超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第二章 牙を研ぐ夜

第八節 敗  北

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 玲子は、そんな治郎が心を開く、唯一の相手であった。

 いや、心を開いている訳ではないかもしれない。だが、玲子が傍にいる事によって治郎が憎悪を覚えないという事は、他者から見れば充分にそのような表現が適応される。

 治郎がどれだけ嫌われても、自分だけは彼の味方でありたい。
 玲子はそのように思っていた。

 二人は同い年ではあるが、玲子は治郎の事を弟のように感じている。元から世話焼きな事もあり、実際に弟と妹がいる身としては、彼らよりも手が掛からないものの放って置けない身内が出来た、というくらいの事であった。

「明日は月曜日だし、早く帰って寝ましょ!」

 玲子が言う。
 治郎が頷いた。

 と、その二人の前に、一人の男が立ちはだかった。
 アロハシャツに、パンチパーマが目立つ男だ。
 先程、店の中で学院の空手部の連中に、無言で苛立っていた男たちの一人である。

「良いご身分だな、坊や。酒飲んで、女連れ込んで……だなんて、俺たちでさえ滅多に出来ねぇんだぜ」
「――行きましょ、治郎くん」

 玲子は治郎の手を掴んで、パンチパーマの男の横を通り抜けようとした。大方、酔っ払いがカップルのように見える二人を冷やかしに絡んで来たのだろう。

 その程度の認識をしていた玲子だったが、角刈りの男に前に立たれて、足を止めた。

「見せ付けてくれるねぇ、ガキの癖に生意気ィ」
「……何ですか、貴方たち。何か用ですか!?」

 玲子が声を上げた。

 チンピラだって高校生に絡んでいるのは、格好悪い事だと分かっている。玲子の声で道を行き交う人たちが反応すれば、彼らも退散する筈だった。

「強ぇんだって?」

 二人は、パンチパーマの男に前を、角刈りの男に左側を塞がれている。右手を見れば道はあるものの、その先は建物同士の隙間の突き当りだ。最後の逃げ道を塞ぐように、後ろから口髭の男がやって来た。

「坊や、空手、強ぇんだって? 矢でも鉄砲でも持って来いって? ヤクザが怖くないくらい?」

 口髭の男は左手で口髭を撫でながら、右手を服の内側に入れていた。手で握ったポケットの内側のもののお陰で、左の襟元が盛り上がり、そこに光るバッジが強調された。

 四角い縁取りの中に楕円を半分にしたような出っ張りがあり、この表面に“池田組”と刻印されていた。

「少しおじさんとお話ししようぜ、空手の先生さんよ」

 口髭の男が顎をしゃくると、逃げ出そうとした玲子の手首を角刈りの男が掴み、パンチパーマの男が治郎の肩に手を掛けた。

 二人はすぐそこの袋小路に連れ込まれた。

「離して下さい! やめて! 警察を呼びますよ!」

 玲子が、両手を後ろから角刈りの男に掴まれたまま、悲鳴のような声を上げた。
 治郎が路地の突き当りを背にして、パンチパーマの男と向かい合っている。

 表の通りに眼をやりながら、口髭の男が言った。

「大層お強いらしいじゃねぇか。一応俺たちも、こういう職業なもんでね、誰かに舐められたりする訳にはいかねぇんだ。折角だし、一手ご指南頂きましょうか。なぁ、木原」

 にやにや笑いながら、角刈りの男が両手を持ち上げた。素人丸出しの構えだった。

 治郎はふん、と鼻を鳴らして歩み寄って来る木原に対してコンビネーションで決める心算だった。
 ローキックで気を逸らした所に、ボディへの下突き、そして下がった顎を爪先で蹴り上げる。

 だがベタ足で治郎に近付いた木原が繰り出す顔面パンチを、ウィービング気味に避けようとした瞬間、治郎の膝ががくんと揺れた。

 治郎が蹴りを放つより早く、木原の二発目のパンチが治郎の顔を捉えていた。
 治郎の脳が揺さ振られ、コンクリートの上に倒れ込んだ。

「治郎くん!」
「へ――何でぇ、てんで弱いじゃねぇか」

 駆け出そうとする玲子を抑え付け、パンチパーマの男が笑った。

 木原は倒れた治郎の腹に、右足を振り下ろした。腹の中に溜まったものが、治郎の口から噴出した。

「餓鬼が、舐めた口、利いてんじゃねぇぞ! 空手なんか強くたってな、所詮てめぇみたいなのは、ただの糞餓鬼なんだよ! 生意気言ってんじゃねぇ!」

 木原はそう言うと、治郎の身体を何度も踏み付けて行った。その対象が腹から顔に移り、治郎の顔はあっと言う間に痣と瘤だらけになってしまった。

「やめて……もうやめて! やめて下さい‼」

 一方的に蹂躙される治郎を見かねて、玲子が涙声で叫んだ。暴れる玲子は、空手と共に学んで来た護身術を発揮する事もなく、パンチパーマの男に捕まったままであった。

 治郎がそのような無様を晒すのを見て、口髭の男は冷徹な笑みを浮かべていた。
 するとそこに、

「そのくらいにしてやったらどうだ」

 という、男の声がした。
 袋小路の入り口に、大きなシルエットが立っている。

 町の明かりを背中に受けて佇むのは、赤い髪をざんばらにした男であった。
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