛岡さん!」
押さえ込もうとした警官の身体を、野村寅一は驚異のパワーを発揮して投げ飛ばした。
玲子は素早く拳銃を引き抜いて、野村寅一の足元を狙おうとした
だがその爪先がゴムボールのように跳ね上がったかと思うと、玲子の顔を狙って飛び出した。
玲子は咄嗟に身体を逸らして、野村寅一のキックを回避する。
しかし蹴りの風圧が、玲子の頬をぱっくりと裂いていた。
――いや、違う。
玲子は地面を蹴って、距離を置きながら倒れつつ、受け身を取って膝立ちになった。
自分の頬を裂いたのは、風圧ではない。野村寅一が履いていた靴の内側から、何か鋭利なものが飛び出して来て、それが皮膚を切り裂いたのだ。
玲子は出血も気にせず、野村寅一に銃の照準を合わせた。
野村寅一はそれまでの怯え切った態度や何らかの発作に苦悶するような表情を失くし、アスリートのような素早い動きで駆け出した。
丁度、巡回から帰って来たパトカーがあったので、野村がその車に近付いた。
玲子は迷わなかった。
野村の胴体を狙って、発砲した。
狙いは僅かに逸れ、しかし幸いにも、野村の左太腿を貫通した。
弾けるようにして、野村の左脚から赤い液体が噴出した。
だが野村寅一は気に掛ける事もなく、パトカーの運転席に飛び付くと中にいた婦人警官を引き摺り出しつつ、助手席の同じく交通課の婦警を蹴り飛ばした。
助手席の警官は、初めは抵抗しようとしたが、野村寅一が強く掴み掛って来るので、身の安全を考えて脱出する事を決めた。
転がり落ちる婦警。
野村寅一はパトカーの運転席に収まると、ハンドルを握り、逃げ出した助手席の婦警を轢き殺さんばかりの勢いでアクセルを踏み込んだ。
玲子がパトカーの前に飛び込んで、婦警を抱きかかえて救出する。
猛スピードでUターンして、警察署から離れてゆくパトカー。
すれ違いざまに見た野村寅一の顔を思い出して、玲子はぽつりと呟いた。
「何……あの、顔……」
夢でも見たような声で、玲子は言った。
飛岡がテーブルの上に置いたのは、白い粉の入ったパケを、更にビニール袋に包んだものだ。
野村寅一は、呻くような声を上げて、それまでの威勢の良さを失った。
「こいつがお前の家から見付かった。それに、さっきの検査でも陽性と出た。お前がこいつを常習していた事は、紛れもない事実だ。で、こいつは何処の誰から買ったものなんだ? そいつを教えて貰おうか」
「――」
「言えないなら言ってやろうか。池田組だ。お前は池田組の連中からこの薬物を買った。そうだろう? その為に借金までして、萌生さんを風俗店に売り払い、自分はパチンコ三昧……良い身分だよ、全く!」
野村寅一の視線が、あちこち泳ぎ始めた。膝の上にやっていた手も震え始めている。
飛岡は鋭く眼を光らせて、追い込みに掛かった。
「どうなんだ、えぇ?」
「――そ、そうです……」
野村寅一は、呆気なく喋った。
そもそも野村寅一が金を借りていたのは、池田組の息が掛かった闇金であった。法外な借金を吹っ掛けられた野村寅一は、その返済の為に配偶者である萌生を“ハードコア”に差し出したらしい。初めから安上がりの従業員を集めるべく池田組の企みであったようだ。
その萌生が“ハードコア”で強制的に投与されていた麻薬が、野村寅一にも渡り、萌生が稼いだ金で池田組から麻薬を買っていたらしい。しかし萌生の少ない稼ぎではとても追い付かず、野村寅一は益々借金を重ねる事となった。これによって萌生はより厳しく拘束される事となる。
「そんなつまらないやり口に引っ掛かってんじゃねぇよ!」
玲子は今度は、罵声を加えて両手でテーブルを叩いた。
悪事を自覚した事によって生まれた多少なりとの罪悪感が、野村寅一を僅かに憶病にしていた。野村は玲子の気迫に怯えて、身を竦ませる。
「し、しょうがねぇだろう! 会社もクビになって、金もない……どうやって行けば良いのか、分からないじゃねぇか? 酒や薬に溺れたってしょうがないだろう? 金……金さえあれば、俺だって……」
「言い訳なんて、させないからね。お金があろうが、なかろうが、人の自由を奪う権利なんてあんたにはないんだから。ましてや他人の愛情を利用するなんて、絶対に許せない」
「そこまでにして置け、花巻……」
飛岡が、今にも野村に殴り掛かってゆきそうな玲子を諫めた。
玲子が身を引くと、野村寅一は鼻息荒く、泣き出してしまいそうな表情さえ浮かべていた。薬が切れていた事もあって、精神が安定しないのだろう。
この取調によって、野村寅一の罪が明らかとなり、麻薬の出所もはっきりとした。野村は拘留の後に検事に引き渡される事になる。ここから先は、玲子たちの領分ではない。
差し当たり、野村寅一は拘置所へ移送される事となった。玲子と飛岡の立ち合いで別の警官が彼に手錠を掛け、縄を括り、その縄尻を持って護送車まで連行する。
玲子と飛岡は、野村寅一がやって来ていた護送車に乗り込む様子を見る為に、警察署の外へ出た。彼を荷台に押し込む警官が、帽子の下からちらりと玲子たちに眼をやった。
すると、野村が不意にその場で、呻き声を上げて背中を丸め始めた。
「どうした?」
警官が彼の背中をさするようにしながら、訊いた。
不審に思った玲子と飛岡が歩み寄る。
野村は顔を汗まみれにして、苦しそうに肩を上下させていた。
「おい、大丈夫か? 一旦病院へ……」
飛岡がそう言い掛けた時、ばきん、という音がした。
野村寅一の両手を繋いでいた手錠の鎖が、外れていた。
それを飛岡が知った時、野村寅一の右腕が唸って、飛岡の頬に裏拳を打ち込んでいた。
飛岡が膝から倒れ込んだ。
「飛岡さん!」
押さえ込もうとした警官の身体を、野村寅一は驚異のパワーを発揮して投げ飛ばした。
玲子は素早く拳銃を引き抜いて、野村寅一の足元を狙おうとした
だがその爪先がゴムボールのように跳ね上がったかと思うと、玲子の顔を狙って飛び出した。
玲子は咄嗟に身体を逸らして、野村寅一のキックを回避する。
しかし蹴りの風圧が、玲子の頬をぱっくりと裂いていた。
――いや、違う。
玲子は地面を蹴って、距離を置きながら倒れつつ、受け身を取って膝立ちになった。
自分の頬を裂いたのは、風圧ではない。野村寅一が履いていた靴の内側から、何か鋭利なものが飛び出して来て、それが皮膚を切り裂いたのだ。
玲子は出血も気にせず、野村寅一に銃の照準を合わせた。
野村寅一はそれまでの怯え切った態度や何らかの発作に苦悶するような表情を失くし、アスリートのような素早い動きで駆け出した。
丁度、巡回から帰って来たパトカーがあったので、野村がその車に近付いた。
玲子は迷わなかった。
野村の胴体を狙って、発砲した。
狙いは僅かに逸れ、しかし幸いにも、野村の左太腿を貫通した。
弾けるようにして、野村の左脚から赤い液体が噴出した。
だが野村寅一は気に掛ける事もなく、パトカーの運転席に飛び付くと中にいた婦人警官を引き摺り出しつつ、助手席の同じく交通課の婦警を蹴り飛ばした。
助手席の警官は、初めは抵抗しようとしたが、野村寅一が強く掴み掛って来るので、身の安全を考えて脱出する事を決めた。
転がり落ちる婦警。
野村寅一はパトカーの運転席に収まると、ハンドルを握り、逃げ出した助手席の婦警を轢き殺さんばかりの勢いでアクセルを踏み込んだ。
玲子がパトカーの前に飛び込んで、婦警を抱きかかえて救出する。
猛スピードでUターンして、警察署から離れてゆくパトカー。
すれ違いざまに見た野村寅一の顔を思い出して、玲子はぽつりと呟いた。
「何……あの、顔……」
夢でも見たような声で、玲子は言った。
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