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大変です首相!アラブとアフリカとインドとビルマで大規模な反乱が!

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 ドイツが己の犯した罪で悶え苦しんでいる頃、大英帝国もまた植民地の大規模反乱に直面していた。



 欧州での戦いは、一応の決着は見たが、未だ大日本帝国は白旗を上げず、最早出がらしだけになったとは言え、アジア各地に日本軍は存在し続けている。大戦は終わってはいないのだ。



 勝つには勝ったがボロボロな大英帝国の耳元に、植民地一斉蜂起のバッドなニュースが飛び込んできたのは、八月も後半に入ろうとした時期であった。



 独ソでの訳の分からん事態は、当然に連合国加盟国の耳にも届いているし。被害にあった占領軍将兵の口から、ちゃんと聞き取りだってしている。信じられないだけだ。



 死者が蘇った?レーニンとニコライ二世が、ソ連の解体と、独立国家連合の設立を宣言?ドイツが帝政への復帰?ビスマルクとヒンデンブルクが、泣きわめくヴィルヘルム2世を引きずって帝位に就けた?



 「馬鹿か君は?精神病院へ行くか?」当初は信じられず、混乱していた連合国であったが、フランスに戦死者が戻り出し、アメリカでボニーとクライドを新メンバーに勧誘したワイルドバンチ強盗団が、ピンカートン社の本社を襲撃し、英国本土でも、撃墜されたランカスターが乗員を乗せて次々に戻ってくる頃には、天国の門と地獄の蓋が愉快犯にブチや破られた事を信じざるを得ない事態となった。



 帰還にタイムラグが有るのは、死者たちが言うには、死人が多い方を優先したせいで、手続きが遅れたかだそうである。あの世もお役所仕事なのかもしれない。



 さあ困った!どうしよう?こりゃ戦争何処出ろでないぞ!本国では次々に重病人は回復し、棺桶の蓋を跳ねのけて死者が蘇り、町には死者があふれ出す!遠くアジア戦線の現役将兵までもが、日本軍にやられたと思えば此処にいたと本国に帰ってくる始末。



 幸いというか何と言うか、あの世の方でも少しは現世の事を考えたそうで、食い物が無くても、なーんか腹が空いたなくらいで死にはしないし、最低限の物資は持たして返している様だが だからと言ってダグザの巨釜やら、アムブロシアの詰め合わせやら、無限の米俵など持たせるな!経済が崩壊するだろうが! 住む場所だって一から作らねばならない。



 英国政府が押し寄せる諸問題に苦慮している所に、前述の大反乱の凶報である。急ぎ対応を!と言ってもどうしょうもない、相手は不死身の軍団の上に大群衆なのだ、此方も同条件とだろうが数が違う。



 植民地を抑えつけて置けたのは、圧倒的な科学力の差が生み出す、高性能な兵器が有ればこそ、少人数で大多数を相手に出来る機関銃が登場した事で、欧米列強は植民地を獲得してきた。その優位が完全に崩れ去ろうとしている。



 植民地からは悲鳴のような救援の声が聞こえるが、救援を出した所で、圧倒的な数の差に踏みつぶされしまう。アラブ世界は、九月に入る前に次々と独立を宣言し、インドではガンジーを殴り倒したネルーが即刻の独立を総督に要求、更に英国資産の即時没収まで突きつけて来た。



 死なないので有らばどんなに弾圧したところで無駄。恐怖とは死なのだ、人は究極的に、自己の消滅を恐れるから、武力による威圧の前に膝を屈する。1945年。その壁は人類には手の届かない所で勝手に取り払らわれてしまった。

 

 





 「遺憾ながら独立を認める他はない。奪われるよりは、少しでも交渉し、残された資産の維持に努める他はあるまい、、、、くそ!二度と教会にはいかんぞ!何で今頃こんな気前の良い事ばかりするんだ!全能を腐らせたのか!」



 サー・ウィンストン・チャーチル卿は書斎で大声を上げ、天にいる大馬鹿垂れを呪った。天罰?知った事か!政治家が天国に行けるだなんて思っとらんわ!



 対日戦もこれではどうなる事か、ビルマでは日本軍が次々戦線を放り出して本国への帰還を始めている。相手は死なないのだ、舐めた事に砲弾の雨の中、堂々と行進して帰っていくと言うではないか。追撃する部隊に煙草を恵んでくれと近寄ってくる奴もいるらしい。



 敵も味方も死なないのだ。これでやる気がでるはずも無い。捕虜収容所では暴動が次々に発生し、仕方ないから、門を開けて返している始末。聞けば、「どうせ死なないから、ノンビリと歩いて帰ります。どうもお世話になりました」等と日本の将校は態々礼に来たらしい。



 舐めやがって!なんだその態度!真面目に戦争しろよ!今までの戦費を返せ!味方も味方だ、素通ししているだと!ふん縛ってでも捕らえろ!英国軍人の誇りはどうした!戦友だって死んでるんだろ!、、、、、生き返ってるのか、、、恨みの何もあったもんじゃないな。



 アメリカもアメリカだ。今回の事態が、対日戦の切り札であった、原爆の一撃が止めと、死者たちから聞いて、政府は言い訳に必死。あれさえなければ俺たちは天国に居れたと、追い出された戦死者がホワイトハウスを囲んでいるらしい。



 「ああ!もう!何もかも滅茶苦茶だ!私にどうしろと言うんだ!死人の事まで政府は面倒を見られるか!」



 やっとの事で復興の始まったロンドンは混沌の町へと変貌しつつある。各地で恨み言を述べにきたドイツ兵の一団と西部戦線の兵士が衝突し、ヴァルハラに行こう教団とやらが、戦争再開と永遠の戦争遂行だとわめきたてて民衆に袋叩きになっている。



 帰ってきた連中が炊き出しだと言って、無料であの世の食い物をばら撒くせいで、国内の食料供給もグチャグチャ、そりゃあ、この世の食い物より美味いだろうが、経済と言う物を考えろよ!あの世は社会主義が主流なのか?

 

 「閣下!大変です!」



 ああだこうだと、頭を抱えていたチャーチル卿の元に、秘書官の一人がノックもせずに書斎に飛び込んでくる。



 「なんだ!君は礼儀も知らんのか!私は忙しい!この上まだ問題があるのか!」



 「失礼しました!ですが、、、、」



 「はい、御免なさいよ。ああ、其処にいました閣下!探したんですよ。なにせ現世は久しぶりなもんで、ロンドンも変わりましたねぇ、私が居た自分は此処までボロボロでは有りませんでしたよ。まあ、閣下が戦争を指導なされたんです、こんなになるも当然でしょうが」



 飛び込んできた秘書を押しのけ一人の男が書斎に入ってきた。後ろからは、どやどやと大人数が入ってくる音もする。



 「なんだ君は!ここが首相官邸と知っての狼藉か!おい警備はどうした!」



 「はっ!自分はガリポリ上陸作戦に従軍しておりました、一兵士であります!名前なんぞは良いでしょう?閣下にお話ししても分からないでしょうから。今しがた帰ってきましてね、皆で閣下にお礼がしたくて来たんですよ」



 チャーチル卿の怒声に、男はお道化た敬礼で返す。その瞳は怒りで燃えている様に見える。



 「ガリポリだと?まさか!お前ら!何を考えている!止めろ!何をする!離せ!あれは大事な作戦だったんだよ!今更、それを責めるのか?時効だ、時効!」



 「閣下にはそうでも、私たちにはねぇ。安心してくだいよ、死なないんだ。少しばかり、私達の気持ちを体験するのもいい勉強ですよ。閣下も元騎兵将校でしょ?覚悟を決めてくださいよ。連れて行け!」



 因果は巡る糸車、積もった恨みはグルグルと自分に向けて帰ってくる。死人が起きるこの世界、あんたを恨む奴は大勢さ、覚悟を決めなよチャーチル卿。これが権力者の責任と言う物さ。







 「国王陛下を恨んでは無いのだろうな?」



 「勿論です。閣下と同じく、私達は忠君愛国の士ですよ」



 「こんな真似して良く言う。クソ!やれ!大英帝国万歳!国王陛下万歳!クソッタレた神め!陛下を守らなかったら!お前の顔に一発食らわしてやる!」



 ガリポリ上陸作戦の勇士と、途中参加の将兵がスッキリするまで、サー・ウィンストン・チャーチル卿は五千と七十六発の重機関銃弾を受け、ロンドン橋から三回投げ込まれた。



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