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第五十話 オークの旦那様
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妻は良い女だ。私はもっいたない程の。
実の所、私は二度と妻を持つ気はなかった。一番目の妻である「黒」は今の妻には悪いのだが、今でも私の心に生き続けている。
永遠を生きない者が本当に死ぬ時は、誰からも忘れられてしまう時だ。私も子供たちも彼女が本当に死んでしまう事には耐えられない。
時の流れは残酷だ。我ら以外を置いて全ての愛した者が消えていくのだから。我らには昨日の事であっても彼らには遥か昔の出来事になってしまう。
続々と生まれ増える同胞たち、その陰で彼らを産み愛した者が遠い彼方に消えていく。誰かがそれを覚えていなくてはいけないのだ。だから私は彼女を忘れる事はない。
それは「乙女」にとっては不実な事であろう。好いてくれる妻が居ると言うのに、夫である私の心に別の女が常にいるのだから。
だから勿体ないのだ。誠であれば彼女は不実な男の妻に等なるべきではなかった。オークの大部分が妻を(一番目の妻も含めて)不細工だのと言うが、それは大きな間違いだ。
少なくとも、我らエルフの美的感覚から言えば妻は美しい。そも大いなる創造主に作り出した物に醜い物などない。花はそのままで美しく、地を這う虫は優美である。
生まれ出でた瞬間から全ては美しいのだ。醜さとは後から生まれる物なのであり、自分に嘘を付かず与えられた場所で足掻き続けるならば醜さなど、その魂に付きようがない。
我らエルフが愛するのは魂の輝きだ。他の種族の様に、顔の良し悪しや生来の能力を愛する訳ではない。その点で言えば、一番目の妻も現在の妻も大変に美しい女性と言える。
その美しさは、荒野に力強く根を張る草木のようである(何故かそう評した時は、妻たちはどちらも機嫌が悪くなり、暫く話してくれなくなり、時に殴り掛かられられもするのだが何故だろう?)
オークの男たちは、その所が分かってはいない。これは不幸なことだ。オークが好む美しさとは、野の獣の様な美しさである。それも肉食の獣の荒々しさを彼らは好む。
あれは理解に苦しむ。獣は美しくないとは言わない。私の兄弟姉妹の中にはエルフと言うより熊に近い者もいるのだから、醜い等と言ったら酷い目に会わされる。だが目を血走らせて人間の男を浚う者と同じ様な、荒々しい魂を持つ者を、喜んで伴侶に迎えるのはどうかと思うのだ。
これでは、オークの諸部族が、何かに追い立てられる様に常に争っている現状に、油を注いでいる様な物だ。彼らに必要なのは、安らぎと休息なのではないだろうか?
オークが弱さと断じ、醜いと追い立てる者たちの中にこそ、それはある。彼らは弱いからこそ互いに助け合い、互いを庇い合う事ができる。そしてそれを言葉で表せる。それは人間にも言える美しさである。
兄弟の中には、大げさ過ぎると言う者もいるが、それは大事な事だ。我々は彼ら他種族と一緒に暮らす事でそれを大いに学んでいる。
悲しければ泣き喚き、悔しければ怒り、少しの事で大いに笑う。思えばそれを我ら兄弟は母から学んだ物だ。父の事は敬愛してはいるが、あの厳めしい父からしか学べなかったとしたら、我々兄弟は何とも味気ない生き物になっていただろう。そこは母には大いに感謝する所だ。
その母がこの所おかしい。おかしいのは元からとも思うが輪を掛けておかしい。これまで美醜に関してツラツラと語ったが、母は醜くなっているのだと思う。
彼女の醜さは過ぎた欲望のせいだ。情け容赦ない暴君の様に、オークにありとあらゆる手で戦を仕掛けている母は無理をしている。
母は暴君にはなれない。彼女は生来優しすぎ臆病すぎる。オークの破滅を狙っていると豪語しているが、そのオークが死ぬ事さえ顔を顰めている。身内になった者にはなおさらだ。
彼女は怖いのだ。神の意志、そして自分の意志に従って死んでいくであろう全ての者の運命が。だから自分の身を投げ出す事で、その事から逃げようとしている。
彼女の子。新しいエルフの最初の世代として、言ってやるべきなのかもしれない。これは彼女の始めた物語なのだと。我らは究極的にはその駒であると。
我らが死ぬことを恐れるべきではないのだ。その身こそがエルフにとっての希望であり、滅びていった帝国の最後の望みなのだ。帝国には未練など更々ないが、無念の内に消えていった者たちを思えば、彼女の無茶を諫めなければいけないのであろう。
「子供たちを誰一人死なせてたくはない」
その欲望が彼女を醜くさせている。永遠を謳っていても、我らは何時かは死すべき定めなのだ。それが明日か千年先か万年先かは違うであろうが、他の種族と何一つ変わらぬ真実だ。
死すべき定めの者を永遠に失いたくはない。それは被造物には過ぎた欲望だ。
だがそれを指摘したら彼女は壊れるだろう。今度こそ自分の子供を取り返す為に無茶で無謀な行為を繰り返して死ぬ。相手は「神」なのだ。
思うにこれは母に対する試練なのだ。失う事を恐れずに前に進むか、恐れ続けて逃げるかの。
逃げた先にあるのは「死」だ。それを私は容認はできない。子としても新しいエルフとしてもだ。
だから私は「乙女」と話した。彼女と共に、この試練への盾となろうと。彼女は笑って承諾した。
「あれ?旦那もそう思ってたのか?そうだよなぁ、あの婆、見てらんないものなぁ。ヨーシ俺に任せな!アンタの為にぜーんぶブチノメシテやろうじゃないか!」
繰り返すが妻は私には勿体ない女である。猛々しくも美しい妻を称え、私の名前「猛き狼」の名は彼女にこそ相応しいと、心からの感謝を込め、私はその時、彼女を称えた。
しかし、何故にあの時、殴られたのだろうか?それに夕飯まで抜かれてしまった。彼女は美しく優美な女性であるが、時に不思議な行動を取る。真に女と言う者は男には分からない生き物である。これはエルフであるとかオークであるとかは関係はない、永遠の謎であるだろう。
実の所、私は二度と妻を持つ気はなかった。一番目の妻である「黒」は今の妻には悪いのだが、今でも私の心に生き続けている。
永遠を生きない者が本当に死ぬ時は、誰からも忘れられてしまう時だ。私も子供たちも彼女が本当に死んでしまう事には耐えられない。
時の流れは残酷だ。我ら以外を置いて全ての愛した者が消えていくのだから。我らには昨日の事であっても彼らには遥か昔の出来事になってしまう。
続々と生まれ増える同胞たち、その陰で彼らを産み愛した者が遠い彼方に消えていく。誰かがそれを覚えていなくてはいけないのだ。だから私は彼女を忘れる事はない。
それは「乙女」にとっては不実な事であろう。好いてくれる妻が居ると言うのに、夫である私の心に別の女が常にいるのだから。
だから勿体ないのだ。誠であれば彼女は不実な男の妻に等なるべきではなかった。オークの大部分が妻を(一番目の妻も含めて)不細工だのと言うが、それは大きな間違いだ。
少なくとも、我らエルフの美的感覚から言えば妻は美しい。そも大いなる創造主に作り出した物に醜い物などない。花はそのままで美しく、地を這う虫は優美である。
生まれ出でた瞬間から全ては美しいのだ。醜さとは後から生まれる物なのであり、自分に嘘を付かず与えられた場所で足掻き続けるならば醜さなど、その魂に付きようがない。
我らエルフが愛するのは魂の輝きだ。他の種族の様に、顔の良し悪しや生来の能力を愛する訳ではない。その点で言えば、一番目の妻も現在の妻も大変に美しい女性と言える。
その美しさは、荒野に力強く根を張る草木のようである(何故かそう評した時は、妻たちはどちらも機嫌が悪くなり、暫く話してくれなくなり、時に殴り掛かられられもするのだが何故だろう?)
オークの男たちは、その所が分かってはいない。これは不幸なことだ。オークが好む美しさとは、野の獣の様な美しさである。それも肉食の獣の荒々しさを彼らは好む。
あれは理解に苦しむ。獣は美しくないとは言わない。私の兄弟姉妹の中にはエルフと言うより熊に近い者もいるのだから、醜い等と言ったら酷い目に会わされる。だが目を血走らせて人間の男を浚う者と同じ様な、荒々しい魂を持つ者を、喜んで伴侶に迎えるのはどうかと思うのだ。
これでは、オークの諸部族が、何かに追い立てられる様に常に争っている現状に、油を注いでいる様な物だ。彼らに必要なのは、安らぎと休息なのではないだろうか?
オークが弱さと断じ、醜いと追い立てる者たちの中にこそ、それはある。彼らは弱いからこそ互いに助け合い、互いを庇い合う事ができる。そしてそれを言葉で表せる。それは人間にも言える美しさである。
兄弟の中には、大げさ過ぎると言う者もいるが、それは大事な事だ。我々は彼ら他種族と一緒に暮らす事でそれを大いに学んでいる。
悲しければ泣き喚き、悔しければ怒り、少しの事で大いに笑う。思えばそれを我ら兄弟は母から学んだ物だ。父の事は敬愛してはいるが、あの厳めしい父からしか学べなかったとしたら、我々兄弟は何とも味気ない生き物になっていただろう。そこは母には大いに感謝する所だ。
その母がこの所おかしい。おかしいのは元からとも思うが輪を掛けておかしい。これまで美醜に関してツラツラと語ったが、母は醜くなっているのだと思う。
彼女の醜さは過ぎた欲望のせいだ。情け容赦ない暴君の様に、オークにありとあらゆる手で戦を仕掛けている母は無理をしている。
母は暴君にはなれない。彼女は生来優しすぎ臆病すぎる。オークの破滅を狙っていると豪語しているが、そのオークが死ぬ事さえ顔を顰めている。身内になった者にはなおさらだ。
彼女は怖いのだ。神の意志、そして自分の意志に従って死んでいくであろう全ての者の運命が。だから自分の身を投げ出す事で、その事から逃げようとしている。
彼女の子。新しいエルフの最初の世代として、言ってやるべきなのかもしれない。これは彼女の始めた物語なのだと。我らは究極的にはその駒であると。
我らが死ぬことを恐れるべきではないのだ。その身こそがエルフにとっての希望であり、滅びていった帝国の最後の望みなのだ。帝国には未練など更々ないが、無念の内に消えていった者たちを思えば、彼女の無茶を諫めなければいけないのであろう。
「子供たちを誰一人死なせてたくはない」
その欲望が彼女を醜くさせている。永遠を謳っていても、我らは何時かは死すべき定めなのだ。それが明日か千年先か万年先かは違うであろうが、他の種族と何一つ変わらぬ真実だ。
死すべき定めの者を永遠に失いたくはない。それは被造物には過ぎた欲望だ。
だがそれを指摘したら彼女は壊れるだろう。今度こそ自分の子供を取り返す為に無茶で無謀な行為を繰り返して死ぬ。相手は「神」なのだ。
思うにこれは母に対する試練なのだ。失う事を恐れずに前に進むか、恐れ続けて逃げるかの。
逃げた先にあるのは「死」だ。それを私は容認はできない。子としても新しいエルフとしてもだ。
だから私は「乙女」と話した。彼女と共に、この試練への盾となろうと。彼女は笑って承諾した。
「あれ?旦那もそう思ってたのか?そうだよなぁ、あの婆、見てらんないものなぁ。ヨーシ俺に任せな!アンタの為にぜーんぶブチノメシテやろうじゃないか!」
繰り返すが妻は私には勿体ない女である。猛々しくも美しい妻を称え、私の名前「猛き狼」の名は彼女にこそ相応しいと、心からの感謝を込め、私はその時、彼女を称えた。
しかし、何故にあの時、殴られたのだろうか?それに夕飯まで抜かれてしまった。彼女は美しく優美な女性であるが、時に不思議な行動を取る。真に女と言う者は男には分からない生き物である。これはエルフであるとかオークであるとかは関係はない、永遠の謎であるだろう。
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