超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第三章 潜伏する狼

第九節 大・食・漢

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 水門市のスーパー銭湯では、食事処は一〇時から開き、明け方の五時には一旦閉まる。
 昼頃にやって来る客の中には、昼食がてらにひとっ風呂浴びてゆく者が多かった。

 浴場の中は、ピークよりもだいぶ空いている。
 それでもやって来た男の姿には、眼を惹かれてしまった。

 目立たずにいる事が出来ない男である。

 背が高い上に、全身の筋肉がゴリラのように発達し、しかも髪の毛が赤い。
 排他的で閉鎖的、事なかれ主義の一面のある水門市の住民たちは、その姿を奇妙なものであるかのように見ながら、触らぬ神に祟りなしとばかりに眼を逸らした。

 服を着ていても充分にその肉体の強靭さを分からせる明石雅人であったが、裸体となれば益々であった。シャワーを浴びる時は、稽古の時には穿いていたズボンを脱ぐし、その異様なまでに鍛え上げられた太腿を見せ付けている。且つ、男としての象徴も、同じ空間にいる者全てを圧倒した。

 雅人は玲子に治郎の話をした後、汗を流す場所を聞き、この銭湯へやって来た。

 ボディソープをたっぷりと染み込ませたタオルで身体を削ると、ごりごりと垢がこぼれ落ちる。
 纏めて捏ねくれば、バレーボールくらいの大きさになりそうな垢だった。

 頭を洗っていても、塊のようなフケがごっそりと取り除かれた。
 湿気を孕んだざんばら髪が、ぺったりと顔に張り付いている。

 石鹸を洗い流して立ち上がると、リフレッシュされたその肉体は黄金像の如くに煌いた。

 長い髪を水で纏めて持ち上げる。
 その額に、大きな傷痕があった。髪の付け根に向かって、親指くらいの筋が斜めに走っている。

 身体を清めた雅人が大きな湯船に浸かると、一人か二人しか入っていないのにお湯が半分くらいは流れ出してしまうような気さえした。

 別にそんな事は起こり得ないので、一緒に浸かっているのだが、お湯の温度が上昇しているような気分になって来て、入って来るなり飛び出してしまう客もある。

 風呂から上がった雅人は、備え付けの洗濯機に掛けている服の代わりに、貸し出している浴衣を身に着けた。
 一番大きいサイズを借りていた筈なのに、まるで子供用を着ているみたいだ。

 浴衣を着流して、食事処へ向かう。

 生姜焼き定食と、唐揚げ定食、担々麵、豚ステーキの単品を頼んだ。ご飯は大盛りだ。
 これにビールを追加した。冷えたジョッキに、冷たいビール。

 食べ物が出て来る前に、番号札を受け取り、席を取って、ビールを流し込んだ。
 頭の中で、キンキンキンキン、という音がするようであった。

 番号を呼ばれ、取りにゆく。
 一つのトレイに、生姜焼きと唐揚げ、付け合わせのサラダを纏めた皿と、豚ステーキ。
 もう一つのトレイに、担々麵と三杯分の大盛りご飯。
 サラダにドレッシングをたっぷりと掛け、自分の席へ運んだ。

 手を合わせて、「頂きます」と念じ、食べ始めた。

 こちらも大盛りのサラダを、ドレッシングを浴びせた場所から箸で取る。
 味噌汁感覚で担々麵を啜り、持つだけで重たいご飯茶碗を持って掻き込み始めた。
 生姜焼きを白米の上に乗せて、一緒に食べる。
 唐揚げをマヨネーズに付け、ご飯の詰まった口に入れた。
 豚ステーキは切り分けずに、齧り付いた。
 それらの合間に担々麵を啜る。

 見る見る内に、茶碗と皿と器の中身がなくなってゆく。

「ご馳走さん」

 太い指、広い掌を合わせて、心の中で頭を下げた。

 トレイを厨房に返して、セルフの水を飲み、選択が終わった頃合いを見計らって服を取りにゆく。
 少し湿っていたが、それくらいなら着ている内に乾く。

 一張羅のボクサーパンツと肌着、所々ほつれた皺くちゃのカッターシャツに、ストレッチジーンズ。
 入り口のロッカーに預けた財布代わりでもある革ジャンを肩に掛け、銭湯から出た。

 ――さて、どうするかな。

 だだっ広い駐車場から出ながらも、雅人はゆくあてがない。

 取り敢えず繁華街にでもゆくかと思うと、同じ方向へ足早に向かってゆく女性があった。
 彼女は視界の隅に雅人を捉えたのだろう、あッと声を上げた。

「貴方は、いつかの……」
「……世界は狭い、ってやつだ」

 雅人はその女性の事を覚えていた。
 玲子と同じで名前は知らないが、玲子と同じで治郎関連で記憶に残っていた女性だ。

 里中いずみだ。
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