超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第一章 来訪者たち

第八節 過剰防衛

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 傷の男と泥酔男との距離は、腕を折り畳んだ状態で肩に手を載せられるようなものだ。格闘技の間合いに当てはめれば、拳でさえなく、肘を使った技や、組み技を繰り出すのが相応しい近間である。

 だが傷の男は、敢えて蹴りを使った。ストレッチ素材のジーンズは、男の柔軟な股関節の動きを阻害せず、右脚をほぼ垂直に天に持ち上げさせた。

 肘打ちの間合いで、傷の男は泥酔男のこめかみに蹴り込んでいた。アルコールでむくんでいた脳が頭蓋骨の中でシェイクされ、泥酔男の意識が弾き出されてしまう。自立している事が出来なくなった泥酔男が受け身も取れずに倒れるのと、ほんの一瞬フィギュアスケートのキャンドルの姿を取っていた傷の男が足を地面に着くのは、ほぼ同時であった。

 傷の男は何でもないような顔をして、倒れた泥酔男と、暴行がやんで漸く顔を持ち上げた女を残し、人混みに紛れて行った。

 その様子を見ていた誰かが通報して、玲子が飛岡に呼び出される事となったのだ。





 飛岡は救急車を呼んで、脳震盪を起こした男を病院へ搬送した。泥酔状態での頭部への刺激による昏睡は、生命の危険がある。
 玲子は、その泥酔男に暴行を加えられていたという女性を、飛岡が運転するパトカーの後ろに乗って、警察署へ向かった。

 痴情のもつれという事であった。

 泥酔していた男は、無職の三二歳。昼間から酒を飲んだりパチンコ屋に入り浸ったりする上、遊び歩くのに多額の借金を抱えている。絵に描いたようなヒモだ。その上、同棲しているこの女性に対しては日常的にDVを加えていた。

 女性の方は二九歳。男とは、婚活パーティで知り合った別の男性からの紹介で、五年前から交際している。当初は男の方も多少真面目に働いていたそうだが、会社をクビになってからは現在のような荒れた生活を送るようになった。

 生活費や男の借金を払う為に、女性は仕事を掛け持ちしていたが、二年前に妊娠が発覚した。しかし子供を育てる金がないと憤った男の暴力を受けて、流産。産む心算でいた女性は、子供が出来れば男も少しは真面目になるだろうと、仕事も全て辞めてしまっていた。だが結果はそのようになり、男は働く事もせず、女を風俗店で働かせるようになった。

 その風俗店というのが、池田組傘下の悪徳店舗で、従業員が拒否するようなプレイもやらせて、給料もそれに見合ったものではない。

 この女性もつい最近、いきなり後ろに入れられそうになった。

 遂に我慢出来なくなった女が、店から逃げ出し、パチンコ屋で缶ビールをやりながら金をスッていた男を捕まえて言い寄った所、あのような事態に発展したという。

 この件に関して、先ずはDV防止法によって、女性を保護する事と、男性の女性に対する接近禁止並びに退去命令を出す事となった。男性に関しては傷害罪の現行犯でもある。

 更に、この女性の証言から、池田組傘下の風俗店に風営法違反の疑惑が生じており、これを通じて池田組への家宅捜索に踏み込めまいかと期待している。

 残る問題は、もう一人の男の事である。

 保護された女性を落ち着かせた玲子の先輩の婦警が、彼女の話を聞いて、泥酔男を昏倒させたもう一人の男の顔を教えて貰った。女性はもう一人の男の顔を殆ど見ていなかったが、顔に傷をいっぱい作った男という事は判明した。当時、現場付近には行き交う人も多く、その男の容姿についても情報はすぐに集まるであろう。

 問題となるのは、その傷の男をどのように扱うか、である。

 その傷の男が、泥酔男性を昏倒せしめた事で、女性に対するDVが発覚した。その事がなければ、女性はあの場でより苛烈な暴行を加えられていた可能性が高い。つまり、彼女の身を守る為に、泥酔男性に挑んだという事で、正当防衛が成立する。

 だが、傷の男は泥酔男性を昏倒させたままその場を去っている。しかも泥酔男性には生命の危険があり、死亡してしまった場合は傷害致死罪になりかねない。

 減刑は行なわれると思われるが、善意で人助けをした人間に前科を付けなければならないかもしれないと考えると、玲子は何となく気が重かった。

 尤も、相手の体調を考えずに技を繰り出した人間に対する憤り自体は、覚えてもいる。

 玲子も以前、空手をやっていた。高校時代は主にマネージャーとしての活動をしていたが、稽古には参加していたし、それがあるから、まだ若い今に刑事として荒事の多い現場にも出ている。

 だからこそ、人を傷付ける事を重視したように思える傷の男の事を、怒っているのであった。
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