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ヒメの章
開拓暦523年9月、王城、秘書官室
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ノックの音。
男はドアに駆け寄ると、来訪者よりも先に開けて満面の笑みで出迎えた。
「わざわざ来てくれてありがとう。ごめんよ、書類がなかなか見つからなくて」
廊下に立っていた人物はドアノブを掴もうとしていた手を下ろすと、同様に入室の挨拶を述べようとしていた口を閉じて、いえと小さいながらもはっきりした声で言った。
「お手間を取らせて申し訳ありません」
「いや、ぼくのせいだよ」
男はその人を招き入れ、椅子を勧めようとした。とはいっても、その部屋にあるのは向かい合わせに組み合わされたデスクが二つと窓以外の壁のほとんどを占める本棚と戸棚ばかりで、男は唯一空いていた自分の椅子を勧める。だが、あっさりと断られてしまった。それでも男は気にした様子はなく、何故かかえって嬉しそうに、それなりに整頓された机の上から一枚の紙を取った。
「さて、お待たせし……ん?」
机の上に向けられた視線に首を傾げる。
「どうかしたかい?」
「いえ……」
その人は目を逸らす。しかし、言わずにはいられなかったのか、冷めた目で真っ直ぐに男を射抜いた。それだけの力があるように男には感じられた。
「伺っていたより、ずっときれいですね」
「ああ、きみが来るからね。急いで掃除もしたんだ」
「そうですか」
返事は素っ気ない。男は内心で自分の底の浅さを呪いつつ、表面は微笑を保ったまま改めて紙を両手で持ち、賞状のように差し出した。
「おめでとう。約束のものだ」
「……ありがとうございます」
僅かに詰まった言葉は、その心情をよく表していた。これには男もどう返したものかと考えてしまい、ややあってから別の金属札を取る。
「隊に関する書類や印は前任者から引き継ぎをしてくれ。それからこれが、今回のことに対する恩賞についてなんだけど、金庫か何か持ってるかい?」
「はい」
「それじゃあ、これを持って財務部の方に行ってくれ。そうしたら、ここにある分が貰えるから。いつでもいいけど、早めに来てほしいらしいよ」
「分かりました」
「で、こっちは基地改築の許可証。間違って一緒に出さないように気を付けて」
「はい」
全て受け取ると、一歩下がって礼をする。そのまま出ていこうとするので、男は慌てて呼び止めた。
「ああ、待ってくれ。もう一つ、頼みが」
「なんでしょう」
「今回のことでこっち側に来た、」
「ジェイムスのことですか」
「いや、それとは別口でもう一人いるんだ。その子の面倒を頼みたくて」
眉を顰め、その子と呟く。
「まだ若いのなら、従軍せずともよいと思うのですが。それともまた特例を」
「いや、さすがにもう特例は使い果たしたかな。従軍さ。若いと言ってもそれほどじゃない」
「そうですか。分かりました」
「無理そうならいいから。あくまでぼくからの頼みだから」
ぼくからというのを強調したのだが、その人は無視をして承諾のみすると、今度こそ部屋から出ていった。男は少し悩んでから、ドアを開けて追いかける。
「待って! あと一つ!」
「なんでしょう」
「ハイスに料理屋さんができたんだ。よかったらこの後どうかな」
その瞬間、ただでさえ冷めていた視線がそれ以上に冷え切って、その人は踵を返した。
「私用で会う気はありません。失礼します」
「あっ、まっ――」
どこか怒ったような足取りに男は諦めると、後頭部を掻きながら凛としたその後ろ姿を静かに見送った。
「……私用じゃなければ、いいってことかな」
『任命書
北方城壁防衛軍白兵隊隊員クレア・クォントリル
貴殿を、北方城壁防衛軍白兵隊隊長に任命する。
国王 Edmund Mill
Irene Mill
将軍 ホセ・メンギスツ』
「まずは一歩……」
小さく舌打ちし、その人は二王の印の入った紙を躊躇なく破り捨てた。
〈ヒメの章 終〉
男はドアに駆け寄ると、来訪者よりも先に開けて満面の笑みで出迎えた。
「わざわざ来てくれてありがとう。ごめんよ、書類がなかなか見つからなくて」
廊下に立っていた人物はドアノブを掴もうとしていた手を下ろすと、同様に入室の挨拶を述べようとしていた口を閉じて、いえと小さいながらもはっきりした声で言った。
「お手間を取らせて申し訳ありません」
「いや、ぼくのせいだよ」
男はその人を招き入れ、椅子を勧めようとした。とはいっても、その部屋にあるのは向かい合わせに組み合わされたデスクが二つと窓以外の壁のほとんどを占める本棚と戸棚ばかりで、男は唯一空いていた自分の椅子を勧める。だが、あっさりと断られてしまった。それでも男は気にした様子はなく、何故かかえって嬉しそうに、それなりに整頓された机の上から一枚の紙を取った。
「さて、お待たせし……ん?」
机の上に向けられた視線に首を傾げる。
「どうかしたかい?」
「いえ……」
その人は目を逸らす。しかし、言わずにはいられなかったのか、冷めた目で真っ直ぐに男を射抜いた。それだけの力があるように男には感じられた。
「伺っていたより、ずっときれいですね」
「ああ、きみが来るからね。急いで掃除もしたんだ」
「そうですか」
返事は素っ気ない。男は内心で自分の底の浅さを呪いつつ、表面は微笑を保ったまま改めて紙を両手で持ち、賞状のように差し出した。
「おめでとう。約束のものだ」
「……ありがとうございます」
僅かに詰まった言葉は、その心情をよく表していた。これには男もどう返したものかと考えてしまい、ややあってから別の金属札を取る。
「隊に関する書類や印は前任者から引き継ぎをしてくれ。それからこれが、今回のことに対する恩賞についてなんだけど、金庫か何か持ってるかい?」
「はい」
「それじゃあ、これを持って財務部の方に行ってくれ。そうしたら、ここにある分が貰えるから。いつでもいいけど、早めに来てほしいらしいよ」
「分かりました」
「で、こっちは基地改築の許可証。間違って一緒に出さないように気を付けて」
「はい」
全て受け取ると、一歩下がって礼をする。そのまま出ていこうとするので、男は慌てて呼び止めた。
「ああ、待ってくれ。もう一つ、頼みが」
「なんでしょう」
「今回のことでこっち側に来た、」
「ジェイムスのことですか」
「いや、それとは別口でもう一人いるんだ。その子の面倒を頼みたくて」
眉を顰め、その子と呟く。
「まだ若いのなら、従軍せずともよいと思うのですが。それともまた特例を」
「いや、さすがにもう特例は使い果たしたかな。従軍さ。若いと言ってもそれほどじゃない」
「そうですか。分かりました」
「無理そうならいいから。あくまでぼくからの頼みだから」
ぼくからというのを強調したのだが、その人は無視をして承諾のみすると、今度こそ部屋から出ていった。男は少し悩んでから、ドアを開けて追いかける。
「待って! あと一つ!」
「なんでしょう」
「ハイスに料理屋さんができたんだ。よかったらこの後どうかな」
その瞬間、ただでさえ冷めていた視線がそれ以上に冷え切って、その人は踵を返した。
「私用で会う気はありません。失礼します」
「あっ、まっ――」
どこか怒ったような足取りに男は諦めると、後頭部を掻きながら凛としたその後ろ姿を静かに見送った。
「……私用じゃなければ、いいってことかな」
『任命書
北方城壁防衛軍白兵隊隊員クレア・クォントリル
貴殿を、北方城壁防衛軍白兵隊隊長に任命する。
国王 Edmund Mill
Irene Mill
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小さく舌打ちし、その人は二王の印の入った紙を躊躇なく破り捨てた。
〈ヒメの章 終〉
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