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米の本土の空遠く、決戦あると(死)人の言う

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 真実を在りのままに受け入れる事、それはサイエンスの基本である。在る物はどんなに否定しても存在を消す事は出来ない。



 これまで、大日本帝国の悪行を押し留めようとした人々は、現在の帝国を理解する発想を持ちえないと散々に語ってきた。



 今世界に攻め寄せて来ている物、それは在るべきだった未来。少なくとも全面核戦争を行わなかった人々が、長い休戦期間の中で築き上げてきた想像の産物であるからだ。



 妄想と言っても良い。現実領域に魔法は存在せず、死人が歩き出す事などあり得ない。過酷な現実を生きる上でそんな物が闊歩する世界を考え、まして出版や撮影する暇はない。

 

 在るべき世界では、薄氷の上を歩く様な奇跡と人々の努力の結果、妄想の世界は大いに花開き、一大産業になるまでに成長を遂げ、世界の人々は想像の産物たちを親しい隣人と思える様になったと言える。



 この世界では違う事はこれまでのバカ騒ぎでご存じだろう。世界の帳を超えてやって来た妄想世界の住人たちは、迷惑と恐怖を振りまいている。



 殴り込んで来た攻撃的で侵略的な妄想に世界は蹂躙されたのだ。



 実際対抗手段は限られていた。辛うじて対抗手段を編み出した合衆国でさえ、古来の信仰に頼り、国内の教会組織を酷使する事ぐらいしかできなかったのだ。



 常識的で科学的、理性と積み上げて来た技術に基盤を置く、まごうことなき世界最強の国家は戸惑っていた。



 合衆国は科学立国だ。似非科学やオカルト紛いは確かに存在しても、それが国家の中枢を侵す事など、史実の様に何処かの赤い国とパラノイア染みた競争でもしない限りあり得ない事態だ。



 アメリカ合衆国は科学と資本主義の大国である。持てる者、強者、ルールを守る者ではなく作る側なのだ。其処に付け目がある。



  世界に門戸を開いてから今に至るまで、劣等感(COMPLEX)を拗らせている自称アジアの一等国(ALPHA)は史実に置いてもこの世界に置いても合衆国を信頼していた。



 それは大きな誤解である。合衆国の本質は被害者気質なのだ。元植民地の生れで常に主人からの報復に怯えて生きて来た過去がある。



 其処には恐怖がある。恐怖故に国家は巨大化し、国民は銃を求め、修正第2条を頑なに守っている



 「本土を侵される」「今一度奴隷の身分になる」「権利を土地を奪われる」「やって来た事の報復を受ける」



 合衆国は本質的に深刻な心的外傷を負っているの。過剰なマッチョイズムはそれを隠す為である。



 そのトラウマをコレでもかと穿り回したのが今回の日本帝国である。合衆国の被害妄想は閾値を遥かに超えていた。



 合衆国は今や素面ではない。素面でないからこそありとあらゆる手段を試す事にしたのだ。出なければ大統領初め軍高官までも三流紙を買いあさって熟読などしない。熟読した上で、胡乱だろうが何だろうが効きそうな事は全て試して来た。



 官民挙げてである。インディアン居留地にドリームキャッチャー生産工場を立て、フーバーダムに祭壇を築いて一大ミサを挙行して聖水の大量生産、今まで以上に聖別兵器の生産は拡張され、印刷所は聖書の大量印刷に動員される。



 飛ぶように売れる十字架、南部でブードゥー司祭が強制連行、欧州壊滅により行き場を失った銀鉱石を南米から武器給与と引き換えに彼らは毟り取り始めた。



 それだけではない。銃を突き付けてでも国内のオカルティストを動員した上、国内に居住する作家と言う作家に怪奇作品を書けと圧力まで掛ける始末だ。これにはヘミングウェイまで協力したらしい。



 傍で見ると馬鹿である。戦争には何の寄与もしそうにはない。だがこの世界では成果が上がってしまったから大変である。



 純銀の十字架を握ってみろと労働組合に囲まれた工場主が火傷を負った事態の報道を皮切りに、国内では大資本家へ聖水を掛けるテロが横行、勿論の事日本総領事と大使には大量の水風船が投げつけられている。



 白煙を上げて大使館に逃げ込んだ日本大使、白昼燃え上がった大手銀行頭取、姿を晦ました新聞王、暴徒が踏み込んだ私邸から大量に発見された白骨の山、州知事が州警察に圧力を掛けて黙らせていた浮浪者や娼婦の行方不明事件にFBIの本格捜査の手が入る。

 

 合衆国国民は愕然としたのだ。若さと発展の明るさの影で自分たちは貪られ続けていたのだ。こうなるとパニックである。



 政府はこれに対して徹底的な対策で国民を抑え込む事に奔走する。史実赤狩りも合衆国には大変な混乱を齎したが魔女狩りとなると混乱はその比ではない。



 一つ朗報があるとすれば、赤は思想なので見分けは付かないが、魔女と悪鬼は聖水に漬けるか聖書で殴り倒せば正体が露見する事ぐらいであろう。であるので混乱は意外と早く収束の兆しを見せ始めた。



 困ったのは悪の黒幕たちである。バレはしないと高を括っていた浸透工作が次々と露見し情報網はズタズタにされてしまった上、大使追放まで事はエスカレートしたのだ。



 大使の追放まで行くと日本本土で報道しない訳にはいかない。理由は何とでも工作出来るが不信に思う者も出てきている。そうなると理由を調べようと勇気ある者も出て来る。無暗にこれを始末していれば国民は更に不信を高めていくだろう。



 



 「困りしまたね。下手な鉄砲ですが、あれだけ乱射されると米国内に施していた魔術式が使い物になりませんよ」



 皇居地下暗黒の会議の場、そこで永山はほとほと困ったと言う顔で愚痴る。近ごろは遠見の水晶の調子も永山の記憶にある白黒テレビより悪い、日に三度は斜め三十度で叩かないと映像が切れる始末だ。



 「だから困ったではないよ永山君。これからどうする?」



 同席する会議の長、帝国の魔王も困り顔である。



 「こっちから仕掛けます?理由はいいでしょ大使追放の報復とそんなとこで、ねぇ野村さん?」



 「失礼ながら発言を許して頂ければ、私もそれで良いかと。おー痛い、、、暴徒共、帰りの船まで追いかけてきて聖水やら十字架やら投げつけきて酷い目にあいました。応援に来ていた来栖君など直撃を受けてまだ棺桶で臥せっているのですから、外交常識に欠ける連中ですよ全く、、娼婦の百人や二百人消えた所で良いではないですか、、、普段は同じ人間扱いしてい癖にこんな時ばかり、命の尊さがどうとか喚きおってからに、、、」



 酷い事を言っているのは、同じく席上の元追放系大使である野村吉三郎である。彼の顔は未だ焼け爛れており、痛みを誤魔化す為に卓上にある搾りたての一品をがぶ飲みしている。大使追放後、外務次官に任命された彼は不満たらたらである。



 「陸軍としても、同意見です。このまま手を拱いておりますと、ハワイに潜ませている特務が駆逐され兼ねません。フィリピン方面は心配はないでしょうが、当初の作戦案の大規模な変更を余儀なくされる事は必定と思われます」



 「海軍としても同じくです。現在の米国の建造ペースから見て、艦隊決戦に持ち込んでも撃ち漏らしが出る事は避けられません。本土の航空部隊で撃滅は可能でしょうが、例の核兵器が投下される危険性があります。それだけは避けたい。米国が核兵器の量産に踏み切っている以上、南洋方面の残置部隊にしても島ごと焼き払われては手の出しようがありません」



 「もうこの際だから殺っちまいましょうよ」との永山、野村の無責任の声に同意したのは、陸軍参謀総長東条英機、海軍軍令部総長及川古志郎の陸海のトップである。



 両名とも前任者が死ななくなった手前、いつ何時「その席返せ」と追い立てられるかもしれないので、さっさと決着を付けて対米戦勝利の名声が欲しいとの欲もある。虎視眈々と復活を狙う山形・東郷等が市ヶ谷と赤レンガを漂ってもいるのだから必死である。



 さて此処で少し、帝国陸海軍の対米作戦に付いて掻い摘んでおこう。



  両軍とも怒り狂った米軍が大兵力で本土に迫って来るのを、本土ギリギリで迎撃する腹積りであった。



 損耗など気にならない、有らん限りの兵力で全力迎撃し、殺った端から回収し戦力倍増、殺られた所で復活再投入。南洋諸島など鼻から見捨て、残置部隊を隠しておく、なに既に死んでいるから何年でも待てるし補給もいらない。



 敵が喜んで上陸占領、帝国本土進攻の一大拠点にした所で「ばぁ!お化けだぞ!」で美味しく戴く。人口希薄地帯はそんな感じで防御し、本土直撃か台湾・沖縄方面に侵攻してくるならば無数に回収、、、養成した航空隊の出番である。



 迎撃される?エセックス級がダース単位で来たらどうする?大丈夫だ。米国製で有ろうとソ連製であろうとあるいは新式の、機械なんだか腐った死体なんだか分からないのも、飛べるならば全部爆装して「体当たりさせる」



 問題などない全て死者しか乗っていない。詰まりは片道千キロ近い誘導ミサイルが数百単位で襲ってくるのだ。(安心して欲しい生者は後方で迎撃だけしている)



 これを耐えきれる艦隊など存在するだろうか?パイロットは戻ってくるので再出撃して何度でも襲ってくる。



 果てしの無い消耗戦、しかもこちらが殺られたら敵になって戻って来る。傷つき補給しに戻るとそこは既に虐殺現場だ。



 この様な作戦で丸々と肥え太った帝国海軍は同じく膨れ上がった陸軍を護衛し、アラスカ方面に陸軍を遺棄、、、ではなく上陸させて、米本土を侵そうと考えていた。



 その戦略がこのままであると崩れる。魔女狩りにより消滅しつつある諜報網は合衆国が徹底的に帝国の挑発を無視し、大量の核兵器備蓄を初めている事を捕らえていた。



 彼らは一気に型を付ける積りなのだ。帝国の消耗戦などには決して乗らず、島々を核で浄化しながら、本土に迫り、キャパオーバーの大兵力で核を帝国本土に乱れ撃つ積りだ。



 これをやられると不味い。大日本帝国の臣民が全て幽霊だけになってしまうし、下手をすると更地になった本土に塩ならぬ聖水の雨でも降らされ兼ねない。それ程に彼らは本気なのだ。



 「「やべぇ、、、怒らせすぎた」」



 と思っても後の祭りである。事此処に至れば先に撃たせて被害者ぶるなど甘い考え等捨てざるを得ない嫌だけど。



 「連合艦隊全部で押しかけます?」



 「迎撃されるのがオチだ。敵は英残存艦隊まで加えている。米本土で沈められたら回収もできんぞ」



 「陸軍の全員で輸送船で万歳突撃しては?」



 「なんだねその万歳突撃とは、片っ端沈められるよ。我々はまだ成仏したくない。真面目に考えてくれよ永山君」



 「何方か風船に括り付けてジェット気流で米本土に、、、」



 「途中で落ちたらどうする!第一!今までと違い一人や二人送り込んでも銀の弾丸で出迎えられるだけだ」



 「海軍の大艇で占領したハワイから空挺を、、、」



 「ハワイを焼き払われる。奴さん方本気だ。それくらいする。カナダを見たろ、保証占領したんだぞ彼らは」



 「南米を襲う理由も捻りだせん。どうしたものか、、、、」



 議論百出するも答え無し。皆が頭を抱えていた。縛りプレイとは此処まで難しかったか、味方に譲歩するのも癪である。取り分が必ず減る。特にイギリスは要注意だ。彼の地の王は人間止めてからトンデモナイ腹黒さで、欧州の死者たちに働き掛けては旧植民地に工作を行っている油断も隙もない。



 混迷を極める会議。それを打ち破ったのは玉音であった。



 「詰まり、大兵力を一気に米本土に持っていければ良いわけだね」



 議場の視線が帝王の方を見る。魔王は酷く楽し気であった。



 「朕、、、私もねぇ、覚悟を決めようと思うんだ。世界を思うさまに弄んだのだから、一度くらい身を挺さないと、これまで踏みしだいてきた人々に申し訳がない」



 玉音は優し気ですらあった。思わずスチャラカにやってきた面々も下を向いてしまった。急に酔いが醒めた気分だ。



 (はぁ、やっぱエライ人はなんか違うね。僕はここで自分がやりますとか言えない。でもぉ?どうすんだろ?」



 永山も同じく内心で感心していた、、、、この時までは。



 「と言うわけだ。珍田やれ」



 永山が感心した一瞬、玉音は冷徹なる魔王の宣言に変わった。魔王の脇に音も無く控えていたエルダー侍従珍田捨巳が永山をその冷たい手で捉えたのである。



 「な、なにをする~!裏切り!裏切りですか陛下!こんな所で!」



 「違う、違う、私の案を聞いたら永山君絶対逃げると思うから、その為の予防措置だよ。珍田、魔法で逃げられると不味いから猿轡をしてくれ。ではいこうか」



むぐぅ、むぐぅと呻きながら暴れる永山はドナドナされて行く。暗黒の議場に集った悪鬼たちはそれぞれの方式で敬礼しそれを見送るのであった。
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