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辻正信の苦難
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悪魔と取引したのは、なにも大英帝国だけではない。史実でもディフォルトで取引をしていた枢軸の皆さまは契約更新を悪魔とした。
「えー、では最後に我が機動要塞の中心部であるエンジン部分の見学に移らせて頂きます」
案内である大日本悪徳契約帝国陸軍中佐である辻正信は物珍しげにキョロキョロする集団に呼びかけた。
(なんで吾輩がこんな事せにゃならんのだ!こんな仕事、参謀のする事ではない!上はなにを考えているんだ!)
内心でブーブー言いながら。
英国が魔界兵器の大量生産を決意する少し前、ロシアの大地を蹂躙していた邪神の先兵たちは満州の地へと大半が帰還していた。
大日本帝国と愉快な仲間たち、この度「帝国連盟」と名前を改称した集団は同じく赤い熊を貪っていたナチスドイツと幾つかの偶発的な戦闘を生起させており(血しぶき上げながら人を貪り食う巨大兵器に恐慌をきたしたドイツ兵が発砲しただけだが)その緊張緩和の為の処置である。
永山曰く「終焉の時」はまだらしい。
ドイツは猛抗議してきたが、連合艦隊の後から自軍の数十倍の軍勢が集結し押される形で結局は突破できなかったスモレンスクの付近で睨み合いとなると、これ以上の損耗は無駄と考え、大人しくソ連分割の交渉の席に着いた。
折角手、広大な土地を手に入れ、楽しい開発と奴隷への鞭打ちタイムが目の前にあるのに、巨大怪獣に丸かじりは嫌だったのであろう。
(大体、なんだこの日程は!犬猿処ではない連中の日程をなんで一緒にするんだ!)
戦争は終わったわけではない。イギリスは遂に勢力圏である中東がドイツと接する羽目になり、死者の大行進をイランに送り付けて保証占領の暴挙に及び、バクー油田確保に急ぐドイツと睨み合い、 対するドイツも大車輪で占領地での殺戮を敢行し、産地直送の死体を積み上げて「下手な事するならスエズに雪崩込んでやる」と鼻息が荒い(怒涛の対ソ戦に将兵共に疲れ切り、荒いのは総統だけの様な気もするが)
エジプト戦線に続き中東でも新たな戦線が構築された訳だが、空く迄、補助戦力であるとの認識が未だ消えない死者の軍勢は集まるが、主戦力である生者の軍隊の集まりは悪い。
ドイツは前述の通り、激戦に続く激戦で疲れ切りとても満足な作戦行動は取れそうも無く、イギリスはイギリスで未だフランス防衛戦でのダメージは抜けきらないのが本音なのだ。
其処に今回、回天の新兵器、衝撃の登場である。地獄の悪魔と取引した宰相も、住処が地獄と直結している総統も如何に早くこの新兵器を生産するかで焦っている。
であるから連合枢軸共に視察団を遠く満州の地迄派遣している。当然であるが前回「どうぞ我が国の新商品をご覧下さい」と言われたアメリカも陸海でど付き合いと口論をしながらの参加だ。
所で、同じ国同じ予算を分け合う中の米陸海軍は何故にどつき合う?そう思われるだろう。犬猿の仲なのは何も史実大日本帝国や、エンペラー鮫ゾンビトーネードに巻き込まれて仲良く流されたこの世界の帝国陸海軍だけではない。
合衆国の陸海対立も相当な物である。特に現大統領が海軍に友好的で理解ある彼ピであるから、中西部生れの赤毛ソバカス付き(貧乳)田舎娘の様な陸軍の、東海岸で育った金髪(巨乳)令嬢の如き(陸軍主観)海軍への嫉妬は凄まじい物がある。
そう陸軍には未だ乳(予算、戦力、人員)が足りない。正式参戦していない、この世界の米陸軍は史実の様なバイーンでドカーンな乳は無い。ともすれば史実の帝国陸軍(目がグルグルしている眼鏡オサゲ陰キャ切れたらナニしでかすか分からんドルオタ)の方が乳がある。
一応ステーキと牛乳(動き始めた合衆国戦争機械と準動員体制)もりもり食べてムクムクと乳も尻も膨れてきたがまだ足りない。だが足りないのだ旧大陸のパーティ会場(死体と生者の乱交)に殴り込むには足りない。
其処に現れた新しい玩具である。
現在絶賛乱闘中の各国陸軍と同じく、合衆国陸軍も陸軍国の戦線をたった数十隻で破砕したかに見える(仮装巡洋艦型の方が遥かに多いがインパクトが巨艦と商船改造では違うのだ)新兵器に米陸軍も目をキラキラさせた。
そして、目をキラキラさせた彼らに黒い影が近づくのも早かった。
「どうです、我が国の新兵器?あっ!これ大まかなスペックです。これですねぇ、艦艇を転用できるんですよ!凄いでしょ!御国の海軍にも旧型艦は幾らでもありますし、転用できるなら、御国でしたらすぐさま陸上戦艦の群れができますなぁ?なけなしの海軍を陸に上げた我が国と違い、貴国はその様な事しなくても余裕がある。ああ羨ましい」
黒い影、米国に派遣されている日本帝国の武官たちは甘い言葉を囁いた。魅力的な言葉である。近年の情勢により日米間は友好的で太平洋艦隊は削減しつつある。
勿論その分は対独戦への参加の気配濃厚となった今、大西洋へと回されている。このままで行けば両洋艦隊の比重は大きく変わる。そして枢軸国は大した海軍など持っていないのだから、更新の決まっている旧式艦艇を温存する必要などない。
「「要らないなら欲しいなぁ。ねぇ海軍さ~ん」」
ネットリした視線とネコナデ声が陸軍上層からでるのに時間は掛からなかった。気の早い将官などはワーキンググループを密かに作り「儂の考えた最強の機動要塞」を研究し始めた位だ。
陸軍の某P将軍やフィリピン在住のM大将などは戦艦模型をデスクに置いてニヤニヤしているともっぱらの噂である。
将官でこれなのだ。佐官以下となるともっと露骨である。今までは「なんだあんな玩具!ドイツ相手に必要か?戦車を作れ戦車を!」と言っていた陸軍兵たちが海軍兵に妙に慣れ慣れしくなり、艦艇の住み心地はどうだとか、給料はどうとか聞き始め、これまたネットリした視線でジェーン海軍年鑑を回し読みしながら、これが欲しいだのこいつはどうだとか言い始めている。
これに対して海軍は穏やかでいられない。穏やかでいられないというか、隣に強盗の集団が越して来たと言う気分。しかも強盗共は人の家財から妻子まで「何れ俺の物になる」と言う目で見てきている。
見てきていると言うか確実に強盗計画を立てている。であるならショットガンを用意しなければいけない。いやそれでは足りない。少なくと共20mm以上の弾を撃てるのが必要なのだと心に決めている。できる事なら月迄吹き飛ばしてやる為、40㎝主砲を庭に据えて置きたい。
この様な事態に及び、両者は掛かる事態を引き起こした連中に陸軍が先走り。後を猛追する形で海軍が視察団を送りだした。合わせて国内では熾烈な議会工作が始まっている。
(そんな連中を一緒にするな!)
そんな訳で、今回の視察で案内する連中のギスギスした空気を感じながら辻は内心で叫びを上げる事になっている。
先々週は独英、先週はイタリアと自由フランス、今週初めにはブルガリア、ハンガリー等のいがみ合う東欧枢軸一行と今にも掴み合いを始めそうな連中ばかりを上は送り付けてくる。
今日の米国陸海合同視察団は更に空気が悪い。
(第一なんで吾輩なんだ!吾輩の専攻はロシア語だぞ!適任者は他にいるだろうが!)
彼が悲鳴を上げるのも分かる。通訳は居ると言うのに軍事用語となると専門家が必要だと言われ、全て辻に押し付けられている。
(それもこれもあいつのせいだ!なんだ死霊術とは!これは吾輩の帝国陸軍ではない!どこもかしこも化け物だらけではないか!)
この様な事態になったのは理由がある。彼の内心が示す通り、辻正信と言う男は帝国でも少数派になりつつある死霊術利用反対の最右派なのだ。
今更ではある。だが男、辻には許せない。特に許せないのは明らかに己より無能な奴らが出世して行く事だ。何故に優秀な事は確かな(参謀に適正かどうかは別として)彼が出世コースから脱落したかには訳がある。
驚いた事に、これだけ化け物の蔓延る事になった帝国軍でも吸血鬼に転化した物は意外と少ない。初めのうちは有頂天魔界転生祭りを行こなっていた始祖たちも、段々と冷静になって来ると己の子供を増やす事に厳選を重ねる様になっていたからだ。
牟田口でさえそうだ。何故ならば永遠に生きる物は(仮初だが)何時かはライバルになるかもしれない。であるなら血族には出来うる限り野心を持たない者が望ましい。
其処にいくと辻は論外だ。暴走特急を血族に加えたらラオスの奥地で王国を築き始めかねない。であるので彼は撥ねられている。
撥ねられているが、その気骨は面白いので遊ばれている(夜の貴族は人の人生を弄ぶ娯楽が大好きなのだ)
遊び方は情報封鎖である。彼、辻正信は大方の帝国臣民と同じく帝国の支配者は不死者である事など知らない。魑魅魍魎の類がうろついているのは知っているし、内地に戻ったさい学習院終身学長に就任した乃木さんの亡霊にだってサインを貰いに行っている。
だが知らない。自分の上司が大体は血を吸う悪鬼だとは知らないのだ。だから陸軍が服装規定に色眼鏡をOKした事にプンプンし、謹厳実直が旨の佐官が夜遊びをしまくる事に憤慨している。
哀れなるかな辻正信!何でも他に瀬島とか長等の同類も居るらしいが、一番小突き回されているのは彼だ。どんなに小突いても諦めない処か食って掛かってくる所が面白いとは誰が言ったか?
「終わった、、、疲れた、、、ホントに掴み合う馬鹿がいるか、、、これがヤンキーとか言うのか?」
如何にかこうにか視察団を送りだした辻は疲れ果てて寝台に倒れ込んだ。最終日の懇親会など最低だった。酒の回った米陸軍将校が「これなら問題なく陸軍のみでも動かせますな」等と口を滑らせたのだ。
その時の米海軍側の目と言ったらない。あれは親の仇を見た目だ。その後は凄まじい勢いでまくし立てて「いや、日本側は陸海半々で動かしているのだから海軍が運用しても問題ない!むしろ陸兵がいるのが可笑しい!他国の制度を丸呑みになどできない!そも君たち航法の一つもできるのか!」
と食って掛かった。そうなると売り言葉に買い言葉と言う奴で「予算!」「裏切者!」「俺の嫁をお前などに渡すか!」「古女房を貰ってやるのだ、有難く思え!」「間男がデカい口叩くな!」「なんだと田舎者!南部に帰れ!」「陸軍を馬鹿にするか貴様!」
と遂に掴み合ってあわや乱闘となるところであった。止めに入った辻には髪を掴み合って暴れる女の喧嘩を幻視した気がするほどだ。
「陸軍辞めようかな吾輩、、、」
ポツリと思わず呟く彼、英独の凄まじい嫌味の応酬も、ホントに殴り合うかと思う程剣呑だった東欧一行も正直付き合いきれない。彼は疲れていた。
そんな彼の耳に居室の扉を叩く音が聞こえる。
「中島曹長入ります!」
「入れ」
入ってきた曹長(例の色眼鏡を掛けている)に嫌な物を覚える辻。だがそこは佐官であるから瞬足で威儀を正して答える。
「なんだ?」
「はっ、山下閣下がお呼びであります!至急司令室までお越しください」
「わかった、直ぐに行く」
「はっ失礼します」
用件を告げ出て行く曹長を見送り、絶対に碌な事にならない事をなぜか確信できる辻。彼の苦難が続くのは確かな様である。
「えー、では最後に我が機動要塞の中心部であるエンジン部分の見学に移らせて頂きます」
案内である大日本悪徳契約帝国陸軍中佐である辻正信は物珍しげにキョロキョロする集団に呼びかけた。
(なんで吾輩がこんな事せにゃならんのだ!こんな仕事、参謀のする事ではない!上はなにを考えているんだ!)
内心でブーブー言いながら。
英国が魔界兵器の大量生産を決意する少し前、ロシアの大地を蹂躙していた邪神の先兵たちは満州の地へと大半が帰還していた。
大日本帝国と愉快な仲間たち、この度「帝国連盟」と名前を改称した集団は同じく赤い熊を貪っていたナチスドイツと幾つかの偶発的な戦闘を生起させており(血しぶき上げながら人を貪り食う巨大兵器に恐慌をきたしたドイツ兵が発砲しただけだが)その緊張緩和の為の処置である。
永山曰く「終焉の時」はまだらしい。
ドイツは猛抗議してきたが、連合艦隊の後から自軍の数十倍の軍勢が集結し押される形で結局は突破できなかったスモレンスクの付近で睨み合いとなると、これ以上の損耗は無駄と考え、大人しくソ連分割の交渉の席に着いた。
折角手、広大な土地を手に入れ、楽しい開発と奴隷への鞭打ちタイムが目の前にあるのに、巨大怪獣に丸かじりは嫌だったのであろう。
(大体、なんだこの日程は!犬猿処ではない連中の日程をなんで一緒にするんだ!)
戦争は終わったわけではない。イギリスは遂に勢力圏である中東がドイツと接する羽目になり、死者の大行進をイランに送り付けて保証占領の暴挙に及び、バクー油田確保に急ぐドイツと睨み合い、 対するドイツも大車輪で占領地での殺戮を敢行し、産地直送の死体を積み上げて「下手な事するならスエズに雪崩込んでやる」と鼻息が荒い(怒涛の対ソ戦に将兵共に疲れ切り、荒いのは総統だけの様な気もするが)
エジプト戦線に続き中東でも新たな戦線が構築された訳だが、空く迄、補助戦力であるとの認識が未だ消えない死者の軍勢は集まるが、主戦力である生者の軍隊の集まりは悪い。
ドイツは前述の通り、激戦に続く激戦で疲れ切りとても満足な作戦行動は取れそうも無く、イギリスはイギリスで未だフランス防衛戦でのダメージは抜けきらないのが本音なのだ。
其処に今回、回天の新兵器、衝撃の登場である。地獄の悪魔と取引した宰相も、住処が地獄と直結している総統も如何に早くこの新兵器を生産するかで焦っている。
であるから連合枢軸共に視察団を遠く満州の地迄派遣している。当然であるが前回「どうぞ我が国の新商品をご覧下さい」と言われたアメリカも陸海でど付き合いと口論をしながらの参加だ。
所で、同じ国同じ予算を分け合う中の米陸海軍は何故にどつき合う?そう思われるだろう。犬猿の仲なのは何も史実大日本帝国や、エンペラー鮫ゾンビトーネードに巻き込まれて仲良く流されたこの世界の帝国陸海軍だけではない。
合衆国の陸海対立も相当な物である。特に現大統領が海軍に友好的で理解ある彼ピであるから、中西部生れの赤毛ソバカス付き(貧乳)田舎娘の様な陸軍の、東海岸で育った金髪(巨乳)令嬢の如き(陸軍主観)海軍への嫉妬は凄まじい物がある。
そう陸軍には未だ乳(予算、戦力、人員)が足りない。正式参戦していない、この世界の米陸軍は史実の様なバイーンでドカーンな乳は無い。ともすれば史実の帝国陸軍(目がグルグルしている眼鏡オサゲ陰キャ切れたらナニしでかすか分からんドルオタ)の方が乳がある。
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そして、目をキラキラさせた彼らに黒い影が近づくのも早かった。
「どうです、我が国の新兵器?あっ!これ大まかなスペックです。これですねぇ、艦艇を転用できるんですよ!凄いでしょ!御国の海軍にも旧型艦は幾らでもありますし、転用できるなら、御国でしたらすぐさま陸上戦艦の群れができますなぁ?なけなしの海軍を陸に上げた我が国と違い、貴国はその様な事しなくても余裕がある。ああ羨ましい」
黒い影、米国に派遣されている日本帝国の武官たちは甘い言葉を囁いた。魅力的な言葉である。近年の情勢により日米間は友好的で太平洋艦隊は削減しつつある。
勿論その分は対独戦への参加の気配濃厚となった今、大西洋へと回されている。このままで行けば両洋艦隊の比重は大きく変わる。そして枢軸国は大した海軍など持っていないのだから、更新の決まっている旧式艦艇を温存する必要などない。
「「要らないなら欲しいなぁ。ねぇ海軍さ~ん」」
ネットリした視線とネコナデ声が陸軍上層からでるのに時間は掛からなかった。気の早い将官などはワーキンググループを密かに作り「儂の考えた最強の機動要塞」を研究し始めた位だ。
陸軍の某P将軍やフィリピン在住のM大将などは戦艦模型をデスクに置いてニヤニヤしているともっぱらの噂である。
将官でこれなのだ。佐官以下となるともっと露骨である。今までは「なんだあんな玩具!ドイツ相手に必要か?戦車を作れ戦車を!」と言っていた陸軍兵たちが海軍兵に妙に慣れ慣れしくなり、艦艇の住み心地はどうだとか、給料はどうとか聞き始め、これまたネットリした視線でジェーン海軍年鑑を回し読みしながら、これが欲しいだのこいつはどうだとか言い始めている。
これに対して海軍は穏やかでいられない。穏やかでいられないというか、隣に強盗の集団が越して来たと言う気分。しかも強盗共は人の家財から妻子まで「何れ俺の物になる」と言う目で見てきている。
見てきていると言うか確実に強盗計画を立てている。であるならショットガンを用意しなければいけない。いやそれでは足りない。少なくと共20mm以上の弾を撃てるのが必要なのだと心に決めている。できる事なら月迄吹き飛ばしてやる為、40㎝主砲を庭に据えて置きたい。
この様な事態に及び、両者は掛かる事態を引き起こした連中に陸軍が先走り。後を猛追する形で海軍が視察団を送りだした。合わせて国内では熾烈な議会工作が始まっている。
(そんな連中を一緒にするな!)
そんな訳で、今回の視察で案内する連中のギスギスした空気を感じながら辻は内心で叫びを上げる事になっている。
先々週は独英、先週はイタリアと自由フランス、今週初めにはブルガリア、ハンガリー等のいがみ合う東欧枢軸一行と今にも掴み合いを始めそうな連中ばかりを上は送り付けてくる。
今日の米国陸海合同視察団は更に空気が悪い。
(第一なんで吾輩なんだ!吾輩の専攻はロシア語だぞ!適任者は他にいるだろうが!)
彼が悲鳴を上げるのも分かる。通訳は居ると言うのに軍事用語となると専門家が必要だと言われ、全て辻に押し付けられている。
(それもこれもあいつのせいだ!なんだ死霊術とは!これは吾輩の帝国陸軍ではない!どこもかしこも化け物だらけではないか!)
この様な事態になったのは理由がある。彼の内心が示す通り、辻正信と言う男は帝国でも少数派になりつつある死霊術利用反対の最右派なのだ。
今更ではある。だが男、辻には許せない。特に許せないのは明らかに己より無能な奴らが出世して行く事だ。何故に優秀な事は確かな(参謀に適正かどうかは別として)彼が出世コースから脱落したかには訳がある。
驚いた事に、これだけ化け物の蔓延る事になった帝国軍でも吸血鬼に転化した物は意外と少ない。初めのうちは有頂天魔界転生祭りを行こなっていた始祖たちも、段々と冷静になって来ると己の子供を増やす事に厳選を重ねる様になっていたからだ。
牟田口でさえそうだ。何故ならば永遠に生きる物は(仮初だが)何時かはライバルになるかもしれない。であるなら血族には出来うる限り野心を持たない者が望ましい。
其処にいくと辻は論外だ。暴走特急を血族に加えたらラオスの奥地で王国を築き始めかねない。であるので彼は撥ねられている。
撥ねられているが、その気骨は面白いので遊ばれている(夜の貴族は人の人生を弄ぶ娯楽が大好きなのだ)
遊び方は情報封鎖である。彼、辻正信は大方の帝国臣民と同じく帝国の支配者は不死者である事など知らない。魑魅魍魎の類がうろついているのは知っているし、内地に戻ったさい学習院終身学長に就任した乃木さんの亡霊にだってサインを貰いに行っている。
だが知らない。自分の上司が大体は血を吸う悪鬼だとは知らないのだ。だから陸軍が服装規定に色眼鏡をOKした事にプンプンし、謹厳実直が旨の佐官が夜遊びをしまくる事に憤慨している。
哀れなるかな辻正信!何でも他に瀬島とか長等の同類も居るらしいが、一番小突き回されているのは彼だ。どんなに小突いても諦めない処か食って掛かってくる所が面白いとは誰が言ったか?
「終わった、、、疲れた、、、ホントに掴み合う馬鹿がいるか、、、これがヤンキーとか言うのか?」
如何にかこうにか視察団を送りだした辻は疲れ果てて寝台に倒れ込んだ。最終日の懇親会など最低だった。酒の回った米陸軍将校が「これなら問題なく陸軍のみでも動かせますな」等と口を滑らせたのだ。
その時の米海軍側の目と言ったらない。あれは親の仇を見た目だ。その後は凄まじい勢いでまくし立てて「いや、日本側は陸海半々で動かしているのだから海軍が運用しても問題ない!むしろ陸兵がいるのが可笑しい!他国の制度を丸呑みになどできない!そも君たち航法の一つもできるのか!」
と食って掛かった。そうなると売り言葉に買い言葉と言う奴で「予算!」「裏切者!」「俺の嫁をお前などに渡すか!」「古女房を貰ってやるのだ、有難く思え!」「間男がデカい口叩くな!」「なんだと田舎者!南部に帰れ!」「陸軍を馬鹿にするか貴様!」
と遂に掴み合ってあわや乱闘となるところであった。止めに入った辻には髪を掴み合って暴れる女の喧嘩を幻視した気がするほどだ。
「陸軍辞めようかな吾輩、、、」
ポツリと思わず呟く彼、英独の凄まじい嫌味の応酬も、ホントに殴り合うかと思う程剣呑だった東欧一行も正直付き合いきれない。彼は疲れていた。
そんな彼の耳に居室の扉を叩く音が聞こえる。
「中島曹長入ります!」
「入れ」
入ってきた曹長(例の色眼鏡を掛けている)に嫌な物を覚える辻。だがそこは佐官であるから瞬足で威儀を正して答える。
「なんだ?」
「はっ、山下閣下がお呼びであります!至急司令室までお越しください」
「わかった、直ぐに行く」
「はっ失礼します」
用件を告げ出て行く曹長を見送り、絶対に碌な事にならない事をなぜか確信できる辻。彼の苦難が続くのは確かな様である。
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