短編小説集

『雨』

　パラパラ、ザアザアと雨が降る。
「きゃー」
閉店した店の軒先にショートヘアの萌（もえ）が黄色い声で駆け込んできた。
そこには急な雨をしばし逃れようと、大きな荷物の主婦らしき女性と
小学帽をかぶる男の子二人がいた。
「線状降水帯の雨よ、どうしょうもないわ、ちょっとだけここで待機させてもらいます」
そうつぶやき主婦は肩の荷物をかけ直す。


　雨はやまない。
男の子は敷石を台にしてカードゲーム遊びをしている。
その遊びに見入っていた主婦は萌に話し始める。
「私、幼いころから少女マンガや可愛い絵を見るのがたまらなく好きだったの。
現実には、大学を卒業してOLをちょっとやって結婚。
そういうのを描きたくて、基礎デッサンから習い続けているの」
そして、大きな画板らしき荷物をポンポンと軽くたたいてみせる。
「でも長い間、簡単な一つまともに着彩できないの。
上手な人は形・色がみずみずしくて元気にはずんでいる様な描けるの。
画材の固有の持味も出せる。
壁を越えれず、逆にやればやるほど失望が増え、自分の無様さが嫌になり、
絵を何度辞めようと思った。
ま、今もなんとか続けてる。意気地だけはしっかりと心の底に居て、それに惚れたわ。
随分と話を聞いて頂いてありがとうございます。
あ、ごめんなさい、おばさんの話はすぐに忘れて下さいね（笑）」
うんうんと、萌は聞く。


　雨が止み、晴れ間だ。強い日光がまぶしい。アスファルトのむせる匂いがする。
主婦は萌へ「あそこに次の遠雷が鳴っているんで、早く」とバイバイをしながら出ていった。
萌は乾いていく道を歩き出す、しかし頬は濡れていく、涙のせいだ。
それは、幼いころからお菓子好きの萌が製菓学校を現在休学中で、
長らく具材の素材感を出す調理ができず、そもそも製菓が好きなのかも分からなくなってしまい、進路変更するかどうかを悩んでいたから。
紫陽花（あじさい）が凛々しい様でぶるんと水滴を落とした。