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第一章 来訪者たち
第五節 おさんぽ画報
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「『おさんぽ画報』?」
名刺と一緒に渡された小冊子を、緑川はぺらぺらと捲った。
タイトル通り、散歩をしながら見付けたマイナーな店を紹介する雑誌らしい。
聞いた事のない、小さな出版社から出ているようだった。
喫茶店などのコーナーでは、この渋江杏子が飲食をしている写真や、彼女のコラージュが載せられており、華やかな装いであった。
「はい。こちらで紹介させて頂きたいんですけど、どうでしょうか?」
「うーん……」
緑川は首をひねった。
閑古鳥が鳴いている現状を憂えていると言えばそうなのだが、自分一人で、時々純や里美に入って貰っているだけの店が、雑誌で取り上げられて来客に増えられても手が回り切りそうにない。だがこの店に敗けないくらいのマイナー雑誌で紹介されたくらいで、そこまで来店客が増えるという皮算用が格好悪いとも思う。
文章もこの渋江杏子が書いているらしいが、コミカルながらも正確な描写で、楽しくすらすらと読む事が出来る。短時間で好奇心を刺激され、紹介された店に足を運んでみようかと思わせる文ではあった。
それでも雑誌の名前が売れず、店の繁盛も大して望めないのであれば、取材料を幾らか貰って店の足しにする程度の欲は出しても良いだろう。
とは言え若しもの事もある――緑川がそんな風に思案していると、杏子の方から言った。
「私、暫くこの町に滞在する心算です。なので、気が向いたらで良いですから、こちらに電話かメールを下さい」
と、杏子が名刺を指差した。携帯電話の番号と、パソコンのメールアドレスが書いてある。
「あ、ああ、気が向いたらな……」
緑川は名刺を仕舞い込んだ。
すると横手から、玲子が言った。
「珍しいですね……」
「ん?」
「いや、この辺りに何か、あるんですか?」
地元の人間からすれば、大して見所のない町だ。観光名所などはないし、海も山もそこそこ車を転がさなければない。名産品と言われてもぴんと来ないし、ドラマやアニメの舞台となっているという話もない。コンサートホールもないので、好きなアーティストが訪れる事もないのが、玲子は昔から不満だった。それに、表立っては報道されたりしていないが、この町は池田組が蔓延っている。
そういう町に、ふらりと来て、しかも何日か滞在する人間が、玲子には珍しいものとして映った。
「――この町とは少し、縁があって」
杏子は間を置いて、言った。
「以前、この町に来た時に、或る人にお会いしたんです。もう一度来れば、あの人とまた会えるかもしれないって……なんて、いい歳して、何言ってるんでしょうね」
照れたように笑みを浮かべて、頭を掻く杏子。
人の心の機微には鋭くない自覚がある玲子であっても、杏子の考えは何となく分かった。
「それじゃあ、連絡お待ちしていますね。あっ、ナポリタン、とっても美味しかったです!」
杏子は食事の代金を支払うと、逃げ出すようにして店を後にした。
彼女を見送って、緑川はふーむと唸りながら、『おさんぽ画報』を眺めていた。
手帳サイズの雑誌だが、ページごとの密度を薄くする代わりに枚数を多くしており、サイズと値段を見比べるとボリュームがあると言って良い。先程も感じたように、杏子の文も心地良く、単純な読み物としても面白かった。
それに、写真の素材となっている杏子も美人で、巨乳だ。緑川くらいの歳になると、そういう記事に弱くなってしまう。実際、杏子を記者として派遣したり、コラージュに使ったりしているのは、そうした意図があるからなのであろう。
「後で純に相談して、載せて貰おうかな」
と、緑川は言った。
「おっぱいですか」
コーヒーを飲みながら、玲子が言った。
「本当、おじさんッてスケベなんだから……」
「い、いや、違うぞ? ワシはこの冊子の出来の良さに感動してだな……」
「私、ここに来るのやめよーかなぁ」
「さ、里美ちゃんまで……そんな事になったら、路頭に迷ってしまうぜ」
「あははっ、冗談ですよ、冗談。マスターがスケベなのは知っていますけど、私は別にセクハラとかされた事ないんで、大丈夫です」
里美がそう言うと、緑川はほっと胸を撫で下ろした。
そこに、玲子が追い討ちを掛けてやる。
「里美さん、それでも若し何かあったら、私に言って下さいね。セクハラ罪で、逮捕しちゃいますから!」
「おいおい、勘弁してくれよ!」
懐から手錠をちらつかせる玲子に、緑川がハンズアップした。
そんな風に笑い合っていると、玲子の服のポケットでスマフォがヴァイブする。
一年先輩の、飛岡巡査からだった。
「仕事みたいです。それじゃあ、失礼します」
玲子は代金を支払って、店の外に出た。
電話取ると、早速飛岡巡査の声が聞こえて来た。
「はい、花巻……はい、はい、ええ、分かりました。すぐに現場に向かいます」
名刺と一緒に渡された小冊子を、緑川はぺらぺらと捲った。
タイトル通り、散歩をしながら見付けたマイナーな店を紹介する雑誌らしい。
聞いた事のない、小さな出版社から出ているようだった。
喫茶店などのコーナーでは、この渋江杏子が飲食をしている写真や、彼女のコラージュが載せられており、華やかな装いであった。
「はい。こちらで紹介させて頂きたいんですけど、どうでしょうか?」
「うーん……」
緑川は首をひねった。
閑古鳥が鳴いている現状を憂えていると言えばそうなのだが、自分一人で、時々純や里美に入って貰っているだけの店が、雑誌で取り上げられて来客に増えられても手が回り切りそうにない。だがこの店に敗けないくらいのマイナー雑誌で紹介されたくらいで、そこまで来店客が増えるという皮算用が格好悪いとも思う。
文章もこの渋江杏子が書いているらしいが、コミカルながらも正確な描写で、楽しくすらすらと読む事が出来る。短時間で好奇心を刺激され、紹介された店に足を運んでみようかと思わせる文ではあった。
それでも雑誌の名前が売れず、店の繁盛も大して望めないのであれば、取材料を幾らか貰って店の足しにする程度の欲は出しても良いだろう。
とは言え若しもの事もある――緑川がそんな風に思案していると、杏子の方から言った。
「私、暫くこの町に滞在する心算です。なので、気が向いたらで良いですから、こちらに電話かメールを下さい」
と、杏子が名刺を指差した。携帯電話の番号と、パソコンのメールアドレスが書いてある。
「あ、ああ、気が向いたらな……」
緑川は名刺を仕舞い込んだ。
すると横手から、玲子が言った。
「珍しいですね……」
「ん?」
「いや、この辺りに何か、あるんですか?」
地元の人間からすれば、大して見所のない町だ。観光名所などはないし、海も山もそこそこ車を転がさなければない。名産品と言われてもぴんと来ないし、ドラマやアニメの舞台となっているという話もない。コンサートホールもないので、好きなアーティストが訪れる事もないのが、玲子は昔から不満だった。それに、表立っては報道されたりしていないが、この町は池田組が蔓延っている。
そういう町に、ふらりと来て、しかも何日か滞在する人間が、玲子には珍しいものとして映った。
「――この町とは少し、縁があって」
杏子は間を置いて、言った。
「以前、この町に来た時に、或る人にお会いしたんです。もう一度来れば、あの人とまた会えるかもしれないって……なんて、いい歳して、何言ってるんでしょうね」
照れたように笑みを浮かべて、頭を掻く杏子。
人の心の機微には鋭くない自覚がある玲子であっても、杏子の考えは何となく分かった。
「それじゃあ、連絡お待ちしていますね。あっ、ナポリタン、とっても美味しかったです!」
杏子は食事の代金を支払うと、逃げ出すようにして店を後にした。
彼女を見送って、緑川はふーむと唸りながら、『おさんぽ画報』を眺めていた。
手帳サイズの雑誌だが、ページごとの密度を薄くする代わりに枚数を多くしており、サイズと値段を見比べるとボリュームがあると言って良い。先程も感じたように、杏子の文も心地良く、単純な読み物としても面白かった。
それに、写真の素材となっている杏子も美人で、巨乳だ。緑川くらいの歳になると、そういう記事に弱くなってしまう。実際、杏子を記者として派遣したり、コラージュに使ったりしているのは、そうした意図があるからなのであろう。
「後で純に相談して、載せて貰おうかな」
と、緑川は言った。
「おっぱいですか」
コーヒーを飲みながら、玲子が言った。
「本当、おじさんッてスケベなんだから……」
「い、いや、違うぞ? ワシはこの冊子の出来の良さに感動してだな……」
「私、ここに来るのやめよーかなぁ」
「さ、里美ちゃんまで……そんな事になったら、路頭に迷ってしまうぜ」
「あははっ、冗談ですよ、冗談。マスターがスケベなのは知っていますけど、私は別にセクハラとかされた事ないんで、大丈夫です」
里美がそう言うと、緑川はほっと胸を撫で下ろした。
そこに、玲子が追い討ちを掛けてやる。
「里美さん、それでも若し何かあったら、私に言って下さいね。セクハラ罪で、逮捕しちゃいますから!」
「おいおい、勘弁してくれよ!」
懐から手錠をちらつかせる玲子に、緑川がハンズアップした。
そんな風に笑い合っていると、玲子の服のポケットでスマフォがヴァイブする。
一年先輩の、飛岡巡査からだった。
「仕事みたいです。それじゃあ、失礼します」
玲子は代金を支払って、店の外に出た。
電話取ると、早速飛岡巡査の声が聞こえて来た。
「はい、花巻……はい、はい、ええ、分かりました。すぐに現場に向かいます」
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