35 / 232
第三章 潜伏する狼
第五節 鉄 騎
しおりを挟む
「――まだ、吐かないんですか」
昨晩の捕り物を終えて、自宅に仮眠に戻った玲子は、朝早くから警察署に出勤し、小川から何も聞き出せていない取調室への不満を漏らした。
飛岡は自分のデスクでコーヒーを飲みながら、
「あれも筋金入りのヤクザだ。そう簡単には口を割らないよ」
「どうだか。所詮、ただのチンピラでしょう?」
三年前の事を思い出せば、小川という男はちっぽけなプライドに則って行動する小者だ。
あの時、小川は長田に酒を飲まされた治郎が、ヤクザなんて怖くないという言葉を肯定した事に腹を立てて、喧嘩を売って来た。
玲子は治郎が、井波のようなチンピラにやられた事が理解出来なかったが、それはさて置き、小川たちの行動は暴力団としてはあり得ない事だった。
大学生や高校生の空手部員に、直接悪口を言われた訳でもないのに手を出すという事で、自分が所属する組織にどれだけの迷惑を掛けるのか、分かっていないとしか思えない。
しかし三年前の水門市では、勝義会と池田組との水面下の争いもあって、そうした諍いをきっかけにして警察が動く事が出来ない状況であったのも、事実ではある。
勝義会が壊滅し、池田組が台頭するようになったものの、その支配が行き届く前に人事が一新され、組織犯罪対策課が漸く公に活動するようになったのだ。
だがそれよりも玲子が気掛かりなのは、幼馴染みの治郎の事である。
昨夜、純が治郎と喧嘩をしたと言っていた。純がそんなつまらない嘘を吐く訳がないから、それは恐らく事実だろう。
三年間姿を消していた治郎が、傷だらけの姿で町に戻って来た。
だがその治郎が、町中で配偶者に暴行を加えていた泥酔男を打ち倒した可能性がある。
女性を守る為の正当防衛が成立すると思われるものの、泥酔男の意識はまだ戻らない。下手をすれば過剰防衛……最悪、傷害致死で引っ張って来なければならなくなる。
今まで何をやっていたのか分からないが、幼馴染みとの再会でそのような事にはなってしまうかもしれないと考えると、益々気が重くなる。
溜め息を吐きながら自分のデスクへ向かおうとすると、司令部から入電があった。
飛岡が電話を取る。
「はい、こちら水門署の飛岡……え、不審者通報。はい、えーと、六軒町の公園に、半裸の成人男性……はい、はい、分かりました。すぐに向かいます」
飛岡は玲子の方を見て、顎をしゃくった。
「私も行くんですかァ?」
「来てくれると助かる。何せ、その男、空手の稽古をしているみたいなんだよ。若し暴力なんか振るわれたらさ……俺より花巻の方が、こっちは強いだろ?」
飛岡は両方の拳を持ち上げて構える振りをした。
玲子は更に重たい溜め息を吐くと、飛岡のボディに軽くパンチを入れた。
「ウッ」
「ったく、情けないんだから、もう」
そのような訳で、眉をハの字にする後輩刑事と、その後輩のボディブローに身体をくの字に折る刑事二人は、現場に向かう事となった。
飛岡が車を運転して、助手席に玲子が乗る。
警察署から六軒町の公園までは、車で一〇分掛からない程度だ。
通報者は、既に現場を離れていた。
飛岡は路肩に車を止めて、公園の中に玲子と一緒に入ってゆく。
「……凄ぇな」
そこで、その男を見て飛岡が最初に発した一言は、それであった。
通報通り、半裸の男が汗だくになって、稽古をやっている。
空手の型を、演じているみたいだった。
「ナイファンチ……ですね」
玲子が、その型の名前を言った。
昨晩の捕り物を終えて、自宅に仮眠に戻った玲子は、朝早くから警察署に出勤し、小川から何も聞き出せていない取調室への不満を漏らした。
飛岡は自分のデスクでコーヒーを飲みながら、
「あれも筋金入りのヤクザだ。そう簡単には口を割らないよ」
「どうだか。所詮、ただのチンピラでしょう?」
三年前の事を思い出せば、小川という男はちっぽけなプライドに則って行動する小者だ。
あの時、小川は長田に酒を飲まされた治郎が、ヤクザなんて怖くないという言葉を肯定した事に腹を立てて、喧嘩を売って来た。
玲子は治郎が、井波のようなチンピラにやられた事が理解出来なかったが、それはさて置き、小川たちの行動は暴力団としてはあり得ない事だった。
大学生や高校生の空手部員に、直接悪口を言われた訳でもないのに手を出すという事で、自分が所属する組織にどれだけの迷惑を掛けるのか、分かっていないとしか思えない。
しかし三年前の水門市では、勝義会と池田組との水面下の争いもあって、そうした諍いをきっかけにして警察が動く事が出来ない状況であったのも、事実ではある。
勝義会が壊滅し、池田組が台頭するようになったものの、その支配が行き届く前に人事が一新され、組織犯罪対策課が漸く公に活動するようになったのだ。
だがそれよりも玲子が気掛かりなのは、幼馴染みの治郎の事である。
昨夜、純が治郎と喧嘩をしたと言っていた。純がそんなつまらない嘘を吐く訳がないから、それは恐らく事実だろう。
三年間姿を消していた治郎が、傷だらけの姿で町に戻って来た。
だがその治郎が、町中で配偶者に暴行を加えていた泥酔男を打ち倒した可能性がある。
女性を守る為の正当防衛が成立すると思われるものの、泥酔男の意識はまだ戻らない。下手をすれば過剰防衛……最悪、傷害致死で引っ張って来なければならなくなる。
今まで何をやっていたのか分からないが、幼馴染みとの再会でそのような事にはなってしまうかもしれないと考えると、益々気が重くなる。
溜め息を吐きながら自分のデスクへ向かおうとすると、司令部から入電があった。
飛岡が電話を取る。
「はい、こちら水門署の飛岡……え、不審者通報。はい、えーと、六軒町の公園に、半裸の成人男性……はい、はい、分かりました。すぐに向かいます」
飛岡は玲子の方を見て、顎をしゃくった。
「私も行くんですかァ?」
「来てくれると助かる。何せ、その男、空手の稽古をしているみたいなんだよ。若し暴力なんか振るわれたらさ……俺より花巻の方が、こっちは強いだろ?」
飛岡は両方の拳を持ち上げて構える振りをした。
玲子は更に重たい溜め息を吐くと、飛岡のボディに軽くパンチを入れた。
「ウッ」
「ったく、情けないんだから、もう」
そのような訳で、眉をハの字にする後輩刑事と、その後輩のボディブローに身体をくの字に折る刑事二人は、現場に向かう事となった。
飛岡が車を運転して、助手席に玲子が乗る。
警察署から六軒町の公園までは、車で一〇分掛からない程度だ。
通報者は、既に現場を離れていた。
飛岡は路肩に車を止めて、公園の中に玲子と一緒に入ってゆく。
「……凄ぇな」
そこで、その男を見て飛岡が最初に発した一言は、それであった。
通報通り、半裸の男が汗だくになって、稽古をやっている。
空手の型を、演じているみたいだった。
「ナイファンチ……ですね」
玲子が、その型の名前を言った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
彼女の母は蜜の味
緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界
レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。
毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、
お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。
そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。
お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。
でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。
でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる